レシピ11 ネガティブ錬金術師と真実の眼
店を出てから、今まで質問の鬼だったのに、やけに静かになったイーサンさんの案内で訪れたのは、意外にも高級レストランではなく、アットホームなレストランだった。
レンガ造りの堂々とした店構えだったが、扉を入ると賑やかな笑い声で溢れており、家族連れの姿も見れる。
と言っても、すぐに奥の個室に案内された。
口髭の生やした店主が挨拶に来て、晩餐が始まった。
イーサンさんがふんぞり返って紹介するだけあって、料理は確かに美味しかった。
スープからして、オレの作ってた味無しスープとはモノが違う。当たり前だが。
オレは大興奮で、配膳をしてくれてる店員さんに度々、何が入ってるのか、どういう味付けをしてるのか聞きつつ食べた。
イーサンさんのイメージでは、高級なフランス料理みたいな所に連れて行かれるのかもと危惧していたから、安心したのもある。
聞いた調味料や材料に、今回買ってない物もあって、後日また買い物に来ねばと心に強く刻んだ。
「アイハちゃんは本当に美味しそうに食べるな~。カワイイカワイイ」
お肉サマがビールっぽい飲み物を飲みながら、姪っ子を愛でるオッサンの様に相好を崩している。
「ところで、スターリ君、だったかね?
君とアイハちゃんは、どういう関係なんだ?」
「え」
オレと同じく夢中で食事をしてた赤毛のフォークが止まった。そう言えばお肉サマは冒険者ギルドのボスで、伝説の冒険者だったっけ。
「どういうって……」
なぜそこで止まって赤くなる。
「今日会ったばかりの他人です」
仕方がないのでオレが答える。本当は8日前に友也の方で会ってるが、除外する。
「あ、そうなんだ!」
「ええっ!そ、そんな……!」
そんなも何も、それ以上でも以下でもない。
「そっかそっか、アイハちゃんはこの町に住んでるんだよね?どの辺?帰り危ないから送るよ」
「俺が送ります!!」
帰り……危ないかな?窓から外を見ると確かにもう暗い。街灯はあるが、間隔が広くとてもじゃないが、暗闇も多い。
でも家まで来られるのは嫌だな……。近くまでとかでお願いした方が良いか。強盗とか怖いし。そう言えば閃光弾も売っちゃったから、オレ今丸腰だ!
「あ、それとも帰る前に、頼まれた物を錬金術師の所に届け物に行く?」
「あぁ、それは家だから大丈夫です」
「「え!?」」
ん?
突然お肉サマと赤毛がハモった。何か間違えたか。
「え~と、つかぬ事を聞くけど、アイハちゃんが帰るお家と、錬金術師のいるお家は々なのかな?」
何を言っているんだろう。
「はい」
当たり前じゃないか。
「錬金術師って男!? 男なのか!?」
赤毛が立ち上がって詰め寄って来る。立ち上がった時にフォークがガチャンと音を立てて真っ白なテーブルクロスにソースが飛び散った。何て事を。
そりゃもちろん…
「男だけど……」
赤毛とついでにお肉サマが頭を抱えこんだ。
「???」
すると今まで黙って優雅に食事をしていたイーサンさんが、ナプキンでそっと口元を拭ってから、オレを見据えて口を開いた。
「あなたは……
「マスター、時間ですよ」
突然降ってわいた聞き覚えのある声に驚き振り返るも、そこには見慣れた精霊の姿は無かった。
「あれ?」
いるのは、いつの間にか開け放たれた個室の扉の前に、一人の男だけ。
白い髪を優美に束ね、ヒラヒラとした服を着た長身の男だ。どこか楚々たる雰囲気を纏った、不思議な男だが…どこから見ても初対面だ。
「あれ?クレーヴェルの声がした気がしたんだけど……?」
首を傾げて男を凝視するオレに、食卓を囲んでいた人たちは不愉快気に立ち上がった。
「ここは貸し切りの部屋だ。許可なく入る事は許されんぞ」
「何だテメェ……?ちょうど良い、このやる瀬無い気持ちのぶつけ先を探してたんだよ」
「どこの誰か知らんが、ちょっと不躾だぞ?」
しかし男は彼らには見向きもせずにオレの目を見て……ため息を吐いた。
「マスター……私が分からないのですか?」
その疲れ切ったオッサンみたいなため息に、優しい声。困った時に下がる眉毛。そしてその呼び方。
「え、クレーヴェル?お前クレーヴェルなのか!?」
それはどこを取っても、世話焼きで口うるさくてマジメなオレの契約精霊だった。
「アイハ、知り合いなのですか?」
イーサンさんの問いかけにおざなりに頷いて、オレはクレーヴェルに駆け寄った。
「え、何これ!?どうしたの!?どうやったの!?何でココが分かったの!?」
聞きたい事がいっぱいある。体長15cmくらいだったはずの発光物が、今こうして見上げる存在になっているのだ。驚かない方がおかしい。
「諸々の説明は家に帰ってからにします。それよりマスター……」
「あっ!そうだクレーヴェル!これ見て!マジックバッグ!!
すごいの!めっちゃ入るんだよ!?しかも劣化しないんだって!すごくない?すごくない?あとね、服とか食べ物も買ったんだよ!それから錬金術の店にも行って……」
オレは今日あった諸々出来事、オレの中では7日間熱望していた事が実現した話をとにかくクレーヴェルに聞いてほしくて、クレーヴェルのヒラヒラを掴んで勢いにまかせて喋った。しかしそれもクレーヴェルに被せられて止められてしまった。
「分かりました、分かりました。それも帰ってからじっくり聞きます。
それよりマスター、時計を見てください」
時計?
言われて、腰のベルトに付けていた家にあった懐中時計を手に取って見た。
「あ」
「分かったでしょう?
……全く、外に出られたのは良かったですが、時間を忘れるまで我を失うのはいけませんよ。気を付けてください」
クレーヴェルのお説教に身をつまされる。それもそのはず、時刻は19時30分―――――。変化薬の効果が切れるまで、あと30分だったのだ。
「帰りますよ」
そう言ってクレーヴェルがオレを抱き上げた。
「え!? 自分で歩くけど!?」
「マスターの足では時間に間に合いません」
う、確かに……。でもどうせ人目が付かない所で転移魔法で飛ぶなら、そこまでは自分で歩くんだけどな。
しかし一日中町を歩き回ったのだ。貧弱なオレの足はそろそろ限界でもあった。ここは甘んじで受け入れよう。
「それでは、門限なので連れて帰ります。お世話になりました」
クレーヴェルがオレを抱っこしたまま礼をするのに、慌ててオレも続く。
ポカンとしている3人を置いて、店を後にした。
こうして、オレの2回目の町歩きは、ギリギリながらも何とか目的を達せたのだった。
◇◇◇◇◇
謎の男と少女が立ち去ってからしばらくして、赤毛の冒険者も気落ちした顔で自分の分の代金を払って帰ろうとしたが、さすがにギルドマスターの面子にかけて代金は受け取らず帰した。
「それでぇ?どう見えた?あの子は」
食べ終わった皿達が片付けられ、手元にあるアルコールの入った紅の飲み物を飲みながら、アガトが面白そうに尋ねた。
言葉を振られたイーサンは、一つ、息を吐いて
「どう……でしょうね…………」
”真実の眼”をそっと閉じた。
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