幕間2 冒険者スターリと初めての恋

 そもそもスターリ=ダウズウエルは、女に興味が無かった。


 いや、誤解が無い様に言っておくが、そっちの趣味があるとか、性欲が無いとかでは無い。

スターリは、この賑やかな城下町:アスナヴノーイの町一番の鍛冶屋の一人息子である。幼い頃から厳格な父に鍛えられ、常連客達にも「有望な跡継ぎがいて良いな」と言われて育った。

しかしスターリ自身は、鍛冶職よりも店に来る冒険者たちへの憧れを募らせていた。

 この町しか知らないスターリに、冒険者たちは世界がいかに広く楽しいものか語ってくれた。親父の打つ武器を手に、魔物や悪者と戦う彼らはいつも希望に満ち溢れていて、そして自由であった。

いつしかスターリは冒険者になる事を目指し、親父の用事付けや修行の合間に剣の腕を磨き、そしてその道を進んだ。

そんな彼に、色恋に現を抜かす暇など無かった。というか、冒険者への憧れが一番で、目に入らなかったのだ。


 そもそも彼の周りに女性はそう多くはなかった。せいぜい幼なじみの武器屋の娘:コーネルとか、旅の冒険者たち。15で冒険者デビューを果たしてからも、せいぜい町周辺のクエストしかこなしていないので、それにギルドの受付さんやアイテムショップの店員くらいだ。

 そうは言っても、スターリ自身が別に全く女性に相手にされないという事は無い。

冒険者としてはまだ駆け出しだが、有名鍛冶師の息子であるし、顔も体つきもなかなかのものだ。

クセのある赤毛と意志の強そうな目元。鍛冶屋の手伝いと冒険者目指して鍛え、引き締まった筋肉。身長も低くはないし、明るい性格も人好きする。じゃっかん年齢より幼めの言動が多いが、そこも母性本能の強いタイプには受けるだろう。

 ただ本当に、彼にとっては冒険者になる事が全てであり、それ以外目に入っていなかった16年間だったというだけだ。



 そんなスターリに、運命が訪れた。

 出会いは突然だった。

 いつもの様に、親父に無理やり押し付けられた鍛冶屋の仕事。顔なじみの武器屋に商品を卸しに行った際の出来事だった。


 薄茶色のサラサラヘアに、少し垂れてる小動物を思わせる目元。

 小さなな鼻に、ピンクの口元。

 華奢な体に不釣り合いなシャツとズボンを捲って身に付けている。

 手足は細いが胸はそこそこあり、肌の色も少し黄色がかったこの辺では見ない色であった。

 見た事も無い、会った事も無いタイプの少女だった。


 天使は存在した。


 スターリの頭の中に、鐘の音が響いた。





「いやもう本当可愛いのなんのって……!!

 一目見て思ったね!この子は俺の運命の相手だと!!!」


「あぁ、そう……」


 顔赤くして力説するスターリに、馴染みの魔導具屋店主、アーノンスノット・イットマンは、全く興味無さ気に相槌を打った。

そもそも彼らは客と店主という関係でしかない。なぜそれだけの関係でこのアホはこうして恋愛話をかましているのか、アーノンには理解出来なかった。


「何だよ、ちゃんと聞けよアーノン!」

 しかし馴れ馴れしげにスターリは不満をあらわにした。彼は良くも悪くも人の懐に入るのが上手い。人懐っこいのだ。

スターリ的には、冒険者になってすぐに魔法攻撃にこてんぱんにされて店に駆け込んだ自分を叱って、魔導具の必要性と魔法耐性について懇切丁寧に説明してくれた彼は、恩人であり友人であった。

それ故に、何かにつけては相談に訪れ、この口が悪いが頼れる友人に会うのだ。


「ほんっとカワイイんだって!アイハは!

 この町に来たばかりで、ちょっと世間知らずだけど、そこもまた守ってあげたくなるっつーか……」

 しかしスターリの惚気話は止まらない。

「……お前そういう女に現を抜かすタイプだっけ?」

「いや~、今までは女なんて目に入らなかったけど、アイハは違うんだよ!もう本当運命なんだよな……」

 呆れた様に言うアーノンに、スターリは顔を赤らめるばかりだ。


 だがアーノンは話を聞いていて、妙な違和感を感じていた。

 小さくてか弱そうで小動物の様な顔の世間知らずの少女。

「お前、そういうのがタイプだったのか?」

 勝手に描いていたイメージだが、合わない気がする。

「え? いや、そうじゃねーけど……でもアイハ見た瞬間、マジで雷が走ったんだって。

 あの世間知らずな所も放っておけないし。守ってやりたいっつーか……」

 このタイプは女子にも対等性を求めていると思っていたが、違ったらしい。

「あとあの黒水晶みたいな瞳も好きだな~。真っ黒で、吸い込まれそうなんだ……」

 黒水晶みたいな目。

 移民か、ハーフか。

「そう言えば、こないだ店に来た子供も黒目だったな」

 来店を待っているのに、あれ以来姿を見ない。置いて行った鉱石は大事にしまってあるのに。

「あ、こないだのあの錬金術師って小汚いガキ?

 あぁ、そう言えばアイハも錬金術師の知り合いがいるっつってたな」

「何?」

 聞き捨てならない言葉に、アーノンの手が止まる。


「そうそう!アイハは商人見習いみてーでさ、錬金術師に頼まれたとかで回復薬売りに来てたんだよ。

 それで俺が商人ギルドに連れてってやったらさ、何とギルドマスターが現われて!しかも2人とも!!」

「は?」

「何でもアイハが持ち込んだ回復薬がすごかったらしくて、ギルドマスター直々に上に連れてかれてさー」

 ちょっと待て。おかしいぞ?

 そんなとんでもない事件が起きたのに、今の今までそんな話してこなかったぞこのアホ。

「そんでその後アイハの買い物に付いて行くのに、ギルドマスター達も付いて来てさ」

 いやいやいやいや。どう考えてもおかしいだろそれ!

 ギルドマスターっつーと、あの「仕事の鬼」イーサン=バルタザードと、このアホの憧れでもあるアガト=レイヴァースだろう?なぜ今までその話題が出なかった。

 その後もスターリの話を聞くと、アガト=レイヴァースはその少女にレアアイテムであるマジックボックスをプレゼントし、イーサン=バルタザードは少女に食事をご馳走したらしい。

「アイハって見かけによらず食いしん坊でさ~、あんまり食生活とか今まで恵まれてなかったみたいで、肉食ってボロボロ泣いてんの!それがまためっちゃ可愛くてさ~~~~」

 返す返すもおかしい。そのアイハとかいう少女の持ってきた回復薬が、よっぽどの物であったのか。

 黒髪黒目の錬金術師の少年が現われた数日後、突如として現れた黒目の少女。

 引っかかる。


「でもな~、アイハってその錬金術師と一緒に住んでるらしいんだよな……。しかも何か変な感じの男が迎えに来たし…………」

「ふぅん……」

 錬金術師とは同居か。ますますあやしいな。

 もしかしたら身内の可能性も出てきた。

「その変な感じの男っていうのは?」

 ようやく言葉を返してくれたアーノンに、だが何と説明したら良いのかスターリは難しい顔をした。

「なんつーか……よく分かんないっつーか、気配を感じにくいっつーか……魔道士っぽい感じだったかなぁ……。

 白っぽい髪に灰紫の目で、全体的に白くて印象に薄いっつーか……」

 何とも要領を得ないが、話に聞く限り目立つ外見なのに印象に残りにくいと言う事は…

(精神への意識操作か幻術の可能性が高いな……)

「それより、そいつが迎えに来た時のアイハのはしゃぎっぷりがめっちゃ可愛かったんだよ!

 ハ~、俺にもあんな風にしてくんないかな~~~~」

 この単純なアホはそんな事は露ほども思わず、怪しい少女に夢中だ。

今後クエストなどで幻術に掛からない様、後でそれとなく幻術耐性を上げる魔導具を薦めておこう。


 その少女の持つ回復薬などにも興味があるし、黒髪のあの少年との繋がりも探らねば。

 久しぶりに、忙しくなってきた。


 今だアイハがいかに可愛かったか語る友人(アホ)を眺めながら、アーノンは珍しく口元が緩むのを止められなかった。





◇◇◇◇


 あるギルド併設の酒場での一場面。

「あ~あの子可愛かったなー」

「そうかぁ?」

 一人の冒険者に、連れの冒険者が答える。

「何だよ、お前もカワイイカワイイって興奮してたじゃねーか」

「いや、でもよく考えたら俺ってボンキュッボンが好きだしさ。そもそも彼女のがカワイイし」

「爆ぜろリア充が」

「お前もお姉さま系が好きじゃなかったっけ?」

「あ?……まぁ、そうだな」

「そんなにあの子好みだったか?」

「…………そう言われてみれば、別に、そうでもなかった様な……」

「だろう?」


 男達は、その後はさっきまでの会話も忘れて飲み明かした。



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