レシピ46 ネガティブ錬金術師とメルレルレ魔導具店

 エテリア王国王都アスナヴノーイを代表する組織と言えば、王家、最大宗教クレイアモ教、それに提携経営をしている冒険者ギルドと商人ギルドの3つだ。

 王家には近衛兵団・宮廷魔道士・専門学者なども含まれる。

王国騎士団、新鋭宗教のギムベル教、また商業においてはギルドを出し抜こうとする組織なども存在するが、基本はその三柱の地位を脅かすほどではない。

 そしてその方向性故、交わる事のない組織の為、これと言った衝突もなく、大きな街でありながら民衆は平穏に過ごしていた。


 その三本柱の一柱の片割れ、商人ギルドの執務室では、緊急会議が開かれていた。

応接用のソファに向い合せに座っているのは、三人の男女。


「これは由々しき問題だ」

 商業ギルドの若きギルド長、イーサン=バルタザードは、爬虫類の様に細く鋭い金色の瞳を光らせて声を発した。

向かいの副ギルド長であるアシェラ=ドミノフ=ガルシンは白銀の髪を光らせて、その艶やかな唇に溜息を乗せた。

「まさか世捨て人になる為に、お金を貯めているとはですね……」

 議題は一人の少女……そして一人の錬金術師についてだ。

「早急に対策をしなければ、せっかくの安定した回復薬の供給ルートが絶たれてしまいますねぇ」

 2人の上司に、ギルド職員であるデニス=ヘルマーはいつものにこやかな顔で続いた。


 薬師ギルドとの確執もあり、安定した回復薬のルートというのは商人ギルド、冒険者ギルド共に喉から手が出るほどに欲しい物だ。おまけにその品質は上質……どころかこちらの切り札にもなり得る“特上回復薬”まで作れる腕。

更に見た事もない便利な魔導具も作り上げる錬金術師。

提携している冒険者ギルドにとっても、製作に必要な素材の依頼の客として申し分がない。思い通りにはなかなか動いてくれない相手ではあるが、貴重な人材な事には違いない。


 アシェラは少し眉を顰め、また溜息を吐いた。貴族の出である彼女は、時にこういったさり気のない態度で周囲に影響を与える。

彼女の上司であり恋愛感情も欠片も無いイーサンとしては、彼女の一挙一動に動かされる必要はないが、こういう態度を取る時のアシェラは、自身は気が進まないが何か打開策を持っているという事も経験上知っていた。

「……言え」

 次いでデニスもにこりといつもの営業スマイルと違う笑みを浮かべる。

「アシェラ嬢は以前から彼女に対して、何か知っていそうでしたよねぇ」

 アシェラの美しく整った眉の間に一瞬、皺が寄る。滅多にない表情に彼女がイーサンにも情報を秘匿していた事が分かったが、今はそれを咎める事はしない。

「その呼び方は止めてください」

 デニスを一睨みし、アシェラは改めてため息を吐いた。


「本当に……本当に気は進まないのですが、仕方ありませんわね」

 そう言って一度唇を閉じてから、再び開いた彼女の凛とした声に乗せられた言葉は…―――――




◇◇◇


 

 芙蓉に同期してもらった地図を元に訪れたメルレルレ魔導具屋は、予想通り大通りにあった。

図書館程ではないが、個人商店とは思えない立派な佇まいだ。

二階建ての建物は赤レンガを基調としていて、昔家族旅行で行った神戸の異人館で、こんな感じの建物を見たのを思い出した。


 扉は大きいが、片側が開け放たれており入りやすい。

多少の怯えを持ちつつ入ると、中はカラばぁの店ともあの魔導具屋の店とも似通わず、どちらかと言えば現代日本の雑貨屋の様な様子だった。

天井の高い広々とした店内には、適度な高さの台の上にアクセサリーの様な物から、見た事も無い形の物まできちんと並べられている。また壁際には、光り具合からして高級そうな道具がケースの中に並べられており、盗難防止もされている。

 入ってから気付いたが、地図の為に鑑定ゴーグルを着けたままだったので、自然棚の上の物が本物で、台の上に並べられた物が偽物ないしは粗悪品が多い事に気付いたのだ。

ちなみにクレーヴェルの光魔法とマナの影響によるものか、いちいち横のボタンで操作しなくても、対象に意識を集中させれば【鑑定】出来る様になったのだ。

異世界の道具って、触らなくても進化するんだな。勝手に成長するなんて、オレはこの世界では道具以下みたいだ。


(あれ、でも分けるって事は、店の人も偽物って分かってて置いてるって事か?)


 そう思いつつ店内を物色する。

 装備品の類には【風魔法付与】や【魔法抵抗力5増加】など見受けれる。

 種類も多岐にわたり、兜や帽子から靴や籠手まであり、装飾品も多い。


(と言っても、オレはこれ以上装飾品を増やすのもどうかと思うしな……)


 今だけでも鑑定ゴーグルに詐称のネックレス、翻訳の指輪で大体の装飾品は付けてしまっている。これ以上となると、アイハならともかく友也としては見た目が地味な小汚いガキなのにどうであろう。付けれて指輪……もしくは手袋か。でも手袋付けて細かい作業とか字を書くのは難しそうだ。外に出るなら籠手は良いかもしれないな。


 そんな事を考えながら進むと、奥には大きなタイプの魔導具が並べられていた。現代日本風に言うならば『家電コーナー』って内容だ。

 マリエルの家のお風呂に入った時も思ったけど、どれもオレが考えて作った物とは少し仕様が違う。まぁオレの浅はかなアイデアと現代日本のうろ覚え知識を合わせた物が、プロの技術者が魔法を理解した上で作る物と同じな訳がないが。

 基本はどれも魔石を使った物みたいで、その魔石も陳列されている。

オレが作る魔導具は基本、魔力を外から補充して循環させているけど、こちらの物は個人的感想としては、魔石って電池みたい。

 あ!すごい、オーブンがある!!

 火の魔石をふんだんに使った魔導具に、オレの目は輝いた。

今は家に元々あった古い竈を使って試行錯誤しているが、これがあればグラタンもトーストも簡単だ!

 値段は~……18000G!? 

 日本円で36万円!? ……いや、でも買えなくはない……そもそも日本の家電製品のオーブンだって、良いやつはすごく高いし……。

 温度によって火の魔石を使うのか……火の魔石が1個100Gだから結構掛かるな……。

 あ、でも前にシルヴェールとレシーバー改造したみたいに、魔力供給で使える様に改造しちゃえば良くない? 

 自分で買った物ならいくら改造しても怒られないし!



「お客さま、何かお探しでしょうか?」

「!!!」

 突然肩に乗せられた手に思わずビクッと体を震わせ、勢いよく手を振り払ってしまったが、振り返った先の店員らしき男性は気にするそぶりもなくニコリと笑った。

「あ、す、すいません」

「いえ、こちらこそ突然話しかけてしまい、申し訳ございませんでした」

 20代中盤くらいの年の頃だろう、金髪を横分けにして後ろ髪を結んだ、清潔感のあるお兄さんだった。茶色の瞳が見覚えのある色合いで、少しホッとする雰囲気だ。服は黒を基調とした、キッチリとしたジャケットとズボンの組み合わせで、店に合った高級感がある気がする。

 人と話すのに、ゴーグルのままって言うのもいけないと思い、鑑定ゴーグルはひとまず外し、首に掛ける。


「あの、マジックバッグの小さいサイズの物を探しているんですが……」

「マジックバッグですね。こちらへどうぞ」


 お兄さんに案内されて、右奥の方の棚の前に行く。

そこには色んな形のマジックバッグがいくつも並んでおり、本当に珍しい物ではないのだなと感心した。まぁ便利だからな、みんな欲しがるだろう。


「小さいサイズの物と申しますと、この辺りですが、容量はどの位をご希望ですか?」

 指された先の棚に一列に並べられているのは、腰に付けられるタイプの物が中心に、小さいリュックやハンドバッグ型の物もあった。

「えっと、本当に小さい、出来れば平たい物が良いです。容量は……えっと……普通のリュック1つ分位で……」

 付けても服とかで隠れたらスリや恐喝の対象になりにくいだろう。

「それでしたら、この辺りですかね」

 店員さんが手に取り目の前に並べてくれた3つを、ゴーグルを着けて見る。

 右端の青い大工さんが腰に着けている様なバッグは少し大きめで、容量も2㎏と多め。

 真ん中の花の装飾が施されたピンクのウエストポーチは、容量は800g。

 左端の黒い地味な横長のカバー付きのバッグの容量は1㎏。

「この黒いのはいくらですか?」

「そちらは、800Gになります」

 1万6000円位か。本当にそんなに高くないな。

 いや、まぁ現代日本にいた時のオレの小遣いでは到底買えない額だし、バッグだとしたら高いけど。何せ魔法の道具だからな。

「これにします」

 カバーで閉めれるのと、デザインの地味さが気に入った。これなら服に紛れて、他の人から見たら気付けないかもしれない。

「かしこまりました……ところでお客様、ずいぶん珍しい魔導具をお持ちですね。……しかも複数」

 礼をして他の2つを棚に戻す為に持った店員さんが、笑顔のまま目だけをギラリと光らせてオレを見た。

 しまった、バレたか……って、バッグを見るのにわざわざゴーグルを着けてたらそりゃバレるよな。オレがバカなだけでした。


「特にそのネックレス・・・・・は珍しい。少し見せていただいても宜しいですか?」

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