レシピ43 ネガティブ錬金術師と始祖の地図

「良いのかい? 帰しちまって」

 クレーヴェルが消えた事をちゃんと把握したカラばぁに訊かれるが、オレだっていてほしかったのだ。て言うかオレこそがいてほしかったのだ。それを苦渋の選択で、涙を呑んで帰ってもらったんだから。

「うん……それより、ちょっと探してる物があるんですが……」

 オレの落ち込み具合がすごくてカラばぁは引いたのか、それ以上の追及は止めておいてくれた。


「そう言えば、この間風切り蜘蛛の糸で作ろうとしていた物は上手くいったんかえ?」

 う、また落ち込む話題を……。

 オレが目線を逸らして黙っていると、察してくれたカラばぁが話題を変えた。

「それで、探してる物とは?」

「トーンブルフの胃袋なんだけど……」

 まずは貴重品入れ用マジックバッグの制作だ。

オレの生命線はお金と薬だから、これを失うと夢の引きこもり生活が遠のいてしまうし、下手したらそこでエンドだ。この貧弱な体で生き残るには、薬が不可欠な上、一種類では事足りぬ。ゲームみたいに異常回復HP回復全部出来てしまう薬が作れれば良いんだが、現代日本医療の薬事情も知っている身としては、まぁ無理だろうなと分かる。

そうなってくると、全種の薬を常に持ち歩く必要が出てくる。外に出てもし何かあったとしても、この地では通りすがりの人が救急車を呼んでくれるなんて事は無いから、下手したら野垂れ死にどころか、弱ってる所を強盗に襲われるかもしれない。危険は増すばかりだ。

速く逃げる靴だけじゃなくて、隠れラれる方法や防御のアイテム開発も急がねばいけない。

 そんな訳で、まずはお金と薬を安全に持ち運びたい訳だけど……


「トーンブルフの胃袋は今ココには置いてないね~」


 第一歩から挫折した。

 崩れ落ちそうな体を棚に縋り付いて支えると、カラばぁの変な物を見る視線が突き刺さる。

無い……素材が無いと作れない……。

また冒険者ギルドに依頼を出すか?でもそんなにお金持ってないから、他の物作って売ってまずはお金を儲けないと。

そうなるとまたアイハにならなくてはいけないから、変化薬が減るわけで。依頼を出してもすぐに受けてもらえるかも、また成功するかも分からない。そんな中オレは街に出歩けるかと考えたら、不安でしょうがない。

「トーンブルフの胃袋って事は、マジックバッグを作るんかね?」

 カラばぁの質問に頷いて答える。

「マジックバッグなら、アンタ今持っとるだろうに。売る用に作るんかい?」

 首を振る。

「違う種類のが欲しいんです。小さくて貴重品を入れられる、身に付けやすい物を作りたくて」

「ほおほお、しかしそれならわざわざ自分で作らんでも、魔導具屋で買ったらどうだい?」

「へ?」

 その発想は無かった。

 そうだな、元はと言えば今持ってるこのバッグだって、お肉サマに貰った物だ。イーサンさんも「そんなに珍しい物じゃない」と言っていた様な……。


「そりゃあアンタは自分で作る腕があるんだから、作った方が安くつくだろうがね、そんなに小型の物で良いなら買ってもそう損はせんじゃろうて」

 そうか、それならお金さえ払えばすぐ手に入る。冒険者ギルドに依頼を出して達成されるのを待って引き取りに行って自分で作る事を考えると、一瞬だ。


「と言っても魔導具屋もピンンキリじゃからのぉ……。

 でもまぁ、アンタも知っとるホレ、あの緑のターバンの、アーノンというんじゃが、あやつの所なら……」

「やだ!!!!」


 皆まで聞かずに声を上げたオレに、カラばぁは呆れ顔だ。

分かっている、しかし嫌なものは嫌なんだ。

「何でそう毛嫌いするんじゃ……? ババに聞かせてくれんか?」

 優しく諭すように言うカラばぁに、駄々をこねる訳にもいかず、オレはぽつりぽつりと話しだした。


「オレ……もう気付いてると思うけど、移民で……本当はこの国の言葉は分からないんだ」

「ほぉ……色々と身に付けておるとは思っておったが、【翻訳】のアイテムも持っとったか」

 カラばぁの感心した様な物言いにゆるく頷いて話を進める。

 この国には突然来る羽目になった事、そこでお金の為にまず鉱石を売りに件の魔導具屋に行った事。

「うむ……少し読めてきたぞ……。アーノンの奴の事じゃから……」

「いきなり翻訳アイテムを取り上げられた」

「さもありなん」

 ガックシ、という擬音が付きそうな位にカラばぁは肩を落として大きな溜息を吐いた。

「少しずつこっちの言葉は覚える様にしてるけど、まだ完壁じゃないからまたアイテム外されるの怖いし……何か他のアイテムとかも強引に取り上げられそうな気がするから……」

 なるべく関わりたくない。

 出来れば会いたくない。

 店にも行きたくない。


 は―――――。

 カラばぁが長い溜息を吐いた後、白髪の眉を八の字にして笑った。

「遠い異国の地で突然言葉を通じなくさせられて、アンタには本当に悪かったと思うよ。

 ただ、残念な事にアヤツに悪気はこれっぽっちも無いんじゃ」

 悪気が無くて結果が悪いのって、最悪なんじゃないのだろうか。

思ったが、あの魔導具屋と懇意らしいカラばぁが一生懸命フォローをしようとしているので、聞くだけは聞いておいた。

「ただねぇ、魔導具バカと言うか、目は確かだし行動力もあるんだが、いかんせんありすぎてね。珍しい物や上質な魔導具に目が無くて、それが目の前にあると他は目に入らなくなるんだよ」

 ……ものすごいオタクって事だろうか?魔導具オタク(過激派)?


 そんなのますます会いたくないんだけど……とオレは自作の魔導具を見下ろして眉を潜めた。

「……うむ、言わんとせん事は分かる」

 そんなオレを見てカラばぁも察してはくれた。

「アイツの店は確かな物しか置いてないし、話してみりゃあ気が合いそうなんだがねェアンタ達」

 いや、魔導具好きでも人間的に合うかどうかの問題もあるし、それは絶対合わないと思うのでオレは断固として緑ターバンの店を拒否した。

 カラばぁは仕方なく、この街で(という事はこの国で)一番大きな魔導具屋の場所を教えてくれた。まがい物もあるが、何せ種類が豊富なのでオレが欲しい物も見つかるだろうと言われた。

まがい物云々については、鑑定ゴーグルがあるので問題は無い。オレはカラばぁに言われた場所を早速、鑑定ゴーグルマップモードの画面上にマークする。これで迷わず行けるはずだ。


 アイハでな!!


 そんな人も沢山いそうな大きなお店に、オレが行ける訳が無いじゃないか。



◇◇◇



 そんな訳で、友也の姿のまま行ける数少ない場所である図書館に向かった。

あの膨大な蔵書に含まれる情報収集は、いくら時間があっても足りない位だ。そしてオレ自身はほぼ引きこもりの為、本で情報を得られるというのは本当に助かる。

 さすがに10日以上経ってるから、もう受付の所にいかついおっさんはいなかった。

図書カードを提示して、いつもの様に錬金術の本と魔物の本を1冊ずつ持って、芙蓉のいる中二階奥へ行った。


『トモヤ、やっと来た』


 最近【シェイバードの靴】と【鑑定ゴーグル3号】の作成で家に引きこもっていたので、そう言えば図書館は久しぶりだ。

「ごめん、ちょっと錬金に時間掛かって」

 そんな「仕事が忙しくて」って言い訳する男みたいな立場になってしまったが、好奇心旺盛な芙蓉はオレの作った物にも興味があった様だ。

『錬金……トモヤは錬金術師であったな。何を造った』

 シェイバードの靴は未完成なので置いておいて、とりあえず鑑定ゴーグルの説明で良いかな。

「このゴーグル、【鑑定】機能と、暗い所とか遠い所でも見える機能が付いてるんだけど、それに地図制作マッピング機能を付けてたんだ」

地図制作マッピング……?どうやる』

 地図制作マッピングのやり方を説明するとなると、契約精霊クレーヴェルの事も言わないといけなくなるんだが、芙蓉も精霊だから大丈夫だろう。


「オレの契約精霊が光の精霊だから、その精霊に光を放出してもらって、それに反射する物で地図を制作するんだ」


 光は全てを覆えるからな。我ながらこれは良い案だったと思って、ちょっと自慢げに芙蓉に教えた。しかし……


『光で反射……? そんな事せずとも、私に言えば街の全てを網羅した地図を渡した』


「へ?」


『私はこの国の始祖の木。この街は私を中心に造られた。

 この街には私の根が張り巡らされている。私の根の届く範囲の情報ならば、全て把握している』


 え……ええ~~~~~……………………。

 つまり根の届く範囲の情報を管理しているマザーコンピューター的な存在だと……。

 ……つまり光魔法で表面を感知してから、わざわざそれが何か確認しなくても、芙蓉に言えばその建物が何の店かとか全部分かると。


「ええ~……」


 ほら見ろ、オレのチンケな思い付きや制作物なんて、ファンタジー世界ではゴミみたいなもんじゃないか。

 泣き笑いになったオレを見て、芙蓉は心底不思議そうに首を傾げた。 



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