レシピ44 ネガティブ錬金術師と商人ギルド職員
アイハの姿では人と会う事がメインなので、いつも緊張しているが今日はいつも以上に緊張感が高い。
今日の予定は午後から魔導具屋に行く予定で、その前に商業ギルドで資金作りしなければいけない。
欲しいのは小さめのマジックバッグで、カラばぁもあんまり高い物じゃないとは言っていたけど、いざ行って買えないと目も当てられないからな。大きな店らしく、人も多いだろうから何度も行かなければいけないのも精神的にキツい。
それに魔導具屋は初めて……じゃないけど、ちゃんと店内を見るのは初めてだからな。新しいアイテム作りのヒントになる様な物や、欲しい物も出来るかもしれない。
今回オレは柄にもなく、魔導具屋に行くのを楽しみにしている。その分緊張感も高まるんだけど。
そしてお金を多めに稼ごうと思ったら、多分きっと……例の爬虫類系メガネかお肉サマか巨乳のお姉さんが出てくる事も予想される。
もう何度か会っているので初期の逃げ出したい欲は薄れたが、それでも緊張する物はする。いっそ鑑定探査機みたいな物があって、それに売りたい物を入れたら自動的に換金されるとかならないかなぁ。そしたら人に会わずにお金が手に入るのに。
もしくは顔を見ず手元だけ出た所で……て、これじゃ完璧に闇の売買だな。そんな危険な所に足を踏み入れたら、ピンハネされまくりで搾り取れるだけ搾り取られ、最後にはオレ自身が売り物にされる羽目になるに違いない。
そしてこれではアイハの意味が無い事は分かってる。商人として頑張るとお姉さんとも約束したもんな。
不思議なもので、
そんな訳で、今日のオレは商人のアイハだ。
格好もマリエルコーディネートのお高い服で固めていて、誰にも『乞食のガキ』とは呼ばれないのだ。
よし、稼ぐぞ!!!
◇◇◇◇◇
とは言いつつも、朝早いながらも活気のある商業ギルドは一瞬入るのをためらってしまう。
商人というのは朝早くから働くものなのか、冒険者ギルドに比べて人が多い。
今日は資金作りの為にと作り貯めた『普通の回復薬』20本に『魔力回復薬』15本『閃光弾』20個。それに『解毒剤』10本と『麻痺消し薬』10本。
魔力回復薬は【時空魔法】が使える様になったから、自分の為に作った。そのついでで売るので初めてだ。
魔法って便利なんだけど、オレの魔力が少なすぎて、すぐ魔力切れを起こしてしまうので必需品となってる。魔力切れって眩暈動悸ですごい気持ち悪いしな。
いやしかし【時空魔法】があれば、味噌としょうゆだけではなく、ゆで玉子も一瞬で出来るし、長時間煮ないといけない煮物もすぐ出来てしまう!本当に便利で、料理の幅も広がる。何よりお腹が空いてる時にすぐ出来るのが最高だ。
しかし我ながら、バカの一つ覚えみたいに薬と以前いるって言われた『閃光弾』とは……。でも他にこの世界で売れる物なんて思いつかない!
一生懸命素材も時間も使って作った物が、クズ同然の物で売れなく赤字。なんて事、有り得すぎて想像しただけで胃が痛い。
でもそれ位知っておかないと『商人』としてはやっていけないんだろう。
目指すは引きこもり自活生活だから、目標金額は相当高い。そもそも家を買わなきゃいけないのだ。この世界の家ってどの位するかも分からないオレは、本当に勉強不足で、無知で、行動力も無く、虫以下……微生物…………。
「……ハさん、アイハさん」
「はっ!!」
顔を上げるとそこには、輝く白銀の髪をキッチリまとめて涼やかな美女……商人副ギルドマスターのアシェラさんが今日も凛としていた。
「どこか具合でも悪いのですか? 医者を呼びますか?」
「い、いえ! どこも悪くないです!」
頭以外。
そう心の中で呟きつつも首を振ると、アシェラさんは少し首を傾げた後に「今日は商品の売買でしょうか?」と聞いてくれたのでそれに頷く。
「ではまた個室の方に……」
「執務室に案内しろ」
アシェラさんの言葉を抑えつける様に割り込んできたのは、言わずと知れたここの最高権力者だった。
「……ギルマス」
「簡単な事だ。アイハが来るのは大体7日毎、そして朝一と今までの情報を覚えていれば来訪の予測などすぐつく。何か問題でも?」
イーサンさんの氷のような眼差しに対し、アシェラさんピクリとも表情を動かさずに「いいえ」と答えた後、チラリとオレを見て言葉を続けた。
「ただ利用者の意向に沿って、活力を持って仕事していただく様心掛けるのも、私の仕事ですので」
一瞬何の事を言ってるのか分からなかったが、そう言えばアシェラさんと初めてちゃんと話した時、イーサンさんを呼ぼうかと言われて思いきり否定をしたな!それで気を使ってくれていたのか。
しかしその物言いだとオレがイーサンさんと会うのを嫌がってると……いや、まぁあんまり会いたくないのは本当だけど。
でも商談に来たのにボスの機嫌を損ねるのは避けたい。何せお金がいるのだ。
「あ、あの、すみません! ギルドマスターみたいな偉い人とお話しするのは緊張するってだけで、でももう慣れてきたので大丈夫です! ありがとうございます」
慌てて弁解して、どうにかイーサンさんの視線の温度を戻したが、元が零度なので怖さはあまり変わらなかった。その時
「あ、じゃあ僕もご一緒して良いですか?」
聞き覚えのない声の方を振り向くと、根本が黒っぽいマリエルや騎士様みたいな日に透ける金髪じゃなくて、黄色っぽい感じの金髪がふわふわとした、見るからに金持ちそうな20代半ば位の男がニコニコと立っていた。
紺のベストはアシェラさんとお揃いな事から、商業ギルドの職員の人なんだという事はオレにも察せられた。
「デニス。お前はいいから自分の仕事をしてろ」
「自分の仕事はちゃんとやってますよ~。それより僕も期待の商人と交流を深めたいですよ。ギルマスとアシェラ嬢だけずるいですよ」
イーサンさんのあの眼に睨まれたってのに、どこ吹く風でヘラヘラと返す職員さん……デニスさん?すげぇ。オレなら絶対ごめんなさいして逃げるのに、全く効いていない風だ。
「ヘルマーさん。何度も言いますが、その呼び方は止めてください。副ギルマス、もしくは家名で」
「ああ、すみませんね。若い女性でしかも昔からの知り合いなんでつい……」
その上、アシャラさんに睨まれてもまだ笑ってる。美人のお姉さんに怒られたら誰でもしゅんとすると思うのに、この人心臓が鋼で出来ているのか?
畏怖の意味を込めてヘラヘラ職員さんを見ていたら、とんでもない言葉が耳に飛び込んできた。
「それじゃあ、ガルシン公爵令嬢。これでよろしいでしょうか?」
「え」
待って待って、その名前最近も聞いたよ!?
そんでもって同じ事を(心の中で)叫んだ気がするよ!?
バッと呼ばれた人……アシェラさんを見る。
髪色は違うけど、意志の強そうな碧い目、凛とした佇まい……マリエルが大人になってキチっとした格好をしたら、こんな感じになりそうです!!
似てる――――――――――――!!!!(2回目)
何で気付かなかったって位似てる――――――――!!!!
言ってた!マリエル言ってたよ、お姉さんが商人として働いてるって!!
ほぼ答えを教えてもらってたのに、なぜ気付かなかったしオレ!!!
目を見開いてアシェラさんを凝視するオレに、アシェラさんは小さく笑ってオレだけに分かるくらい小さく首を振った。
あっ!そうだ、商人の心得その1!
思ってることを顔に出すなですね!はい、気を付けます!
口を真一文字に結んだオレを確認してから、アシェラさんがヘラヘラ職員さんに向き直る。
「爵位も結構です。ここでは関係ありませんから」
「そうですかぁ? まあいいや、それで僕も同席お願いしますね」
その後、最初に通された執務室に通され、アシェラさんの入れてくれたお茶を飲みつつ売りに来た物を机に並べ商談に移った。
前に来た時とドアが変わってた気がしたが、模様替えかな。やたら細工が細かくて重厚でお高そうなドアだった。
「今日は随分と数が多いな」
はい、頑張りました。
「ちょっと入用なので、売れ筋だろうものを中心に持ってきました」
「……はい、どれも品質も良いですね。特に魔力回復薬は常に品薄ですので助かります」
「魔力回復薬は体力回復よりも製作が困難らしいからな。それを上級か……君の兄は薬に関しては本当に腕が良い様だ」
「はぁ~これは薬師も真っ青の出来栄えですね」
これは薬しか作れない錬金術師は脳なしだという意味だろうか?もしくは薬師ギルドに行け的な?
アシェラさんは、以前言われた中級じゃなくて上級で持って来てしまったから怒ってるのかな?
でも魔力回復薬は本当に難しいから、品質を落とすのは難しいのだ。薬しか能がないと思われてるのに、その薬すらこのザマなオレって……。
「……では、買い取り金額を提示させていただきます」
アシェラさんが自分の髪の様に白く輝く羽の付いたペンと羊皮紙を持ってきた。どうかな?結構お金になるとは思ったんだけど……
「まず中級回復薬が10本。これは以前と同じく1瓶4,000Gで40,000G。
解毒剤1瓶2,000Gが5本で10,000G。麻痺消し薬が1瓶1500Gで7,500G。
閃光弾は以前にも入荷させていただきましたので、初期設定の1個500Gに戻させていただいて、10ヶで5,000G。
そして上級魔力回復薬は、1瓶7,000Gで買い取らせていただきますので、5本で35,000G。
合計、9万7500Gとなりますが、よろしいでしょうか?」
金貨9枚と銀貨75枚。日本円で195万円。
そこそこにはなると思ってたけど、魔力回復薬すごい!
予想以上の金額に、オレはただ頷くしか出来なかった。
「アイハさん、商人ならそう感情を顔に出してはいけませんよ。足元を見られます」
「そうだな、それにこれは順当な相場の金額だから、驚くのもおかしい。もっと相場を勉強しなさい」
商人ギルドのトップ2に揃って怒られてしまった……。
でもオレも商人ギルドに登録している身だから、この人達は要は上司になる訳だ。上司の注意は素直に聞いておこう。オレが相場も知らない無知なのは確かだしな。
本当に勉強しないとヤバイ。
でもクレーヴェルもシルヴェールも芙蓉も、人間の街の物価なんて知らないだろうしな……。マリエルも金貨で服買っちゃう様なお嬢様だし、庶民の物となると分からないかもしれない。かと言って自分で店を回るのは普通に考えても正直キツい。あと聞けそうな人……と思った時に、ふと職人ギルドの人達が思い浮かんだ。
ギルマスのカイサさんは会話がちょいちょい筋肉で話しにくいけど、副ギルマスグエラさんなら教えてくれるかもしれない。職人の権利どうこうの話をしていたから、お金の事も詳しそうだ。
でも何も無しに教えを請いにだけ行くにも気が引けるな……。そんな事だけの為に時間を割けないと言われるかもしれない。月一の納品分は10日ちょっと前にだしたばかりだし。
あ、そう言えば他の職人さん達が登録してくれなくて困ってるって言ってなかったか?
オレが今職人と思い付くのは、あの頑固一徹鍛冶職人だけだけど、合成金属の制作に成功したらそこと共同で物を作りたいとも思ってる。この橋渡しとかって頼めないかな?と言うか、こういうのこそ職人ギルドを通した方が良いと思う。……結局オレのお願いが増えただけだけど、少しは行きやすくなった。明日辺り行ってみよう。
「それで、支払いはどうしますか?」
説教中にいつもの癖で自分の思考に沈みかけたオレを、アシェラさんの凛とした声が引き上げてくれた。
「あ、商人ギルドに登録されているお店だと、ギルドカードで支払いが出来るんですよね?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ全部カードに振り込んでください」
現金を持ち歩くのは怖いからな。
貴重品用の小さいマジックバッグって、持ち主以外開けられない様になってるのとか無いかな。マジックバッグごと取られたら意味が無いし。
「では、こちらにサインをしてください」
アシェラさんに羊皮紙と一緒に羽ペンとインクを差し出されて、慌ててバッグからボールペンを取り出す。
こんな公式の場で汚い字を晒したくない。いや、ボールペンで書いても汚いんだけど、羽ペンで書くよりはまだマシだから!字が汚すぎて書類不備とかになって、お金支払われなかったら目も当てられない。
「それは……」
オレが出したボールペンにアシェラさんが目を止めると同時に、すごい勢いで腕を掴まれた。うぎっ!
「これは……ペン、か?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます