幕間3 世話焼き精霊と恋愛魔法
町から連れ帰った友也が、ひとりしきり買ってきた物の披露と説明を終えた後、疲れ果てて突然寝たのをベッドに運んでから、クレーヴェルは食料品だけを貯蔵庫に移して元の姿に戻った。
あの姿はマナを操作して纏っているので、長い時間使うのは疲れるのだ。
それでもあの場で友也を回収するには、この手しかなかった。
『クレーヴェル~~~!』
『シルヴェール……マスターはもう就寝されている。静かに入って来い』
7日ほど前に再会した旧友だが、その後たびたびこの家に訪れては散々喋り倒して帰っていく。
『え、もう? 珍しいわねぇ、トモヤがこんな早い時間に寝るなんて』
『今日は町に出たからな。疲れたのだろう』
そう言ってため息を吐くクレーヴェルに、シルヴェールは首を傾げた。
『どしたの? 何かすごい疲れてない?』
『誰のせいだと……』
友也の人見知りや後ろ向きな所は以前からだが、もとはと言えばこのお調子者の妖精が気まぐれで妙な魔法を掛けたせいで、ますますややこしい事になったのだ。
『お前が掛けた妙な魔法のせいで、マスターに多大な迷惑が掛かっているんだ。少しは反省しろ』
辛辣な態度に出てしまうのは、仕方ないと思ってほしい。
『迷惑? 何でよ、男にモテる魔法掛けられたくらいで。好かれるんだから、何も不都合は無いでしょう?』
『どこがだ! あんなに男に群がられて、おまけにマスターはそういった意味での警戒心が皆無だ! 危なっかしくて見てられない!』
『えぇ~? ちょっと待ってよ、男に群がられてた……?』
『そうだ。妖精族の”魔女”と呼ばれるお前の魔法なんだから、人間に耐性がある訳が無いだろう』
『ちょっとちょっと、詳しく聞かせてよ』
クレーヴェルは今日一日の友也を、ずっと見守っていた。
あの人見知りで後ろ向きで物事を悪い方悪い方に考える友也の言動が心配と言うのもあったが、友也の移民である容姿や類まれな錬金術の腕を見破られる事の方が気掛かりであった。
特に錬金術については、友也自身がそれほど自分の才能に注視していない事が更なる心配を呼んだ。
しかし自体はそれ以前の問題であった。
どこへ行っても友也は人間の男の目を釘付けにし、さらに一部の男たちに至っては、積極的にアピールしてきていた。
友也自身は自分は男だという意識からか、人としては警戒しているが、女としてはどう見てもひどく無防備だった。
シルヴェールの魔法については疑ってはいなかったが、聞いた事も無い様な効果の魔法だ。まさかここまでとは思っていなかった。
『本当にお前は昔からロクな事をしない。
そもそも妖精王の系譜種としての自覚と役目をだな…』
『ちょちょちょちょ、ちょっと待って待って! それを言うならクレーヴェルだって、”光の”精霊として何してんのって話だけど、それは今は置いといて待ってよ』
クレーヴェルの説教(長い)が始まりかけて、慌てて止めに入る。それにクレーヴェルが眉をひそめて不愉快をあらわにしたが、気にしないで続ける。
『私の魔法にそこまで効果無いわよ? アレってちょっとだけ初対面の男の印象が良い程度の効果の魔法だもの』
『…………何だと?』
シルヴェールは魔法が好きである。
本来妖精は自然との対話で使う【精霊魔法】が主体であり、体内の魔力と陣を呪文で使う【創造魔法】(人族はこれを【魔法】と呼んでいる)は使わない。しかし妖精族でも随一の膨大な魔力を持ったシルヴェールは、有り余る時間を魔法開発に費やす事にした。何せ自分の身ひとつでどこででも出来るのだ。
そうした中には、使い道の無いお遊びで作る魔法も出てくる。
性交で繁殖する生き物と違う妖精であるシルヴェールは、繁殖行為に恋だの愛だの名付けてもてはやす種族にとても興味があった。特に人間は面白く、人間観察も趣味の一環にもなっていた。
そんな中、モテモテになる魔法とかあったら面白いな~と考え付くのは当然の流れであったと言えよう。
精神魔法の暗示系を応用したものだが、洗脳では面白くない。愛とは、もっと尊くなくてはいけない。
そうした結果、彼女はあくまで”キッカケ”を作る事にした。そう、人族が空想物語で作り上げている”キューピット”とかいう存在を模倣して”
『だから私が使ったのは、あくまで初対面で「好みのタイプだな」って思う程度の魔法よ?』
初対面の印象が良いというだけなので、時間が経てば効果が薄れるが、その間のやりとりから恋愛に発展しやすくはなる。ただ、それだけだ。
それでも初対面の印象が良いのは、日常生活においても精神的にも徳であろう。誰でも普通、好印象の人物に対して優しくするものだ。
だからこそ「お礼」に魔法を掛けたのだ。まぁ性別を取り違えたのは悪かったが。
『だからそんな不特定多数の男に言い寄られるとかいう効果はないはずなんだけど』
ますます首を傾げるシルヴェールに、クレーヴェルは頭を抱えた。それが本当なのだとしたら……
『最悪だ…………』
『ちょっとクレーヴェル? どうしたのよぉ?』
クレーヴェルは苦悩した。まだ魔法で洗脳的に恋愛感情を持たれている方が良かった。
それでは、本物ではないか。
『シルヴェール……お前もここ数日うちに出入りして、マスターを見ていたら分かるだろう?』
『何がよ?』
クレーヴェルは真剣な目をして言い放った。
『マスターの“放っておけなさ”は、異常だ』
友也は後ろ向きである。
一人で勝手に悪い想像をして、ひとりで勝手に怯えて、ひとりで勝手に完結させて、諦める。もしくは突如として突拍子の無い行動に出る。その際の行動力も異常だ。
その上、小さくて貧弱である。
それでいて類まれなマナを所有し、扱える腕を持っている。
少しでも傍にいれば、その危なっかしさに思わず手を伸ばしてしまう。
しかも人見知りも激しいので、今日みたいに
ちょっと良いなと思った相手が、見てられない位危なっかしく、しかも自分ではない者に対しては笑顔を向けていたらどうだろう。
クレーヴェルはさほど人間に詳しくはないが、人間は愛だ恋だと同じくらい、嫉妬や憎しみに身を沈めやすい種族だ。そういった感情が更なる原動力となり、恋情が過熱するらしい。
『あ~~~~~~確かに、そのほっとけなさでアンタもここにいるんだもんね~』
興味の持ち方やキッカケは、人それぞれだ。
友也のこの世界には珍しい色素に興味を持ったり。
類まれな錬金術の腕に興味を持ったり。
マナそのものに惹かれたり。
その全ての始まりが”好意”になっている上で、更にその対象がほうっておけない危なっかしさなのだ。
多くの者が思うだろう。
「自分が付いててやらなければ!」と。
愛情の種類は多々あれど、年頃の少女が対象であれば、そっち方面に転がる可能性も高いだろう。
キッカケが魔法であっても、その後育まれるのは紛れもない愛情だ。
それを受ける可能性の対象が、全男性体という、紛れもない事実。
クレーヴェルは頭を抱えるしかなかった。
『ま、まぁほら!あの子も人見知り激しいし基本誰も信じてないから、寄ってこられても避けてそんな進展しないでしょ!』
シルヴェールもようやく自分の魔法と友也の相性の異常な良さを理解し、保護者と化している旧友を慰めた。
『それこそ、恋もした事も無い様なおこちゃま脳の男くらいしか、燃え上がって迫ってこないわよ!ね!』
2人の妖精と精霊は、こうして朝方までどうやって友也に警戒心を持たせるかを真剣に話し合う事になったのだった。
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