第44話大国の王への挨拶
エヴァリーナとランヴァルドは大国の王城へと向かう馬車の中いた。
父であるウイステリア侯爵も二人に付き添い、ウイステリア侯爵家の馬車で王城へと出向いている。
今日はエヴァリーナの婚約が魔国で無事に済んだ事の報告に上がる日だ。
家臣としての務めなので魔国の王であるランヴァルドが一緒に行く必要はないのだが、そこはエヴァリーナを心配するランヴァルドだ、例えヒメナに愛が重すぎると揶揄われようとも大国でエヴァリーナを一人にする気はなかった。
何故ならばあの王子がまだこの王都に居るからだ。
これは昨夜ウイステリア侯爵から秘密裏に聞かされたことだが、エヴァリーナの元婚約者であったベルザリオ・パフォーマセスは、今は王族ではなくテレナード大公となったのだが、それでもまだ城の中にいて、自分に与えられた領地を一度も見にいっても居ないらしく、何とか王族に戻れないかと画策している様だという。
その話を聞いた際、ランヴァルドは思わず魔力を爆発させてしまう所だった。
エヴァリーナの実家だと思っていなければ、屋敷は吹き飛んでも可笑しくない程の怒りを元婚約者に感じていた。それはラルフが結界を張る寸前である程だった。
そう、ウイステリア侯爵の話ではそのテレナード大公は、王族に戻るためにエヴァリーナとの仲を元に戻せばいいと安易に考えて居る様なのだ。
余りにも愚かすぎてランヴァルドは失笑が出るほどだった。
エヴァリーナの心を長年苦しめておきながらの余りにも自分勝手な行いに、同じ男として呆れるしかなかった。
「王家もテレナード大公の動きには目を光らせ、見張っているようなのですが……」
ウイステリア侯爵が口ごもった理由はすぐに分かった。
そう愚かな者が王になることを望む貴族が居るという事だろう。
つまりテレナード大公を支援する者がいるという事だ。
そうでなければ王族でなくなったテレナード大公が、未だに城にいられることもおかしな話だ。
現王にはそれ程力がないのかもしれない、ランヴァルドはそう感じていた。
「エヴァリーナが大国に戻ってきている今、テレナード大公が何か仕掛けるには絶好のチャンスだと思っている事は間違いないでしょう……」
ならば受けて立つまでだとランヴァルドは考えていた。
エヴァリーナが一人で大国に居るときではなく、自分が一緒のこのタイミングで丁度良かったとほくそ笑むほどだった。
ならば相手が油断するように……とランヴァルドは魔法で、ランヴァルドの事を知らない者たちには自分の見た目が見るものによって見え方が変わる様にした。
魔法の国の王に恐怖心があるものには年寄りに
魔法の国を軽視するものには子供の姿に
果たしてテレナード大公にはランヴァルドがどう映るのか。
どちらに映ってもエヴァリーナの婚約者としてランヴァルドの事を相応しくないとテレナード大公は思うかもしれない。
ランヴァルドの目の前で何かを仕掛けてくれればありがたいと、ランヴァルドはエヴァリーナを守るため、手加減はしないつもりだった。
ランヴァルドにとってテレナード大公はエヴァリーナと幸せになる為の邪魔者でしかないのだった。
王城へ着き、控室を出た後は謁見の間へと通された。
魔国の王が一緒と有って、城の者たちには緊張が走っていた。
大概のものがランヴァルドにエスコートされているエヴァリーナの事を、同情するような目で見ていた。
ランヴァルドには心の声が聞こえるため「あんな老人に嫁ぐだなんて可哀想に……」と同情したものが多かった。
けれど中には「まさかあんな子供とは……」と軽視する声も聞こえてきた。
後で本来の姿を現してやろうと、ランヴァルドはいたずら心が湧いていた。
そんな中、謁見の間で王は既に控えて待っていた。
それはそうだろう、強国である魔国の王のランヴァルドが来ているのだ。大国の王が出迎えるのは当然だ。
王も王妃もランヴァルドの登場に頭を下げていた。
二人には本来のランヴァルドの姿は見えている。
ただし他の貴族たちは違う為、多くの者が魔国の王であるランヴァルドが老人に見えている様だった。
その大国の貴族が集まる中の一角に、ランヴァルドを見て嘲笑う心根を持つものが一人いた。
王に似た金色の髪のその風貌に、それがテレナード大公で有る事はすぐに分かった。
そしてテレナード大公の心の声は凄く大きく邪な物だった。
エヴァリーナを見つめる目が卑猥であり、頭の中でエヴァリーナの事をどう想像しているのか見える、それはランヴァルドが怒りを抑えるのに苦労する程だった。
魔力があるラルフにはランヴァルドの魔力が蠢いているのが感じ取れたのだろう。
テレナード大公を警戒し、ランヴァルドの指示ですぐにでも動けるようにして居る事が分かった。
今この国はエヴァリーナへの対応を間違えば、その瞬間に滅亡しても可笑しくない程の危機が迫って居る事を、どれだけの貴族が知っているだろうか……
王と王妃にはその事が良く分かっているはずだ。
ランヴァルドはエヴァリーナとの婚約が済んでから、大国へ書状を出している。
未来の王妃であるエヴァリーナを、すでに自分の妻として見ている事。
それから大国でのエヴァリーナへの対応次第では今後の友好関係も解消する可能性がある事。
そしてもしエヴァリーナの家族や本人に何か有れば敵とみなす事……
脅しともとれるその書状に大国の王が震えたのは勿論だった。
エヴァリーナへの妃教育は自分たちの息子であるベルザリオのせいで辛い物になっていた。
それを知りながらも何も手を施さなかった王たちに、その書状でランヴァルドが怒りを覚えている事が伝わってきていたからだ。
けれどそれがあったからこそエヴァリーナは魔国へと嫁ぐことが出来た。
ランヴァルドが書状のみで怒りの矛先を納めたのもそれがあるからだった。
王達はこれ以上ランヴァルドの怒りに触れてはならないと、緊張から神経を尖らせていた。
「ま、魔国の王よ、良くお越しくださいました……そしてエヴァリーナ嬢も良く戻って来てくれた。元気そうな様子に我も安心したぞ……」
「陛下、お心遣い頂き有難うございます。魔国へ行けましたこと、心より感謝しております。私は今とても幸せでございます」
そう言ってエヴァリーナはランヴァルドを見上げた。
その表情はとても美しく、王だけでなく集まった貴族たちは皆感嘆し、息が漏れた。
ただ一人、その中でテレナード大公だけが、憎しみに満ちた目でランヴァルドを見つめていた。
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