第7話街での買い物

 クリスと街に行く約束をして、一週間後。


 やっと外出の許可が父であるウイステリア侯爵から下りた。


 ベルザリオと婚約破棄をしたことでエヴァリーナは今この街で、いや、この国で一番注目を集めている令嬢だと言える。


 それに新しく決まった婚約者は秘密のベールで閉ざされている魔法の国の王だ。


 外に出れば身代金目的に何をされるか分からない。


 下手をしたら誘拐では済まないかもしれない。


 本当ならば大人しく家にいて欲しいとウイステリア侯爵は思っていたが、これから立場が王妃に変わるエヴァリーナはもう二度とこの国の街に降り立つことが叶うかは分からない。


 最後の想い出に……


 とウイステリア侯爵が父親としてそう思うのは当たり前の事だった。


 そんな事で、エヴァリーナが街へ行くのに大勢の護衛が付き添うことになった。


 エヴァリーナと傍付きのクリス、そして二人の買い物には二人の男性護衛が付き添うが、その他に10名以上の護衛達が平民に紛れ後を付いて行く算段になって居る。


 エヴァリーナはそこまでの大事になるならば街へ行くのを諦めようかとも思ったが、最後の我儘として通すことにした。


 魔国でもこれから先エヴァリーナはどうなるかは分からない。


 魔力を持たないエヴァリーナは歓迎されず城から出して貰えない可能性もある。


 そうなれば益々自由な行動はできなくなることは間違いない。


 それでも魔国には行きたい気持ちがエヴァリーナは募る。


 絵本のような不思議なものが沢山あるのか。


 国王は本当に絵本の通りなのか。


 知りたい事が沢山あって日々魔国への思いは募るばかり。


 何より不安よりも今は楽しみの方が大きい。


 エヴァリーナは今、魔国へ行く事を心から楽しみにしていた。




「ねえ、クリス、魔国に無い物は何だと思う?」

「そうですね……大抵の物は魔法で揃いそうですし……意外とこちらでは普通のものが珍しいかもしれませんね……」

「普通のものね……」


 会ったことも無い未来の旦那様の事を考える。


 髪色や瞳の色は聞いてはいる。


 歳は100歳を超えてから王に即位したので102歳と行ったところだろうか。


 随分年上の相手になるが、そんな男性に何が相応しいか。


 エヴァリーナは贈るものを考えるだけで自然と楽しい気持ちになっていた。


(ベルザリオ様にはありきたりの物しか贈る気にはなれなかったわね……)


 馬車から王城が見えてエヴァリーナはふとベルザリオの事を思いだした。


 婚約者としてベルザリオから贈られてくるものはいつも決まった物だった。


 エヴァリーナの水色の瞳に合わせたドレス。それに装飾品も同じだ。


 それは全てベルザリオの傍に居る誰かが選んだもので有る事はすぐに分かった。


 贈られてきたメッセージカードの文字もベルザリオの物にしては上手過ぎて、エヴァリーナの事をその程度にしか思って居ない事が痛いほど良く分かった。


 いつしかエヴァリーナもベルザリオの為よりも、この国の王子に贈るものとしてプレゼントを選ぶ様になっていた。


 ベルザリオだけでなくエヴァリーナ自身にも悪いところがあったのだと、婚約者ではなくなった今なら素直にそう思えた。





「生活に使う色々な品をお持ちしてみようかしら」

「そうですね。あちらとは生活習慣も違いますでしょうし、それは大変面白いかと思われますね」

「石鹸も可愛い形の物や、香りの良い物を購入しましょう」

「傘などはいかがでしょうか? あちらでは雨の時は魔法でしのいでいるかもしれません」

「フフッ、ええ、そうね、どの品に驚かれるのか今から楽しみだわ」


 クリスと話していると益々魔国への楽しみが膨らんだ。


 時計やオルゴールなども購入してみよう。


 菓子もこちらの国の物は珍しいかもしれない。


 でも長旅ではダメになってしまうだろう。ならば材料を持っていきエヴァリーナがあちらに着いてから菓子を焼いてみても良いだろう。


 結局その日は街中の店を沢山見て回ることになった。


 護衛達はさぞかし疲れただろうと、彼等にもお礼の品を用意した。


 そしてエヴァリーナとクリスはおそろいでペンダントを購入した。


 二人分をエヴァリーナが購入しようと思って居たのだが、エヴァリーナの物はクリス自信で購入して贈りたいと言われ、それ程高くなく、それでいて品の良いペンダントを選ぶことが出来た。


 きっとエヴァリーナの事を店主が知っていたからだろう。かなり値引きしてくれたことを感じていた。


 ペンダントは小さな宝石が付いているシンプルなものだ。


 けれどクリスとお揃いだと思うとそれだけでエヴァリーナの宝物になっていた。




「またいつかこうやってクリスと街へ出かけることが出来るかしら……」

「ええ、きっとまた出かけましょう」


 その願いが叶わない事は二人共良く分かっていた。


 あと数日でエヴァリーナはこの国を発つ。


 ずっと一緒に居たクリスとも別れなければならない。


 それだけが凄く寂しく感じた。




「エヴァリーナ様、実は私は国境までお見送りする許可を侯爵から頂きました。最後まで私をお傍において下さいませ」

「クリス……嬉しいわ、ありがとう……」


 きっとクリスは何度も父親に頼んで許可を得たのだろう。


 平民である彼女がエヴァリーナの傍に居ることを心良く思わない人間は多くいる。


 クリスの愛情と父親の愛情を感じ、心が温かくなったエヴァリーナだった。

 

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