第6話出立の準備
婚約破棄の一件があった後、エヴァリーナは慌ただしい日々を過ごしていた。
それは魔法の国である魔国へ嫁ぐための準備があったからだ。
旅の準備が整ったら先ずは魔国へと行って王と顔合わせをする。
その後魔国で過ごし、正式な婚約をする。
そして一度大国に戻りまたこちらでも婚約の報告をしてから再度魔国へ戻り、結婚式を魔国で行う事となる。
一年を掛けた国を挙げてのイベントとなる事だろう。
それこそ大国の名を背負って魔国に嫁ぐエヴァリーナはこの国の代表だ。
持参金もかなりの金額になるし、衣装や装飾品も大国でも一流の物を取り揃えている。
元々この国の王妃になる筈だったので幼い頃から婚礼の準備は出来てはいたが、相手はあの秘密の国と言われている魔国だ、大国で一般的な結納品が通用するかは分からない。
ウィステリア侯爵も侯爵家の威信をかけて準備に奔走してくれている。その姿はベルザリオに嫁ぐ予定だった時とは大違いだった。
「ねえ、クリス、私も未来の旦那様に何かプレゼント出来る物は無いかしら?」
金色に光る美しい髪を弄りながらエヴァリーナは物思いに耽っていた。
魔国の事を思うと、完璧な令嬢と言われているエヴァリーナも年頃の少女の様だ。
水色の瞳には今まで見せる事の無かった期待に満ちたワクワクしている様子が見てとれた。
これまでエヴァリーナはこの国一の高貴な身分の令嬢に見える様にと、そして婚約者であったベルザリオの好みに合うようにと、髪を巻き、装飾品も身分に相応しい物をつけていたが、今は髪も一つにまとめているだけのシンプルな装いだ。
本来のエヴァリーナらしさが出ていてとても可愛いらしい。
幼い頃からずっと傍に居るクルスティーヌこと男装の麗人クリスは、そんな主人の様子を微笑ましげに見ていた。
クリスはエヴァリーナに付いていた乳母の娘で、エヴァリーナとは姉妹の様に育って来ていた。
やっとエヴァリーナが肩肘張らずに過ごせる場所を見つけたことを嬉しく感じていた。
「エヴァリーナ様、やはりここはハンカチに刺繍をしてお渡しするのが宜しいのでは無いでしょうか? 婚約者から送られる刺繍入りのハンカチには想いもございますし、エヴァリーナ様の刺繍の腕前は素晴らしい物がございますので、魔国の王もきっとお喜びになられるかと」
「……ハンカチに刺繍……そうね……」
エヴァリーナの憂い顔を見れば、ハンカチに刺繡を施すことを不安に思って居ることはすぐに分かった。
そしてずっと傍に居たクリスはその理由を知っていた。
それは以前エヴァリーナが刺繡を施したハンカチを婚約者で在ったベルザリオに送った際、無下に扱われたからだった。
確かに幼かったエヴァリーナが挿した刺繡は、今現在のエヴァリーナの作品と比べれば拙い作品だっただろう。
けれどエヴァリーナと同じ年頃の少女達と比べれば、格段と上手であったことが分かる。
けれどプライドが高くエヴァリーナと比べられることを恐れていたベルザリオは、それこそが気に食わなかったのだろう。
「王子である私にこの様な不出来な物を使えというのか?」
と言い、折角のハンカチをエヴァリーナにつき返してきたのだ。
エヴァリーナは笑顔でそれを受け止めてはいたが、今よりもずっと幼かった少女にとってその事は、心の傷となっただろうとクリスには良く分かっていた。
それでもその嫌な記憶をこの機会に楽しい思い出に変えて欲しかった。
「エヴァリーナ様、魔国では鳥が好まれると聞いております。魔国の王は黒色の髪をしていると聞いておりますし、黒色の鳥を刺繡してみてはいかがでしょうか?」
「……そうね……私の金色の髪と、魔国の王の黒い髪色をイメージして鳥を刺繡してみようかしら……もしお気に召されなかったら……その時はクリスが使ってくれる?」
「ええ、勿論でございます。エヴァリーナ様から頂けるものでしたら、このクリス、石ころでも嬉しゅうございます」
「まあ、石ころだなんて……フフフ……有難う。クリスにも何か贈らせて頂戴ね」
クリスティーナの母は平民出身の為、魔法の国へと向かうエヴァリーナについて行くことは出来ない。
生まれた時からエヴァリーナの傍に居て誰よりも理解し、応援し、支えてきたクリスティーナとしては離れ離れになってしまう事はとても苦しい事だった。
もしベルザリオの元にエヴァリーナがそのまま嫁いだでいたとしても、それは変わらない現実だった。
なので随分前から心の準備は出来てはいたが、それでもやっと自分の夢が叶い幸せそうにしているエヴァリーナの嬉しそうな姿を見ると、離れがたいものがあった。
(エヴァリーナ様の幸せそうな姿をもっと見ていたい……)
「エヴァリーナ様、明日商人を屋敷へ呼んで何か魔国の王へのプレゼントを見繕いましょうか?」
「そうね……それも良いけれど……ねえ、クリス、明日一緒に街へ出かけましょう」
「街へですか?」
「ええ、ここ数年、私は街へ出る事も出来なかったから、最後にクリスと出かければきっといい思い出になると思うの」
今後魔国へと嫁いだエヴァリーナとクリスには今以上の身分さが出来る。
下手をしたら一生会えない可能性もあるだろう。
それが分かっているからこそエヴァリーナはクリスを街に誘っているのだ。
可愛らしく、そして優しい主人であるエヴァリーナの事を、クリスは心から愛おしいとそう思っていた。
「そうですね。では侯爵様にお許しを頂き、明日は街中を見て回りましょう」
「ええ、クリス嬉しいわ。有難う」
そう言って微笑んだエヴァリーナは年齢よりもずっと幼く見えた。
クリスにとって可愛い妹……それが本来のエヴァリーナの姿だった。
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