第5話エヴァリーナの願い

 自室に戻ったエヴァリーナは湯浴みを終え寝間着に着替えると、メイドたちを下がらせ、疲れ切った体を休ませるようにベットへと横になった。


 婚約者のベルザリオとの事は自ら決着を付けようと思っていたけれど、流石にここ数ヶ月ずっと気を張っていていたので疲れが出た様だった。


 これでやっと解放される……


 エヴァリーナが最初に思った事はそれだった。


 これ迄未来の王妃として毎日窮屈でせわしない日々を過ごしていた。


 幼いかろから始まった妃教育のせいでエヴァリーナには自由な時間は殆ど無かった。


 それでも国の為にと願い出されてしまうと嫌とは言い出せず。努力する日々が続いていた。


 しかしエヴァリーナが頑張れば頑張る程婚約者のベルザリオとの関係は壊れて行った。


 出会った頃はベルザリオの事は可愛い弟の様に思えていた。


 けれど最近では顔を会わせれば嫌味を言われ、王子だからと我儘をぶつけられ、婚約解消を強く願うようになっていた。


 そんな時ベルザリオは男爵令嬢のレーナと恋に落ちた。


 これはエヴァリーナにはチャンスだと思えた。


 今迄幾度も婚約解消を王家に申し入れても受け入れては貰えなかった。


 けれどベルザリオの不貞行為で有れば話が違う。


 侯爵令嬢のエヴァリーナを蔑ろにし、男爵令嬢を王妃に据えようとするなど醜聞でしかない。


 噂はすぐに広まる、大国が諸国から笑いものにされることは間違いはなかった。


 王家もベルザリオに注意を促したようだったが、我儘に育ったベルザリオが話を聞くわけもなく、レーナとの親密な関係は学園の生徒達から親であるこの国の貴族たちへと話が流れて行き、もう隠しようが無い状態になってしまった。


 エヴァリーナはこれを逆手に取って婚約解消の代わりに軽い罪で済むようにさせ、学園内という子供だけの空間でベルザリオに仕置きをし、本人の心を入れ替えさせ、王子としての自覚を持たせる仕事を受けることにした。


 ベルザリオはこの国でたった一人の王子だ。


 陛下も簡単には切り捨てることは出来ない。


 確かにベルザリオに従弟は居るが、出来れば息子に王として即位してもらいたいというのが陛下の親心だろう。


 これ迄ベルザリオを甘やかしてきた家庭教師達は殆どがクビになったようだし、陛下自身も甘やかしてしまったと悔やんでいた。


 これでベルザリオ様が改心してくれればいいのだけど……


 いくら憎まれていたとしてもエヴァリーナとしては幼馴染としての愛情はまだベルザリオには残っている。ベルザリオのこの行いは本人だけでなく周りの育て方も悪かったのだと思う。


 けれどここでベルザリオが変わらなければ次は無いだろう。陛下も流石にそこまでは甘くはない。




 ふとエヴァリーナは枕元に常に置いてある本へと視線を送った。


 それは幼いころから大切にしている魔法の国、魔国の絵本。


 五歳の誕生祝いにどこかの貴族から送られてきた誕生日プレゼントの中に入っていた絵本。


 エヴァリーナが辛い時、いつもこの本が心を救ってくれた。


 魔法の国では空を飛べ、料理も、家具も、武器までも全て魔法を使って作るらしい。


 それにこの国の人間よりも長生きで、今の王は既に100歳を迎えているらしい。


 そんな不思議な国のお話が幼い頃のエヴァリーナを夢中にさせた。


 いつか魔法の国に行くことが出来たなら……


 エヴァリーナの夢はいつからか魔国に行く事になっていた。


 勿論大国の王妃になってしまったらそんな夢はかなわないだろうことはエヴァリーナにも分かっていた。


 けれど夢見る気持ちは消えることは無かった。


 もしかしたら……


 いつかきっと……


 夢がかなうかもしれない……


 そしてベルザリオがレーナに傾いてくれたことがきっかけで、エヴァリーナの新しい嫁ぎ先を王家が探してくれることになり、エヴァリーナの父親の後押しもあった。


 自国の王子の不祥事で婚約解消される以上、エヴァリーナを下手なところに嫁がせる訳には行かない。


 それにエヴァリーナはこの大国一の権力を持つ貴族の令嬢。


 爵位の低い貴族の元や、この大国よりも地位の低い国に嫁がせる訳にはいかなかった。


「私は魔法の国へ嫁ぎたいです……」


 意思を聞かれたエヴァリーナはそう呟いた。


 結界で防衛されている魔法の国は、秘密の国とも言われていてこの大国でさえも中々情報が入ってこない。


 そんな中、王家から婚姻の打診をしてみれば、魔国から色よい返事が返って来た。


 それもエヴァリーナを王妃として迎えたいというのだ。


 この国の王も、重鎮たちも、そしてエヴァリーナの父親も、魔国と縁が結べ、その上エヴァリーナの嫁ぎ先としてこの大国の王妃になるよりも、より良くなることに誰も異論を示すものは居なかった。


 ただしエヴァリーナだけは違った。


 出来れば王妃ではなく一貴族の元に嫁ぎ、少しでも自由な時間を持ち魔国の事を勉強したかった。


 でもそれでも魔法の国へ行ける。


 疲れから体にはだるさがあるが、エヴァリーナの心は晴れやかで、どこまでも飛んでいけそうなほどに高揚していた。


「魔法の国へ行けるのね……」


 エヴァリーナはそう呟いて眠りに落ちたのだった。


 

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