第4話報告

「お父様、ただいま戻りました」

「ああ、エヴァリーナ、お帰り。卒業パーティーでの首尾はどうだったかな?」

「ええ、滞りなく済みましたわ」

「ふむ、これであの馬鹿王子も少しは心を入れ替えてくれると良いが……」


 エヴァリーナは卒業パーティーから戻るとすぐに父親の執務室へと向かった。


 お茶だけ出してもらい人払いをした後は早速卒業パーティーでの話になった。


 王子であるベルザリオのこれ迄の行いはこの国一の有力貴族であり、実力者でもあるウイステリア侯爵には当然耳に話が入ってきていた。


 大切な娘であるエヴァリーナの婚約者でもあるベルザリオは、余りにも愚かすぎてウイステリア侯爵は本気で消してしまおうと思った程だ。


 実際それが可能なほどの実権をウイステリア侯爵は持っている。


 そう、この国の王よりも力がある侯爵。


 それがウイステリア侯爵を見る周りの貴族たちの評価だ。


 だからこそエヴァリーナを妃にしたいと王家からの願い入れがあったのだが、ベルザリオは自分の立場もろくに弁えず、その上学ぼうともせず、常にエヴァリーナにきつく当たり、蔑ろにし、その上我儘を言い通した。


 今回の婚約破棄騒動もウイステリア侯爵は当然前もって情報は掴んでいたので、これ幸いと国の為にもいっそベルザリオを処分してしまおうとも思ったのだが、エヴァリーナがそれを止めた。


「お父様、殿下はまだ心が幼いだけ、ここはお灸をすえる程度で宜しいかと思いますの……それよりも王家に恩を売っておいた方が、これからの事を考えても宜しいかと思いますわ。それに私にとっては殿下との婚約が解消されることはとっても喜ばしい事ですもの」


 我が娘ながらエヴァリーナは見目美しく、頭が良く、そして慈悲深い心の持ち主だ。


 これ迄ベルザリオはエヴァリーナの婚約者としての責を果たしてこなかった。


 それどころか自分の愚かさを棚に上げ、優秀なエヴァリーナの事を逆恨みまでしていた。


 その上王子自身で選んだ女がアレだ。


 男爵令嬢の中でも平民に近くろくな教養もない愚かな女。


 きっと互いに仲間意識が働いたのだろう、それを真実の愛だと言いだした時には流石に笑いが出てしまった。



「それにしても、よくあの馬鹿王子を止めることが出来たな」


 最初の計画でベルザリオは、他国の貴族も集まる夜会の席で婚約破棄をエヴァリーナに言い渡そうとしたようだ。


 そうなってくると今日の学園内での騒ぎとは違い、本格的な処罰をベルザリオとレーナに行わなくてはならなくなる。


 良くて廃嫡、悪ければ国外追放か処刑となっていた事だろう。


 ウイステリア侯爵としてはそれでもかまわなかったが、エヴァリーナの心に傷がつくことは避けるべきと思い至った。


 国の決まりを変えてでもあの男爵令嬢を王妃にしようとしたのだ。軽い処分では済まなかっただろう。




「フフフ……お父様簡単ですわ。私が卒業パーティーを楽しみにしているのだという情報を流しただけですもの」


 ベルザリオはそれはそれはエヴァリーナが喜ぶ事を毛嫌いしていた。


 エヴァリーナが楽しみにしている。


 そう言えば簡単に釣られてくれるだろう。


 だが、エヴァリーナが傷つかなかったわけではない。落ち着いているとはいえまだ18歳の少女だ。ウイステリア侯爵は親としてあの馬鹿王子にはそれ相応の仕返しをしてやろうと決めていた。


 そして何よりもベルザリオが本当はエヴァリーナの事を心の中では愛している事が許せなかった。


 好きだからこそ、愛おしいからこそ、構いたくなり虐めたくなる。


 ベルザリオのして居る事はまさにそれだった。


 ベルザリオ本人だけが気付いていなかったことだけが救いだったと、ウイステリア侯爵はそう思っていた。




「それにしてもエヴァリーナ、本当に魔法の国へ嫁ぐのか?」

「お父様それこそ今更ですわ、何度も話し合った事では無いですか……」


 呆れた様子でエヴァリーナは小さなため息をついた。


 魔法の国、魔国の情報は外へは殆ど流れる事は無い。


 現王は二年前に即位したばかりで、どんな人物なのかもハッキリとは分かっていない。


 掴んでいる情報としては黒髪に赤い瞳の冷酷な王。それだけだ。


 それでもエヴァリーナは嫁ぎ先として魔国の王を選んだのだ。


「この国に残って何事もなかったかのように殿下の婚約者として過ごすのも苦痛でしたし、別の方に嫁いだとしても、あの殿下の家臣となって良い様に使われるのはこりごりでしたもの。この大国よりも強く、そして立場が上といえば魔国しかございません。私は最良の道を選んだと思っておりますわ」


 確かにエヴァリーナの言う通り、魔国に王妃として嫁げばもうこの国の王家もベルザリオもエヴァリーナに手出しは出来ないだろう。


 それにこのウイステリア侯爵家にとっても、魔国と繋がりが出来ることはこれ以上ない有益といえる。エヴァリーナの希望を反対することは出来なかった。


 だがしかし親としては娘の幸福を願うのは当然の事だ。


 エヴァリーナがベルザリオの婚約者に決まってから、何度も解消を願い出たのもそれあってのことだ。


 ただこの国の為にと婚約を頼まれてしまっては、家臣としては逆らう事ができなかった。




「お父様、大丈夫ですわ。どんな事が有っても私は必ず幸せになって見せますから」


 そう言い残すとウイステリア侯爵に礼を取り、エヴァリーナは自室へと戻っていった。


 こんな時でさえエヴァリーナは美しい。


 今日は朝から卒業パーティーの為準備をし、さぞかし疲れていたはずだ。


 その上あの婚約破棄の一件だ。


 本来ならば王家がベルザリオを戒めなければならないところを、エヴァリーナが大事にしては可哀想だと大人が干渉できない場で済むように取り計らった。


 我が娘ながら素晴らしい淑女に育ったものだとウイステリア侯爵は感嘆した。


「はてさてあの馬鹿王子にそれがどれ程伝わったことか……」


 もしこれでもベルザリオに改心する心が現れないようであれば、例えたった一人のこの国の王子であってももう容赦はしないと、強く決意したウイステリア侯爵だった。

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