第3話大国の事情

「殿下、残念ながらそれは難しいかと思いますわ」


 男爵令嬢のレーナを虐めた犯人を大国の王子であるベルザリオが突き止めると言いだしたが、エヴァリーナはそれをすぐに否定した。


 追い詰められていたベルザリオだったが、今迄の自分の行為を棚に上げ、エヴァリーナが王子である自分の意見に口出したことに腹を立て始めた。


 いつもいつも私を否定して……やはりこの女は好きにはなれん……


 改めてそう思ったベルザリオだったが、この状況を打破できる言葉も思いつかず、それでも何とか言い返そうと思ったのだがそれよりも早くエヴァリーナが口を開いた。


「残念ながら殿下がこの様な行いをされてもなお、まだ王子のままでいられるかは誰にも分かりませんもの……」

「は? 何を言う、私はこの国でただ一人の王子だぞ」

「ええ、ですが……殿下には従弟様がいらっしゃいます。国王がお認めになればその方が王太子になるでしょう」

「ち、父上がそのような事をするはずがない」

「そうでしょうか? 殿下は国が決めた婚約を勝手に破棄され、この国一の有力貴族の令嬢である私に無実の罪を着せようとなさいました。それもこれ程大勢が集まる前でございます。国王の耳に届くのは当然の事でしょう」


 そう言ってエヴァリーナが微笑めばベルザリオとレーナ青い顔になってしまった。自分たちのしでかした過ちにやっとここにきて気が付いたようだ。


「あ、あの……私は側妃でも構いません……ですから……」


 自分たちの罪をここにきてやっと自覚したのかレーナの表情は曇り、顔色が悪い。


 けれどそれでもまだ自分をベルザリオの側妃にと望んでいた。


 ベルザリオはそのレーナの言葉を聞いて自分への愛ゆえの言葉だと思った。


 そう、自分たちは真実の愛で結ばれる運命の間柄、愛しいレーナに視線を落しながらやはりエヴァリーナとの結婚は考えられないとベルザリオは思った。


「残念ながら、レーナ様は側妃にはなれませんわ」

「えっ……」

「なっ、何を言う! レーナは私の愛する女性だ。幾らお前が将来の王妃だとしても私の妻になる人物に異論を唱える権利はないぞ!」


 ベルザリオはそう怒鳴ってみたが、ここにきて初めて周りの生徒たちの冷ややかな視線が目に入った。


 これ迄王子として尊敬の視線を受けることはあっても、これ程あからさまに蔑むような視線を浴びるのは初めてだった。


 皆が自分に失望し、敬う価値もないとそう決めつけている様に感じた。


「殿下、この国の貴族ならば誰もが知っている事ですが、王の妻となる者の資格は伯爵家以上の生まれの者からです。ですのでレーナ様にはその資格が無いと申しているのでございます。まあ、妾妃にはなれますが……それではお二人は満足なさらないのでしょう?」

「レーナが妾など、そんな事はあり得ない! そう、どこか伯爵家の養女になれば済む話だ!」


 ベルザリオの話を聞いてエヴァリーナは溜息をついた。


 周りの生徒たちもざわざわと騒ぎ出している。


 貴族の間で当たり前の事でさえこの王子は知らない、そんな陰口が聞こえて来て居るかのようだった。


 興奮するベルザリオは自分の発言の何が悪いのかさえ分かっていなかった。


「殿下、先程も申しましたが、正妃、側妃とも伯爵家以上の生まれの者です。レーナ様にその資格がない事はお分かりになりますか?」


 子供を諭すかのようなエヴァリーナの物言いにイラつきを覚えたが、ベルザリオは生まれと聞いてレーナにその資格がない事を認めるしかなかった。


 だが、なればその資格の内容を変更してしまえばいい。王子である自分ならばそれが出来る筈だとベルザリオは思った。


 だがそんな浅はかな考えをエヴァリーナはすぐに見抜いたのだろう。

 また淑女の笑みを浮かべるとベルザリオに優しく声を掛けてきた。


 周りの皆はそのエヴァリーナの笑顔を美しいと思っていたが、この会場でベルザリオとレーナだけがその微笑みに恐怖を感じていた。


 それはエヴァリーナには敵わない……そう思わせる様な微笑みだった。


「殿下、レーナ様をどうしても妻にと思うのでしたら、殿下が王子としての身分を捨てるしかございません。男爵令嬢を妻にする為にこの国の決まり事を変えようとすれば、どの道殿下について行こうとする者は誰もいなくなりますでしょう。ですからお二人でもう一度話合い、考え直された方が宜しいのではないのでしょうか?」


 ベルザリオとレーナは少しだけ視線を合わせると、下を向いてしまった。


 このままエヴァリーナと婚約破棄を無事に済ませた後、皆に祝福され結婚し、王と王妃になる夢を見ていたのだ。


 今更お互いにその地位を捨ててまで結婚をしようとは思えないのだろう。


 二人が掲げた真実の愛が所詮この程度の事だったと、子供の戯言だったと言って居るかのようだった。


 そしてこれはベルザリオの父親である王の元にも報告が入るだろう。


 その時ベルザリオはともかくレーナがどうなるかは分からない。


 震える愛しい女性を見たベルザリオはある決意をした。


「分かった。エヴァリーナ、お前が正妃になることを容認する。婚約破棄は無しとしてやる。レーナは妾とするが、子はレーナとしか作らん。お前は王妃の地位が入ればそれで満足なのだろう。どうだ、これでこの話はまとまったとしよう」


 ベルザリオがそう言ってエヴァリーナに握手をと手を差し出せば、エヴァリーナはクスクスと笑い出した。


 馬鹿にしたようなその笑いにベルザリオは憎しみを覚えたが、ここ迄の事を思えばエヴァリーナに文句を言う事も出来なかった。


 仕方がなく笑いが収まるのを待っていると、エヴァリーナは思いもよらない事を口にした。


「私が正妃を望んでいると? 王妃になりたいと思って居ると? 殿下、私たちの婚約破棄はもう決まったことですのに何を仰っているのでしょう。私が魔国に嫁ぐことは陛下に許可を頂いておりますのよ。まさか殿下の一存であの強国である魔国の王との婚姻が決まったとお思いでしたのでしょうか? この婚姻は私が望んだ事。殿下、少しは世間に目を向けた方が宜しいかと思われますわ」


 エヴァリーナはそう言い残すと、見守る生徒たちが感嘆する程の美しい礼をして会場を後にした。


 この後のベルザリオとレーナの処遇には全く興味が無い様だった。


 エヴァリーナはそれよりもこれから嫁ぐ予定の魔法の国、魔国を思い、これまでにないほど胸が弾んでいるのだった。

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