第2話愚かな断罪劇
「な、なんだ? エヴァリーナ、答え合わせとは何の事を言って居る? お前の罪を認めるという事か?」
婚約破棄をしたというのに全く動揺を見せないエヴァリーナを前に、ベルザリオの方が動揺し不安が募っていた。
隣に立つ男爵令嬢のレーナも同じ気持ちなのか、不安気な顔でベルザリオの腕をぎゅっと掴んでいた。
そんなレーナの腕を掴むか細い手にベルザリオはそっと自分の手を重ねた。どちらが支えているのか分からない程二人の顔色は悪い。
形勢は自分たちの方が上なはず、立場だってベルザリオはこの国の唯一の王子で、エヴァリーナは家臣である侯爵令嬢だ。なのに何故かベルザリオの背筋には冷たい汗が流れていた。
「殿下、婚約破棄された今、私の事はどうか名前では呼ばないようにお願い致します。それにそちらの新しい婚約者様? のレーナ様にも失礼になりますわ」
「あ、ああ……うむ、それは、そうだな……」
思わず返事を返してしまったが、呼び名などエヴァリーナが罪を認めた今どうでもいいではないかとベルザリオは思っていた。
それにベルザリオ自身から婚約破棄を言い渡したはずなのに、何故かエヴァリーナに名前ではなく殿下と呼ばれると、チクリと鈍い痛みが胸に走った。
それが何故なのかはベルザリオには分からなかった。
「それでは殿下、そして御集りの皆さま、ここで私から答え合わせをさせていただきますわね」
エヴァリーナは淑女の笑みを浮かべると会場に集まった卒業生たちや教師陣に振り返った。
その姿は王妃に相応しいご令嬢とはまさにエヴァリーナの事だと表現して居る様だった。
それに引き換え、この国の王子であるベルザリオは青い顔になり体を震わせていた。周りからは隣にいるレーナと倒れないように支え合って居るかのようにも見える。
まだエヴァリーナは何も言って居ないのに、これだけで既に勝負はついて居るかのような威圧を感じた。
只々皆がエヴァリーナの次の言葉を待っていた。
「まず、殿下、大きな間違いとして一つ、私が嫉妬に狂いそこにいらっしゃるレーナ男爵令嬢を虐めたと仰られましたが、それはあり得ません」
「なっ! い、言い逃れか! こちらには証拠もあるのだぞ!」
「それがどのような証拠かは分かりませんが……そもそも私が嫉妬に狂うはずが無いのです。私と殿下は政略結婚、私たちの間に愛などございません。あるのは契約のみ、ですのに殿下の愛を得られないからと言って嫉妬するいわれがございませんもの」
「そ、それは……お前が王妃に就きたいが故の嫉妬だろう!」
愛など無いとエヴァリーナの口から言われると、ベルザリオは先程まで感じていた鈍い胸の痛みがもっと強く感じられるようになった。
ベルザリオとエヴァリーナは幼いころから顔を会わせ、婚約者としてそれなりに交流していた。
ベルザリオはエヴァリーナが王子である自分を愛していると信じていたし、自分の妻になる為に王妃になりたいのだとそう思っていた。
それを真っ向から否定された今、ベルザリオは虚勢を張るので精一杯だった。
「殿下、私は王妃にはなりたくないと、この婚約の解消を何度も陛下に願い出ているのですよ」
「そ、そんなはずわ……」
「いいえ、殿下の婚約者として陛下にお会いするたびに、これ迄幾度も願い出て参りました。書記官がそのやり取りを記録しておりますので、後ほどご確認をして下さいませ」
「なっ……」
「それからレーナ男爵令嬢を私がいじめたと仰っておいででしたが、王妃教育と殿下の補佐の教育を受けている私には、残念ながらその様な暇な時間などございませんでした。それは殿下が一番よくご存じではございませんか?」
確かにエヴァリーナはベルザリオの婚約者に決まってからずっと王妃教育を受けてきた。
その為家と学園、そして王城を行き来するだけの毎日だっただろう。
だがベルザリオは愛しいレーナからは酷い虐めを受けたと聞いている、それに証拠もそろっている、エヴァリーナの迫力に押されているからと言ってそれを認めるわけには行かなかった。
「いじめは学校内にいる間の事だ。休み時間や移動時間を使えば出来ないことは無い。それにこちらには証拠もある。言い逃れは出来ないぞ」
「証拠でございますか? ではそちらを私にも見せて頂けますでしょうか?」
ベルザリオは自分の傍仕えに指示を出し、証拠品を持ってこさせた。
エヴァリーナが婚約破棄を素直には受け入れないだろうと思ってあらかじめ準備していたため、証拠品は直ぐに用意ができた。
だが証拠品の品を見ても淑女の笑みを浮かべるエヴァリーナの表情には何の変わりもなく、ベルザリオは動揺が隠しきれなかった。
「これが証拠品でございますか?」
そこには学園で使われている教科書やインク、それにレーナの物と思われるドレスもあった。
全てがボロボロにされ破かれているのが遠目からも分かった。
ベルザリオはこれをエヴァリーナの所業だと言ったのだが、それでもエヴァリーナが狼狽する様子は見えなかった。
「殿下、そしてレーナ様、今は魔国の魔道具で犯人を特定することが出来るのですよ、この場でそれを使用しても構いませんか?」
「それはかーー」
「ダメです!」
ずっとベルザリオの腕にもたれ掛かっていたレーナが、ここで初めて大きな声で叫んだ。
その顔色を見ればやましい事はすぐに分かる。自分がやったと自白したも同然だ。
ハッとしたレーナにエヴァリーナは笑顔を向けた。
「レーナ様、調べられては困るのですか?」
「そ、それは……その、私は別に犯人を訴えたい訳ではありませんので……」
「まあ、ですが、殿下には私がやったと仰られたのですよね? 犯人が分からなければ私が困ってしまいますわ。そうですわよねえ、殿下?」
ベルザリオはレーナに視線落とし、全てを悟った。
レーナはベルザリオの愛が欲しかったのだろう、それ故にエヴァリーナに罪を着せようとしたのだ。それが分かるだけにベルザリオはレーナを責めることは出来なかった。
だがしかし、これだけの大事になってしまった今うやむやには出来ない。
それにレーナを深く愛してしまった今、エヴァリーナとの婚約破棄は取りやめることは出来なかった。
「エヴァリーナ……あー……どうやら……犯人は他に居る様だ……それについては私がこの後きちんと調べよう。だが私はレーナを愛している。やっと手に入れた真実の愛を手放す気は無い。エヴァリーナ、君との婚約はやはり解消をさせてもらう」
「ベルザリオ様……」
「レーナ……」
見つめ合う二人をよそに会場に居る卒業生からは冷ややかな視線が集まっていた。
一国の王子が婚約者である侯爵令嬢を公の場で噓の罪で断罪し、しかもその罪を良く調べもしていなかったのだ。その上男爵令嬢を王妃にすると言うのだ。
会場中が呆れるのは当然の事だった。
今この会場全体がエヴァリーナの味方になってた。
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