第26話久しぶりの帰省
「そろそろ良いだろう……」
ランヴァルドがそう呟きエヴァリーナの事を膝から下ろしてくれたのは、馬車が一定の速さを保つ様になってからだった。
その間もランヴァルドの執務室に居るラルフやステファン、それにマーガレットやデイジーとは魔道具で繋がっている状態だったので、エヴァリーナはランヴァルドに抱えられている姿を皆に見られ恥ずかしい気持ちでいた。
ランヴァルドとラルフの揶揄い合うような会話はずっと続いては居たが、エヴァリーナは自分の胸の鼓動がランヴァルドに聞こえてしまうのではないかと、それだけが心配で話を聞いている余裕などなかった。
妃教育を受けてからどんな時でも平常心でいられると思っていたが、まさかこれ程自分がランヴァルドに対してだけは動揺してしまうとは思っても居なかった。
もしかしてこの気持ちは……と少なからず、尊敬や家族になる相手としての愛情だけではない事はエヴァリーナにも分かっていた。
可愛いだけの王様ではない。
それも当然の事でランヴァルドはこの魔国の王であり、歳もエヴァリーナよりは何歳も上だ。
最初恥ずかしがり屋だと思って居たのも、エヴァリーナの心の中が聞こえてしまって照れていただけだった。
あの時のエヴァリーナは、心の中で何度もランヴァルドの事を可愛い人だと思っていた。
それが本人に聞こえていたと思うと、今更ながら恥ずかしい気持ちが込み上げてくるエヴァリーナだった。
「エヴァ、間もなく私と出会ったあたりだ」
ランヴァルドに声を掛けられ、エヴァリーナは心を落ち着かせるためにも窓から見える景色へと視線を送った。
ランヴァルドがそんなエヴァリーナを包み込むようにしながら外を見つめる。
二人きりの馬車の中でエヴァリーナの鼓動の音だけが響いているような気がした。
「ほら、あれが私が止まった木だ。君が話しかけてくれた時の……」
確かに伯爵家らしき庭が見えたが、空高い位置なのでエヴァリーナにはハッキリとは分からなかった。
けれどランヴァルドの嬉しそうな顔を見ると、エヴァリーナはそれだけで嬉しくて仕方がなかった。
もっとランヴァルドの笑顔を見て居たい。
そう思うと自然とランヴァルドが窓に置いた手に自分の手を重ねていた。
それも無意識で……
「エヴァ、あの屋敷に泊まった時は不便はなかったか?」
そう聞かれ心の中であの伯爵家で起こった出来事を思いだしてしまった。
エヴァリーナに自分の息子を勧めてきたあの伯爵は今どうしているだろうか。
きっとクリスから何かしらの報告が父親であるウイステリア侯爵に届いている事だろう。
そうなれば息子が騎士になれないどころか伯爵家自体が窮地に陥る。
父親のウイステリア侯爵が娘を見下されて黙っているとは思えない。
少し申し訳ないような複雑な気持ちになって居ると、ランヴァルドが突然手を振り魔法を使った。
魔法を使えないエヴァリーナにもキラキラした光が伯爵邸に降り注ぐのが見えた。
驚いてランヴァルドの方へと視線を送れば、余りにも近い位置にランヴァルドの美しい顔があったので驚いた。
それに忘れていたが、まだ通信している魔道具からラルフの呆れた声も聞こえてきた。
『ランヴァルド、お前何やってるんだよー』
とラルフはいつもの口調だ。
「マオ様……今何かされたのですか?」
「エヴァに嫌がらせをした家だからな、私も嫌がらせをしてやった」
「嫌がらせ?」
「一年間草を刈っても刈っても伸び続ける魔法だ。本来は草花の成長を促す魔法だが、まさかここで役に立つとは思っても居なかった。エヴァのお陰で王として良い経験が出来た、礼を言う」
「まあ……」
「ほら、エヴァ見てみろ、庭が草で凄い事になっているぞ」
「少しお気の毒のような気もしますわ……」
「あの伯爵が痩せるための手助けだ。そう考えれば丁度いいだろう」
「まあ……」
確かにあの伯爵のお腹は出っ張っていた。
一体ランヴァルドはいつ伯爵の様子を知ったのだろうか。
そう言えば長い時間エヴァリーナ達の上空を、大きな鳥が飛んでいたことを思いだした。
あの時から……いえ、もっと前からエヴァリーナの事をランヴァルドが心配して見守っていてくれたのだと思うと、ランヴァルドの愛情を感じエヴァリーナの胸はまたドクンと音を立てた。
「エヴァ、ほら大国の王都が見えて来た」
馬車のスピードはとても速いもので、気が付けばあっという間に大国の国境を越え王都にまで着いてしまった。
それに上空を悠々と飛んでいるこの馬車に誰も気づいても居ない。
羽の生えている馬が空を飛んでいるのにだ。
魔国の王であるランヴァルドの魔法の凄さを改めて感じたエヴァリーナだった。
「エヴァの屋敷はどこだ?」
「はい、もう少し南にあります、赤レンガ色の屋敷でございます」
「ふむ、そうか、あれかな?」
ランヴァルドが指さす方に目を向ければ懐かしい我が家が見えて来た。
まだ魔国へ行って一月も経ってはいないけれど、それでも凄く懐かしく感じた。
もう暫くは帰ってこれないだろうと覚悟していただけに、思わぬ形での帰省はとても嬉しかった。
「マオ様、有難うございます。とても嬉しいです」
エヴァリーナが声を掛ければランヴァルドは優しい笑みを返してくれた。
この優しい人が自分の婚約者なのだと思うと、落ち着きを取り戻したはずの胸の高鳴りが、また激しくエヴァリーナの耳に聞こえてきた。
ランヴァルドのことが好きだと気付いたけれど、心の中では平常心でいようとエヴァリーナは決意した。
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