第27話ウイステリア侯爵邸

 エヴァリーナとランヴァルドを乗せた馬車は、ウイステリア侯爵家の庭にふわりと舞い降りた。


 魔法がかかった状態だからか、ウイステリア侯爵家の護衛達は誰も気が付いてはいない様だった。


 これだけで魔国の王であるランヴァルドの能力が如何に凄いものかが分かる。


 他国が一目置き、そして恐れる国でもある魔法の国。


 その国の王であるランヴァルドに本気で責められでもしたら、大国はあっと言う間に滅ぼされてしまうだろう。


 けれどエヴァリーナはランヴァルドがそんな非道な事をする人間ではない事を知っている。

 

 そう言う人だからこそ魔国の王になれたのだろう。


 心優しい魔国の王。


 幼馴染であるラルフやステファンとの会話を聞いているだけでも、ランヴァルドがどういう人物かが良く分かる。


 それにエヴァリーナへ向ける婚約者への愛情でも、どんなに優しい人かが分かる。


 その上シャイで可愛い人。


 誰よりも愛おしいとそう思わせる人。


 それが魔国の王であるランヴァルド・マオダーク・マジカルドの姿だ。


 噂される様な冷酷非情な王など、エヴァリーナが知る限りどこにも存在しなかった。





 馬車の魔法をランヴァルドが解いたことで、流石にウイステリア侯爵家の護衛たちもエヴァリーナ達に気が付いたようだった。


 馬は羽をしまい、普通の馬に見える姿になっていた。


 ランヴァルドが何をしなくても馬車の扉が開き、ランヴァルドが颯爽とウイステリア侯爵家の庭に降り立った。


 エヴァリーナに手を差し出してくれたのでそれに素直にエスコートされる。


 エヴァリーナも庭に降り立てば、使用人や護衛たちから声が上がった。


「お嬢様!!」

「皆、ごきげんよう。変わりはないかしら?」

「は、はい……ですがお嬢様どうして……」

「ええ、驚かせてしまってごめんなさいね。こちらにいらっしゃる魔国の王、ランヴァルド・マオダーク・マジカルド様に送って頂いたの、お父様はいらっしゃるかしら?」

「は、はい……お戻りでございます……こちらにどうぞ……」


 数名の使用人がエヴァリーナの姿を見て屋敷へと入っていったが、ランヴァルドの名を聞けばまた数名の使用人達が文字通り屋敷に駆け込んでいった。


 魔国の王の登場に、使用人としての教養があり落ち着きが有ると言われているウイステリア侯爵家の使用人たちでさえも、慌てふためいてしまうようだった。


 それもしょうがない事で、魔国の王の姿は殆どのものが知らない。


 情報がまずこちらの国へは入らないようになっているからだ。


 それだけ他国にとっては魔法は脅威であり、関わりたくも、関わっても欲しくない物なのだろう。


 こんなにも素晴らしいものなのに……


 エヴァリーナは大国に居たときよりもすっかり魔国に魅了されていた。


 そうランヴァルドを思う気持ちと同じぐらいに……


「エヴァリーナ!」

「お父様!」


 エヴァリーナは父親であるウイステリア侯爵の姿が見えると駆け出した。


 大国の王妃になると決まっていた間だったならば、淑女としてはしたないと思われる行為はしなかっただろう。


 けれど魔国に行ってランヴァルドや魔国の人達と触れ合うことで、本来のエヴァリーナらしさを取り戻していた。


 エヴァリーナは満面の笑みを浮かべウイステリア侯爵に抱き着いた。


「お父様、お久しぶりでございます」

「エヴァリーナ、久し振りだが……一体どうしたのだ……」

「はい、お話は後程、こちらにいらっしゃる方が魔国の王である、ランヴァルド・マオダーク・マジカルド陛下です。私を連れて来てくださいました」

「マジカルド陛下、お初にお目にかかります。大国の侯爵にございます、エンゲルブレクト・ウイステリアと申します。娘のエヴァリーナがお世話になっております」

「侯爵殿、いや、父上とお呼びさせて頂きましょうか、堅苦しい挨拶は居りません。我々は家族になるのですから、お気遣いなく」

「はっ、有難うございます」


 ランヴァルドの気軽な雰囲気を感じ、ウイステリア侯爵がホッとしているのが分かった。


 エヴァリーナの笑顔を見れば、魔国での生活が安泰であることはウイステリア侯爵もすぐに分かった。


 それにランヴァルドのエヴァリーナを見つめる優しい瞳や、エスコートする姿を見れば、お互いに信頼し合って居る事は手に取る様に分かった。


 エヴァリーナが魔国に行きたいと言いだした時は、あの王子との件でやけになっているのではないかと思ったりもしたが、本人の望みが叶った事で本来のエヴァリーナが持つ朗らかな様子や、少女らしさや、年齢相応の年頃の可愛らしさも映し出していた。


 大国では気を張っていたことが良く分かる。


 王妃になる重圧だけではなく。


 相手の王子の不甲斐なさを補わなければならないプレッシャーが、エヴァリーナを年齢よりも大人にしてしまったのだろう。


 娘が、エヴァリーナが、笑顔を取り戻せて良かったと、ウイステリア侯爵は二人の様子を見ながらそう思っていた。





「それで本日はどうされたのでしょうか?」


 ウイステリア侯爵家自慢の応接室へ通されたエヴァリーナとランヴァルドは、ウイステリア侯爵と向かい合って座っていた。


 その間もランヴァルドはエヴァリーナの手を離さずしっかりと握っていた。


 流石に父親の前では恥ずかしいとエヴァリーナが心で思っても、視線が合ったランヴァルドは微笑みを返すだけだった。


 きっとラルフが言うムッツリとは、こういった意地悪を言うのだろうとエヴァリーナは心の中で思っていた。


 するとランヴァルドがクスリと笑うのを見て不覚にも可愛いと思って許してしまった。


 ウイステリア侯爵が二人のそんな姿さえも喜んでいるとは気が付かないエヴァリーナだった。

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