第28話一緒に来てくれる?

「お父様、私はクリスを、クリスティーナを迎えに参りました。お父様、クリスを私に下さいますか?」


 エヴァリーナ付きの使用人であったクリスだが、エヴァリーナが魔国へ嫁ぐ事が決まり、その後は父であるウエステリア侯爵の補佐の一人として屋敷で働く予定になっていた。


 魔国での婚約式が終われば、エヴァリーナは王への報告の為またこの大国に戻って来る予定だった。クリスは父であるウイステリア侯爵の仕事を手伝いながらその日が来るのを楽しみにしていてくれる予定だった。


 エヴァリーナがキチンと嫁ぐまでは自分がエヴァリーナ付きである事は変わらない。クリスのその言葉は魔国に気に入られるか分からないエヴァリーナにとってとても心強く、有難いものだった。


 もしまた婚約が上手く行かなくても私にはクリスがいてくれる……

 

 そんな気持ちがあったからこそエヴァリーナは、クリスを今まで信頼してずっと側に居て貰ったのだ。


 本当に彼女の幸せを願うのならば、もしかしたらこの大国に残る方が良いのかも知れない。


 これからの事はクリスにキチンと選択して自分の意思で選んで貰うつもりだ。


 エヴァリーナは無理矢理魔国に連れて行く様な事はしない。


 エヴァリーナも自分で進む道を決めた様に、クリスにも自分で決意した道を選んで欲しかった。


「エヴァリーナ、クリスを連れて行くのは構わないが、その……陛下は宜しいのでしょうか? クリスは平民出身なのですが……」

「うむ、貴族だろうと平民だろうと私は気にしない、本人の実力が一番大事だ。それに何よりも私の婚約者であるエヴァが望む事は全て叶えて上げたいと思っている。エヴァにはそれだけの価値があるのだからな……」

「マオ様……」

「エヴァ……」


 ゴホンッ。


 手を取り、見つめ合うエヴァリーナと魔国の王であるランヴァルドを目の前にして、ウエステリア侯爵は思わず咳払いをしてしまった。


 あのエヴァリーナが誰かに向けてあれ程甘い顔をするとは、父親であるウエステリア侯爵でさえ信じられなかった。


 だか、今目の前で頬を押さえ赤い顔をしているエヴァリーナは確かに自分の娘だ。


 ランヴァルドのお陰でエヴァリーナがこれ程幸せな表情を浮かべているのかと思うと、父親としては複雑な心境ではあったが、それでも感謝の気持ちの方が強かった。


 エヴァリーナが幸せそうで良かった。


 ウエステリア侯爵がそう思えば、ランヴァルドに笑顔を返された。


 この方は全てお見通しなのだろう。その笑顔だけでウエステリア侯爵は全てを理解した。




「エヴァリーナ、実はクリスはエヴァリーナの見送りから昨夜やっとこの屋敷に戻って来たばかりなのだ。だから今日、明日は休みを取っている。どうするここへクリスを呼び出しても良いが、エヴァリーナが迎えに行くかい?」

「はい、お父様、そうさせて頂きます」


 父親であるウエステリア侯爵の優しさがエヴァリーナには痛いほど分かった。


 クリスの自室がある場所は使用人棟の為、以前ならばエヴァリーナは立ち入りを禁止させていただろう。


 けれどここまでクリスを欲してエヴァリーナは迎えに来た。


 ならばこの部屋に呼び出すよりも最後まで自分で迎えに行きなさいと言う意味が込められている気がした。


 エヴァリーナが立ち上がるとランヴァルドも当たり前の様に立ち上がる。


 使用人の案内でクリスの部屋へと向かう間も、ランヴァルドはエヴァリーナをエスコートをしてくれる。


 ランヴァルドは優しさだけでなく、エヴァリーナの全てを認め支えてくれる強さと深さがある。


 ランヴァルドと巡り会えた事がエヴァリーナにとって何よりも幸せだった。


 この方とずっと一緒にいたい……

 

 そうエヴァリーナが思えば自然とランヴァルドと視線が合う。


 婚約者として相手に認められているという事がこれ程幸せだという事を、ランヴァルドに会ってエヴァリーナは初めて知った。


 この幸福を大切にしたい。


 エヴァリーナは今心からそう思っていた。






 クリスの部屋の前に着き、エヴァリーナは深呼吸をして扉を叩いた。


 中からは女性にしては少し落ち着きのあるクリスの「はい」という返事が聞こえてきた。


 久しぶりに会う事にエヴァリーナがドキドキとしていると、ランヴァルドがぎゅっと手を握りしめ落ち着かせてくれた。


 エヴァリーナの心の中が分かるランヴァルドには、ちょっとした不安さえも分かってしまうようだ。


 もしクリスに断られたら……


 それはそれで仕方がない事だと割り切れるだろうか?


 ずっとそばに居て、ずっとエヴァリーナを支えて続けてくれたクリス……


 クリスが嫌だと言っても、傍に居て欲しいと我儘を言ってしまうかもしれない


 この大国でエヴァリーナはクリスにだけは甘える事が出来た。


 妃教育の辛さで泣きそうなとき、支えてくれたのは元婚約者ではなくクリスだった。


 出来れば一緒に魔国へ来て欲しい。


 命令はしたくは無いけれど……


 エヴァリーナはどうしてもクリスとは離れたくは無かった。




「クリス……エヴァリーナです……」


 エヴァリーナが名を名乗ると、クリスの部屋の扉が勢い良く開いた。


 エヴァリーナ本人が立っている事を確認するかのようにクリスは見つめてくると「何故……?」と一言呟いた。


 もしかして夢なのか幻なのか……とクリスは不安になって居るのだろう。


 普段落ち着いているクリスではあり得ない程の動揺を見せていた。




「クリス……あの……貴女を迎えに来たの……もし貴女さえ良かったら……私と一緒に魔国へ来てくれるかしら?」


 エヴァリーナの言葉を聞いてクリスは大きく目を見開いた後、少女らしい笑顔を浮かべた。


 そして「はい、喜んで」と答えてくれたのを聞いたエヴァリーナは、クリスの胸に飛びこんだ。


 大切な友人であり、姉のような存在……


 クリスはエヴァリーナにとって誰よりも大切な存在なのだった。




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