第29話クリスティーナ

「クリス、有難う……私の傍に居る事を選んでくれて、とても嬉しいわ……」


 クリスと抱き合い友情を、そして家族としての愛を確かめ合う。


 クリスはすぐにエヴァリーナについてくると返事をしてくれたが、覚悟は相当な物だっただろう。


 魔国へエヴァリーナが本当に嫁いだ後は、エヴァリーナもクリスも気軽には大国へは帰れなくなるだろう。


 それはこの国に家族がいるクリスにとっては大きな決断だったはずだ。


 それでもエヴァリーナを選んでくれた。


 申し訳なさもあるけれど……


 エヴァリーナはクリスが自分と居る事を選んでくれたことが本当に嬉しかった。




「エヴァ、大丈夫だ。いつだって里帰りは可能だ。私が連れてくる、心配しなくていい」


 心の声が聞こえたからかランヴァルドがそんな事を呟いた。


 この方はどうしてこんなにも優しいのかしら……


 エヴァリーナが心の中でついそう思ってしまうと、ランヴァルドの頬が一瞬で赤くなった。


 マオ様はやっぱりとても可愛い……


 今度はランヴァルドは「……やめてくれ……」と呟きながら、そっぽを向いてしまった。


 もうランヴァルドが可愛すぎて可愛すぎて思わずエヴァリーナは「フフフ……」と笑みがこぼれてしまう。


「エヴァ、揶揄うのはやめてくれ……」


 子供の様にすねるランヴァルドはたまらなく可愛い。


 ランヴァルドの方こそ、それ以上可愛い仕草をするのはやめて欲しいとエヴァリーナは言いたくなった。


 いえ、言わなくてもきっと気持ちは伝わってしまったのだろう。


 何故ならランヴァルドは手で顔を覆ってしまったからだ。





「エヴァリーナ様、まさかそちらの方は……」


 クリスの声を聞きやっとランヴァルドから視線をそらす。


 余りにもランヴァルドが可愛すぎて目を逸らせなくなっていた。


 この方をずっと見て居たい……


 エヴァリーナは自然とそう思い始めていた。



「クリス、こちらの方は魔法の国の王で在られる、ランヴァルド・マオダーク・マジカルド陛下です。私がクリスに会いたいってお伝えしたら連れて来てくださったお優しい方なの……」

「そうなのですか、陛下失礼いたしました。クリスティーナと申します。宜しくお願い致します」

「……ん……」


 ランヴァルドは素っ気ない態度だったけれど、エヴァリーナの嬉しそうな様子を見てクリスはエヴァリーナがここ数日魔国で幸せだったことをすぐに悟った。


 それにエヴァリーナの笑顔が、以前の子供時代のような可愛らしい物に戻っていた。


 それだけでクリスがランヴァルドの事を信用するには十分だった。


「陛下、誠心誠意エヴァリーナ様に勤めさせていただきます。どうかよろしくお願い致します」

「……ん……エヴァを宜しく頼む……それから私の事はランヴァルドと呼んでいい、皆そう呼ぶ……」

「はい、有難うございます、ランヴァルド様」




 皆で先程の応接室に戻り、父であるウイステリア侯爵にクリスを連れて行く旨を伝える。


 ウイステリア侯爵もエヴァリーナの傍にクリスがいてくれることは安心できる材料のようだった。


 クリスに向け「エヴァリーナを頼む」と頭を下げていた。


 クリスの荷造りはランヴァルドの魔法のお陰であっと言う間に出来てしまった。


 クリスの部屋のすべての荷物をランヴァルドが魔法でどこかに消してしまったのだ。


 なんでも一瞬で魔国の使用人部屋へと送ってしまったらしい。


 初めてみる魔法にクリスは目を丸くしていたが、エヴァリーナだってここ迄の生活で多少は魔法になれたとはいえ、これ程大掛かりな魔法を目の当たりにするとやはり驚いてしまう。


 やっぱりランヴァルドは凄い人なのだと、こうして見ると改めて分かった。


 そんな方が自分の夫にいずれはなるのだと思うと、心の中がくすぐられているような、面映ゆいような不思議な気持ちになった。


 何が合ってもこの方の傍に居よう……


 エヴァリーナは婚約に向けて固い決意が固まっていた。


 ランヴァルドの傍に居たい。


 それがエヴァリーナの願いになっていた。




「それではお父様、魔国での婚約式が終わりましたらまた参ります」

「ああ、エヴァリーナ、体に気を付けて、ランヴァルド様、エヴァリーナとクリスの事を宜しくお願い致します」

「……ん……任せて欲しい……」

「クリスもエヴァリーナ事を頼んだよ」

「はい、畏まりました」


 父親であるウイステリア侯爵に別れを告げ、魔国の馬車へと乗り込む。


 母と兄は既に領地に戻っていたため、今日は会う事が叶わなかった。


 けれどウイステリア侯爵がエヴァリーナが元気だった旨を二人に手紙で伝えてくれるそうだ。


 ただ大国の許可なくエヴァリーナ達は入国してきているため、そこは本人と会ったとは手紙には書けない。


 けれど父親の事だ上手くやってくれるだろうとエヴァリーナには分かっていた。




 クリスが馬車へ乗り込み、エヴァリーナもランヴァルドのエスコートで乗り込んだ。


 ランヴァルドが最後にウイステリア侯爵に会釈をしてから馬車へ乗り込めば、魔法を使い馬車は動き出す。


 直ぐにランヴァルドが魔法を使ったので、馬車の姿は辺りには見えなくなっただろう。


 けれどウイステリア侯爵はいつまでもいつまでも空を見上げていたようだった。




 思わぬ形での里帰りは、クリスを迎えに来たこと以上に楽しい時間となった。


 お父様が喜んでいた。


 ランヴァルドを前にウイステリア侯爵は満足げだった。


 エヴァリーナの幸せが何も言わなくても伝わったのだろう。


 それだけでエヴァリーナの心は幸せで溢れていた。


 マオ様、有難うございます。


 帰りの馬車の中、エヴァリーナは心の中で何度もそう呟いたのだった。

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