第30話婚約式の準備

 クリスを連れて魔国へ戻ってから数週間が経った。


 始めは魔国での魔法のある生活に、大国の使用人である自分が対応出来るかと不安げなクリスだったけれど、魔国の一般的な庶民はそれ程魔法を使う訳では無い事を知ると、ホッとした様子だった。


 クリスが初めて見た魔法がランヴァルドの物だった為、魔国ではアレが普通だと思ってしまったのだろう。


 エヴァリーナは幼い頃から魔国の事を自分なりに勉強して来た為、クリスよりは知識があった。


 それに何よりも魔法に触れる事を楽しみにしていたので、気持ち的にクリスとは違った。


 大国の一般的な考えでは魔法自体を恐れている。

 

 そう思えばすぐに生活に慣れたクリスは順応性が高かったと言える。


 エヴァリーナの魔国への憧れをずっと側で見守って来た事も、その適応力に関係しているのだろう。


 クリスがホッとした以上に連れて来た側のエヴァリーナも心から安堵していた。


 それとマーガレットとデイジーの存在もクリスを安心させた一因になっていた。


 マーガレットもデイジーも魔国での平民出身で、クリスは大国での平民出身だ。


 すぐに仲良くなれたのも当然で、お互いがエヴァリーナの話を聞きたがった事から、すぐに打ち解けたようだった。


 今は毎朝のお茶会は四人で楽しんでいる。


 エヴァリーナは気楽に過ごせるこの時間が何よりも好きだった。


 それに魔国の庶民の話も聞ける。


 それによってこの国で王であるランヴァルドが、民達に如何に尊敬され愛されているかが分かった。


 ランヴァルドは王として魔国の民達から信頼を得ている。


 それはこの国を守っている秘密のベールが物語っていた。


 歴代の王の中でも抜群に魔力が高いランヴァルドの魔法で出来たこの国を守る結界は、とても厚く間違いがない物らしい。


 以前なら他国からの誘拐事件なども多少なりは有ったそうだが、今は全く無いらしい。


 他国から冷酷無慈悲とランヴァルドが恐れられるのも、侵略を許さないからだ。


 民を守ることこそ王の務め。


 ランヴァルドのその信念が民達の信頼を集めていた。






 そんな中でエヴァリーナとランヴァルドの婚約式に向けての準備は着々と進んでいた。


 婚約式で着るドレスの採寸をしたり、家庭教師であるランジアから式でのしきたりを学んだりと、エヴァリーナは忙しい毎日を過ごしていた。


 ランヴァルドが式で着るエヴァリーナのドレスも自分で作るのだと言い張ったが、そこはステファンとラルフが、王妃のドレスを作る仕事が無くなれば裁縫屋が困ってしまうと説得をして止めていた。


 それに装飾品などもランヴァルドが自ら鉱山に出向いてエヴァリーナに似合う石を見つけて来ようとしていたが、それも勿論止められていた。


 王としてやる仕事は沢山あるのだから、と説得されてはいたが、確実に不服そうな顔をランヴァルドはしていた。


 その様子がエヴァリーナには嬉しくもあり


 少しだけ怖くもあった……


 あの事件の事は今ではもうずいぶん前の事のように感じるが


 それでもエヴァリーナには重くのしかかっている。


 このまま順調に婚約式迄行ったとしても、直前でランヴァルドに呆れられてしまうかもしれない


 元婚約者の言葉は思った以上にエヴァリーナの心に刺を残していた。


 つまらない女。


 可愛げのない女。


 気位が高く、人を見下す女。


 人を虐め貶める様な悪女だとも言われていた。




 気にしなくても良いと思って居ても


 やはり近くに居た存在だからこそ、エヴァリーナの心を苦しめた。


 エヴァリーナがもっと違う形で元婚約者に接することが出来ていたとしたら……



「エヴァ、大丈夫か? 少し疲れているんじゃないか?」

「マオ様……」


 祝い物への挨拶の礼状を書き上げていると、ランヴァルドが部屋へとやって来た。


 きっとエヴァリーナが難しい顔をして居たのだろう、ランヴァルドは心配げな様子でエヴァリーナを覗き込んできた。


 気が付けば一緒に部屋にいたはずのマーガレットやデイジーそれにクリスまでも席を外し、エヴァリーナとランヴァルドを二人きりにさせてくれていた。


 大国にいた時代ならばクリスは絶対に婚約者とエヴァリーナを二人きりになどさせなかっただろう。


 けれど今はランヴァルドが来るとすぐに続き部屋へと移動してくれる。


 それだけランヴァルドが皆に愛され信用されるだけの王だという事だが


 何よりもエヴァリーナがランヴァルドを慕う心が皆に気付かれているという事だった。


 ランヴァルドといるとエヴァリーナはいつも幸せで、心がふわっと何かに包まれたかのように温かくなる。


 今だって元婚約者の事を思いだし、沈みかけていた心がランヴァルドが来ただけで直ぐに浮上した。


 最初は婚約者として大切にされ、愛情を掛けて貰えることが嬉しくて、こんな気持ちになって居るのだと思っていた。


 けれど今は違う


 エヴァリーナがランヴァルドに会いたくて、傍にいたくて、一緒に幸せになりたいのだ。


 この気持ちを知られてしまったら……


 ランヴァルドは政略結婚の相手として困ってしまうかもしれない……


 そう思うとエヴァリーナは自分の気持ちを心の中にしまい込んでしまった。


 伝えてはいけない……


 これ以上マオ様に甘えてはいけない……


 そう何度も自分に言い聞かせていた。




「エヴァ、少し休もう。手紙はいつだって書ける、エヴァの体の方が大切だ」

「マオ様、ご心配をおかけして申し訳ございません。でも大丈夫でございます。私はお礼状を書いていると楽しいのです」

「……? 礼状が楽しい?」


 エヴァリーナの言葉を聞いてランヴァルドの眉根に皺が寄った。


 美しい顔をしているランヴァルドが難しい顔をしても絵になるのだなと、エヴァリーナは思わず口元が緩んだ。


 きっと考えが聞こえたのだろう、ランヴァルドの頬は一瞬で赤くなった。


「マオ様、この礼状はマオ様の婚約者として皆に送るものです。私はそれがとても嬉しくて楽しみなのです」


 ランヴァルドは益々赤い顔になったが、エヴァリーナから視線を逸らしはしなかった。


 それどころかエヴァリーナをぎゅっと抱きしめ


「私も……嬉しいぞ……」と小さく囁いた。


 この時間がずっと続けばいい。


 エヴァリーナは今それだけを願っていた。




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