第31話ランヴァルド許嫁
「そなたがエヴァリーナ嬢か?」
それはある日の事、エヴァリーナが自室で家庭教師のランジアの授業を受けていると、見知らぬ少女が部屋へとやって来た。
突然の事に驚くエヴァリーナの事など気にもせず、部屋に遠慮なく入り、エヴァリーナに近づいて来るとジッと見つめて来た。
ランジアやマーガレット、それにデイジーがその少女を見て「ヒメナ様」と息をのんだ。
それだけでこの少女が地位の高い女性であることはエヴァリーナにも分かった。
間に入ろうとしていたクリスも、皆の様子を見てランジア達と同じように頭を下げた。
ヒメナは「よいよい」と言いながら手を振り、皆に礼などいらぬと合図をした。
ただ視線だけはエヴァリーナを見つめ、興味深げにジッと見つめたままだった。
「ふむ、エヴァリーナ嬢は可愛らしい子じゃな。気に入った。今日はわらわと遊ぼうでは無いか」
「あ、あの……貴女様は……」
「おう、すまぬ。わらわとしたことが名乗るのを忘れておったな。わらわはヒメナじゃ、そうじゃな、ランヴァルドの許嫁じゃ」
「許嫁?」
許嫁と聞いてエヴァリーナは驚きが隠せなかった。
これ迄ここ魔国での生活でランヴァルドに許嫁いるなど聞いたことは無かった。
それにエヴァリーナとランヴァルドの婚約はまだ正式には結ばれていない。
ここに来て政略結婚に反対だったランヴァルドの恋人が出てきたという事だろうか?
いや、もしかしたらこの政略結婚自体を今知って、エヴァリーナの部屋に飛び込んできたのかもしれない。
そう思えば先触れもなく突然会ったことも無いエヴァリーナの部屋にヒメナが来たことも納得ができた。
またあの時の様に婚約者から婚約破棄を申し付かるのかしら……
そう思うとエヴァリーナの胸がドキンと激しくなった。
元婚約者との婚約破棄はエヴァリーナとしても望んだ事だった。
けれど……
今は違う。
この魔国での生活は楽しくて、エヴァリーナにはもう手放せない物になっていた。
それにランヴァルドの事も……
もうエヴァリーナの中で愛おしくて仕方がない存在となった今、はいそうですかと言って大国へ帰ることはできなかった。
マオ様が好き……
自分の気持ちに正直になれば、その言葉が浮かんでくる。
こんなにも優しく、あんなにも可愛らしく、そして誰よりも強い王。
ランヴァルドの傍に居たいとエヴァリーナは心からそう思っていた。
「エヴァリーナ嬢、何をぽやっとしておる、わらわと出かけるぞえ」
「えっ? きゃっ……」
ヒメナは12、3歳にしか見えない様な幼い体つきながら、エヴァリーナの事をひょいと持ち上げた。
部屋にいる中でその事に驚いているのはエヴァリーナとクリスだけだった。
どうやらヒメナが力持ちなのは誰もが知る事実のようだ。
「供は要らぬぞ、ちょっと散歩をするだけじゃからの」
ヒメナはそうランジア達に告げると、エヴァリーナを抱えたまま歩き出した。
クリスだけがどうしたものかと慌てている様子が部屋を出るときに見て取れた。
ヒメナはそんな様子など気にもしないでずんずんと進んでいった。
エヴァリーナは細いとは言っても、女性にしては背が高いし、少女のように小さなヒメナからして見たらきっと重いはずだ。
けれどヒメナに抱えられているその腕は、まるでランヴァルドのように安心感があった。
ヒメナ様は不思議な方……
ランヴァルドの許嫁という割に、エヴァリーナに敵対心も、何も持っていない様だった。
それよりも本当にエヴァリーナと遊びたいというような、子供が見せる好奇心が詰まった表情をしている。
ヒメナは城の上へ上へと階段を使いどんどん進んでいくが、全く息切れなどしても居ない。
それどころかエヴァリーナを抱えながら鼻歌まで歌う始末だ。
面白い少女。
それがヒメナの印象だった。
「エヴァリーナ嬢はちと軽すぎるな、ちゃんと食事はとっているのか? 腕も腰もこんなに細いでは無いか」
城の屋上に着き、エヴァリーナを下ろしたと思ったら、ヒメナはエヴァリーナの腕や腰、それに胸まで触って来た。
エヴァリーナが驚いていると「ふむ、胸は中々じゃな」と言いながら、エヴァリーナの手を引き屋上の端まで連れて行った。
すると突然口笛を吹き空へと合図を送った。
そしてヒメナの口笛に反応して黒い大きな物体が屋上へと姿を現した。
「ビルテゥス!」
ヒメナがそう声を掛けたのは黒く大きな竜だった。
「エヴァリーナ嬢、この子はわらわの相棒じゃ。名はビルテゥスという。そうじゃな、大国でいうところの飛竜じゃ。可愛いじゃろう? さあ、この子に乗って散歩に出かけるぞ」
ヒメナは立派な飛竜の登場に驚いているエヴァリーナをまたひょいと抱え上げると、ビルテゥスと呼んだ飛竜に飛び乗った。
「さあ、エヴァリーナ嬢、出発じゃ。先ずはあの山にでも向かおうかのー」
エヴァリーナが返事をすることも無くビルテゥスは城から飛び出した。
そのスピードはエヴァリーナの想像以上に早く、気持ちのいい風を感じた。
どうやらこれからエヴァリーナが想像もしていなかった、飛竜での散歩が始まる様だ。
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