第32話ヒメナとビルテゥス
「エヴァリーナ、どうじゃ、ビルテゥスは早いじゃろう? 乗っていると楽しいじゃろう?」
「はい、ヒメナ様、とても楽しいです。それにビルテゥスはとても早いのですね。馬車とはまるで違います」
「そうじゃろ、そうじゃろ。ビルテゥス、エヴァリーナに褒められたぞ、良かったな」
エヴァリーナの言葉に嘘はなかった。
飛竜であるビルテゥスの上はもっと不安定なのかと思っていたが、風を感じても下へ落ちてしまうような怖さは全く感じなかった。
それよりも、馬車では感じられない様なスピードと、魔国の豊潤な街並みを感じる事が出来、とても楽しくてしょうがなかった。
ビルテゥスの上に乗っているのに、まるで自分で空を飛んでいるかのように感じ
エヴァリーナはすっかりビルテゥスとヒメナとの空のお散歩に魅了されてしまった。
「ビルテゥス、あの丘の上で休憩をするぞ」
ヒメナの声を聞き、ビルテゥスはキーと返事をした。
大きな飛竜だけれどビルテゥスはヒメナにすっかり懐いていて、姿は人とは違うけれど、ビルテゥスはヒメナの子供であり家族であると感じた。
信頼し合っている二人の関係に、自分とクリスを重ねられるぐらいだった。
二人の仲の良さには心地よい物を感じた。
ヒメナがビルテゥスに指示を出し止まった場所は、丘の上というよりは崖の上という方が合っていた。
そこにビルテゥスはふわりと着地すると、頭を下げヒメナとエヴァリーナを下ろしてくれた。
ヒメナは地上に降りるとビルテゥスにお礼を言いながら頭を撫でた。
エヴァリーナもそんなヒメナの真似をしてお礼を言い、頭を撫でさせてもらった。
初めて触った飛竜の体は鱗でつつまれていて、思った以上にごつごつとしていた。
それがまた面白くて嬉しくなる。
大国にいては体験できなかった多くの事が、今この魔国に来て体験できている。
それだけでもエヴァリーナは幸せであると感じていた。
許嫁のヒメナの登場で、もしランヴァルドに結婚はやはり無理だと言われても
この魔国に残りたい……とエヴァリーナはそう思っていた。
「ほれ、エヴァリーナもこれを食べよ」
ポイっとヒメナから手渡されたのは真っ赤なリンゴだった。
ヒメナはビルテゥスへもリンゴを幾つか投げてあげ、ここまでの飛行をねぎらっていた。
そしてヒメナ自身もリンゴにがぶりと勢い良くかじりついた。
むしゃむしゃと食べる姿はとても可愛らしく。
年下の妹でも出来たかのように感じた。
けれどランヴァルドの事を考えれば、ヒメナとて見た目道りの年齢ではない事は想像が付く。
一体ヒメナは幾つなのだろうかと考えながら、エヴァリーナもリンゴにかじりついてみた。
「……美味しい……」
「そうじゃろう、そうじゃろう、このリンゴは我が家の自慢のリンゴじゃ。それにこうやって見晴らしの良いところで食べると格別じゃ。エヴァリーナは良く分かっておるでは無いか」
むしゃむしゃとリンゴを食べながら上手に話をするヒメナに驚きながらも、エヴァリーナはもう一口リンゴにかじりついた。
こんな風に外で何かを食べることも、リンゴにかじりつくこともエヴァリーナには初めてだった。
だからこそ尚更美味しく感じるのかも知れないとそう思った。
「それでじゃ、エヴァリーナはランヴァルドの事をどう思っておるのじゃ?」
突然のヒメナの質問に、思わずリンゴを落しそうになってしまったが、エヴァリーナは何とか持ちこたえた。
ヒメナのこの質問は許嫁としての牽制なのか?
それともエヴァリーナに興味があっての事なのか?
それは分からなかったけれど、ここ迄ヒメナと少しの時間でも一緒に居て
ヒメナが素直で動物に愛される優しい人であることは分かった。
だからこそ自分の気持ちを誤魔化したくないと、エヴァリーナはそう思った。
「ランヴァルド様は、王として尊敬できる素晴らしい方でございます……」
「ふむ……そうか……それで婚約者としてはどうなのじゃ?」
「婚約者としては……」
可愛い人。
男性に対しそう言って良い物かと、ヒメナを前に一瞬悩んだ。
けれどそれ以上にランヴァルドを表す言葉が見つからない。
思わずふと口元が緩み、ヒメナと目が合った。
するとヒメナは何故か嬉しそうな顔をしてたいた。
「ランヴァルド様はとても可愛らしい方だと思います……」
「ほう! ほう! アヤツが可愛いと? その心は?」
「フフフ……ランヴァルド様は凄く恥ずかしがり屋さんで……その……すぐ赤くなられるのです……」
「ほっほーう! してして、アヤツはエヴァリーナの事をなんと?」
「私の事をでございますか? 私のことは……」
これ迄のランヴァルドとの事を思いだす。
エヴァリーナが過ごし易いようにと様々な魔法を使い、婚約者として迎える準備をしてくれていた。
それに政略結婚の相手として気を使い、時間が合えば顔を会せる時間を作ってくれている。
それにエヴァリーナの大切な家族であるクリスの事も受け入れてくれた。
それだけでランヴァルドには嫌われていない事は良く分かった。
「ランヴァルド様は……私には婚約者として良くして下さっております……本当に勿体ないぐらいに……」
頬が熱くなるのを感じながらヒメナの方へと視線を送れば、ヒメナは口を大きく開けてポカンとした表情をしていた。
どうしたのだろうと思って居ると、ヒメナの眉根に皺が寄った。
「エヴァリーナはランヴァルドから何も聞いていないのか?」
何をだろうか? と思いながらエヴァリーナが頷くと、ヒメナは急に怒ったような顔になった。
「あの腑抜けめ!」
ヒメナのその声は山々の間にこだました。
どうやらエヴァリーナはヒメナを怒らせてしまった様だった。
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