第25話君が望むなら
「エヴァ、クリスに会いたいか?」
昼食の席でのこと、ランヴァルドがそんな事を聞いてきた。
エヴァリーナの答えは 『勿論会いたい』 だった。
けれどそれが自分の我儘になることは分かっている。
魔法の国は秘密のベールで包まれているため、他国のものが入るのを酷く嫌う。
それは魔法を悪用されないようにするための手段でもある。
魔国の人間が連れ去らわれればどんな風に悪用されてしまうかは分からない。
なので魔国への入国はとても厳しい管理がされている様だ。
それに出国も手続きには時間がかかり、他国へ出るときは魔法が使えなくなる制約がかかるらしい。
詳しい事はエヴァリーナも分からないが、クリスに会いたいと言えば大勢の者に迷惑がかかる事は間違いない。
それにクリスもまたあの長旅をしてこの魔国に来ることになるのも大変だろう。
そう考えれば自ずと答えは決まっていた。
「マオ様、クリスは幼馴染でありますし、姉妹の様に育って参りましたから勿論会いたいとは思いますが、ですが、私は今幸せですのでこれ以上の幸せは望みません。それにクリスとは覚悟をして別れましたので、なんの問題ございませんわ」
「そうか、分かった」
エヴァリーナがランヴァルドのその言葉に安堵した瞬間、ランヴァルドが立ち上がった。
「ラルフ、ステファン、エヴァリーナと共に大国へ行ってくる」
「はい、畏まりました」
「お前あんまり飛ばすなよ」
「えっ? マ、マオ様?」
「エヴァリーナ、行くぞ」
ランヴァルドは二人に声を掛けるとエヴァリーナに近づき横向きで抱え上げた。
そしてそのまま部屋を飛び出し、馬車乗り場へ向けて早足で歩きだした。
「マ、マオ様、あの、私、一人で歩けますので……」
そう言うと尚更ランヴァルドのエヴァリーナを抱く腕に力が入った。
絶対に下ろすつもりは無い様だ。
それにランヴァルドの行動を止めてくれるラルフもステファンも、それにマーガレットとデイジーも今は傍に居ない。
皆ついてくる気も無い様だった。
使用人たちとすれ違う度抱えられている恥ずかしさが募るが、ランヴァルドは全く気にしていない様だった。
それよりもエヴァリーナはこんなにもランヴァルドの近くに居ると、自分の心のドキドキが伝わるのではないかと思い気が気では無かった。
ランヴァルドの首元に腕を回した状態でエヴァリーナは無心になることを心掛けた。
自分の気持ちが伝わってしまったら、ランヴァルドに負担になってしまう。
エヴァリーナは今日ほど妃教育を受けてきて良かったと思った日は無かったかもしれない。
自分の気持ちを抑えることはエヴァリーナの特技になっていたからだ。
馬車の乗り場に着いても、まだエヴァリーナは抱えれれたままだった。
王であるランヴァルドが来たことで作業員達がざわめきだした。
それも婚約者であるエヴァリーナが抱えられている状態だ。
一大事だと思ったのだろう、ランヴァルドが何も言わなくても馬車の準備が進められ、直ぐに乗り込むことになった。
「大国へ向かう、御者は必要ない」
リーダーらしき作業員にランヴァルドは声を掛け、馬車に何かの魔法を掛けた。
翼の生えた馬達は一鳴きすると、ランヴァルドに指示を出されたことが分かったように空へと飛びだした。
馬車の中でエヴァリーナは今回は傾くことは無かったが、何故かランヴァルドの膝の上に座らされていた。
それも後ろからぎゅっと抱きしめられている形でだ。
いくら妃教育を受けているエヴァリーナでも、流石に馬車のような密室で好意思って居る男性に抱きしめられていたら顔に出てしまう。
自分の頬が、体が、熱を持ち、夏の日差しを浴びたかのように熱くなっているのが分かった。
もう今はとてもランヴァルドの顔を見ることは出来なかった。
「マオ様……お放し下さい、私は大丈夫ですので……」
「……ん……だが、これからかなりのスピードが出る……もう暫くこのままが良いだろう」
「ですが……その……」
「エヴァリーナはいい香りがするな……抱いていると心地よい……」
エヴァリーナはランヴァルドの言葉に、カッと体がこれ以上ないほど熱くなるのが分かった。
無心でと思って居てももうこれ以上は無理だった。
(どうしましょう、こんなにも恥ずかしい顔をマオ様に見られたくは無いわ……)
心の声がランヴァルドに届いたのだろう。
顔を両手で隠しているエヴァリーナの手にランヴァルドの手が優しく振れた。
「エヴァ、顔を見せて……」
「いけません……今はとてもお見せ出来ません……」
「大丈夫、エヴァはいつでも可愛い。エヴァの顔を見せて……」
耳元で優しく囁くランヴァルドの声に、エヴァリーナの胸は激しく鳴り、強い痛みを感じていた。
けれどランヴァルドの可愛いお願いにはエヴァリーナは逆らえず、そっと手のひらから顔を出した。
するとそこには覗き込むランヴァルドの美しい瞳が待ち構えていて、エヴァリーナと視線が合うと、その瞳がキラキラと輝いた。
「エヴァ、可愛い……とても……」
ランヴァルドはそう言ってエヴァリーナの額に口づけを落とした。
次の瞬間馬車の中に大きな声が響いた。
『ランヴァルド! お前いつまでエヴァちゃんを抱えてんだよ、このムッツリめっ!』
どうやら馬車の中とランヴァルドの部屋とは、魔道具で映像がつながることが出来る様で、気が付けば御者台の方には四角い箱が出て居て、ランヴァルドの部屋にいるラルフやステファン、それにマーガレットとデイジーも映っていた。
ランヴァルドはラルフの声を聞いても何食わぬ顔をしてエヴァリーナを抱え続けたままだったが、皆に見られていたのかと思うと、エヴァリーナは恥ずかしくて何処かへ逃げ出したい気持ちいなっていた。
ラルフが言うムッツリとはもしかして ”甘えん坊” という意味なのでは無いかと、エヴァリーナはどうでも良いことを思い気を紛らわせた。
また乗りたいと思っていた馬車の中だったが、今はとても魔国の風景を見る余裕などないエヴァリーナだった。
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