第9話出立
「お父様、お母様、お兄様、それでは行ってまいります」
「エヴァリーナ、体には気を付けるように」
「エヴァリーナ、辛くなったら戻ってきても良いのですからね」
「エヴァリーナ、無理はしないようにね」
エヴァリーナが魔国へ向けて出立する日に合わせ、自領に居た兄や母が大国の王都にまで見送りに来てくれた。
これからエヴァリーナは魔国への旅路に着くが、魔国へは最低でも一ヶ月は掛かる。
かなりの長旅になる上に、その後は暫く魔国に滞在し婚約の義を済ませるまでは大国には戻ってくる事は出来ない。そう考えると半年は確実に家族と会うことは出来ない。
娘であり妹であるエヴァリーナを心配する母と兄が、この見送りの為だけに王都まで顔を出したのも当然の事だった。
それにベルザリオ王子との婚約破棄事件も有った事で尚更二人は心配をしていた。
ベルザリオの方はエヴァリーナに対し嫉妬心が強かった様だが、心優しいエヴァリーナがベルザリオの事を弟の様に思っていたことは母も兄も知っていた。
だからこそあの学園内での事件で済ませられるようにと、エヴァリーナが心を砕いていたことも知っている。
そんな周りに気遣いばかりするエヴァリーナの事を二人はとても心配していた。
王妃教育もかなり幼いころから始まり、エヴァリーナはその事に文句を言う事も、我儘を言う事もなかった。
優秀な生徒であり、真面目で、素直なエヴァリーナへの期待は益々高まり、その一方で王子であるベルザリオへの評価は下がっていった。
それを快く思わないベルザリオはエヴァリーナにきつく当たる様になり、王子である自分の仕事を任せレーナに現を抜かすようになった。
大切な娘であり、妹であるエヴァリーナを苦しめたベルザリオが、今もまだ王太子の地位に就ける位置にいる事が許せなかったが、全てエヴァリーナが望んだ事だと思えば我慢が出来た。
ただし、ウイステリア侯爵家として今後ベルザリオを押す気はない。
従弟の王弟大公の息子を王太子に押していく予定だ。
王もその事は十分に承知している事だろう。
それにエヴァリーナはこの婚約破棄のお陰で自分の望みを叶えることが出来た。
魔法の国へ嫁ぎたい
今迄何の我儘も言わなかったエヴァリーナが初めて望んだ願いだった。
家族中で応援するのは当然の事だった。
そして今日旅立とうとしているエヴァリーナはとても輝いていた。
今迄ベルザリオの好みに合わせようと、縦巻きにまいていた金色の髪は今は自然のままに任せ、艶やかに靡いている。
キツメの顔立ちに合わせていた化粧もエヴァリーナがあまり化粧が好きでは無いため今は落ち着いたものだ。
香水も以前とは違い付けているのかいないのか分からない程度まで抑えているし、控えめの笑顔しかここ数年浮かべていなかったエヴァリーナは今、満面の笑みを浮かべていた。
期待に満ち溢れている。
今のエヴァリーナにはその言葉がピッタリだった。
家族との別れの挨拶を済ませたエヴァリーナは馬車に乗りこんだ。
同じ馬車内には幼馴染であり、傍付きのクリスが居てくれている。
一ヶ月の長旅も彼女が居てくれるのなら楽しい旅になることは間違いなかった。
それに夢にまで見た魔国へとやっと行ける。
エヴァリーナの心は今晴れ晴れとしていた。
馬車が侯爵邸を出発し、街中を進むと、王城が目に入った。
数か月前まではあの城で一生愛の無い生活の中過ごさねばならない事をエヴァリーナは覚悟していた。
けれど今は違う。
あの憧れの魔法の国へ行く事ができる。
ベルザリオのやり方は間違っていたけれど、エヴァリーナが救われたことは確かだった。
「エヴァリーナ様、いかがなされました?」
王城を見ながら思いに耽っていたエヴァリーナの事をクリスが心配げに見てきた。
彼女もまたベルザリオの事を良くは思って居ない一人だ。
何度も歩み寄ろうと努力してきたエヴァリーナの事を蔑ろにしてきたベルザリオは、エヴァリーナの家族だけでなく屋敷中の使用人たちからも嫌われていた。
愛情の無いありきたりの贈り物や、代筆された手紙。
自分の屋敷の大切なお嬢様が侮辱されているように感じてもそれは仕方がない事だった。
それもあの王子とは違いエヴァリーナは屋敷の者たちでさえ自慢したくなるほどの完璧な令嬢だった。
王子という名ばかりでろくに仕事も勉強も出来ない、その上自分の立場をわきまえていないベルザリオはエヴァリーナの婚約者として相応しくないと皆がそう思っていた。
そんな皆の愛情を知っているだけに、ベルザリオには申し訳ないがエヴァリーナは少し嬉しくなった。
自然な笑みでクリスの方へ顔を向ければホッとしているのがその表情ですぐに分かった。
どれだけの人に愛されていたのか……
エヴァリーナは婚約破棄の出来事があってから周りの深い愛情に気が付いた。
如何に自分が大切に思われ愛されていたのか。
自分の望みを叶えるため、ベルザリオとレーナの恋を見逃していたことが申し訳ないぐらいになる程だった。
「クリス、この国ともしばしの別れになるわ……お父様たちの事をお願いね……」
「勿論でございます。エヴァリーナ様がいつお戻りになられても大丈夫なように準備しておきます」
「まあ、それではまた婚約が調わない事を期待しているみたいだわ」
「あ……申し訳ございません。でも私的にはそれはそれで嬉しいのですが……」
「まあ、クリスってば正直なんだから……」
二人の笑い声に包まれて馬車は進んでいった。
もうエヴァリーナがベルザリオの事を思う事は無いだろう。
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