第10話大国の王城にて(ベルザリオ)
大国の王子であるベルザリオは卒業パーティーの後、父親である王の命令で自室へと閉じ込められていた。
何故自分がその様な処遇に有っているかは、幾ら愚かなベルザリオでも流石に気が付いていた。
国が決めた婚約。
ベルザリオとエヴァリーナの婚約はまさにそれだった。
ベルザリオが王となる際に強力な後ろ盾として選んだのがウイステリア侯爵家。
王である父も、王妃である母も、エヴァリーナの事を婚約者として大切にし、敬うようにと何度も五月蠅く注意してきた。
それがまたベルザリオには煩わしくて仕方がなかった。
完璧な令嬢であり、優秀なエヴァリーナ。
彼女さえいればこの国は安泰だろう……とそう周りに囁かれるたび、ベルザリオの自尊心は削られていった。
そして今回もまたこの国は、そして父親である王は、ベルザリオではなくエヴァリーナを選んだ。
前以ってこの国の事情を説明してくれていたら……あのような婚約破棄など自分はしなかった。
それこそひっそりとエヴァリーナを呼び出し、レーナを虐めた罪を認めさせ、形ばかりの王妃に据え置き、仕事を任せ、自分はレーナとの愛だけに生きただろう。
そもそもエヴァリーナはベルザリオの事を愛していたはずだ。
幼い頃は少しきつい事を言えばエヴァリーナはひっそりと泣いていた。
その泣き顔がまた面白くて、ベルザリオは度々エヴァリーナのことを揶揄ってはいじめた。
でもいつからかエヴァリーナの王妃教育が始まり、人前でエヴァリーナが涙を流す事など無くなった。
ベルザリオが何を言っても冷めた笑顔で受け流すようになった。
それが酷く憎らしく、どうにかして泣かせない物かと試行錯誤した。
ドレスや装飾品を婚約者として送るときは派手めな物でエヴァリーナが苦手そうなものを選んでみたし、送り状は人に書かせエヴァリーナに興味が無いことを示して見せた。
それでもエヴァリーナのあの作ったような笑顔は張り付いたまま、昔の泣き顔を見せることは無かった。
「私に縋り付いて泣けば面白かったものを……」
ベルザリオの頭の中では、今宵エヴァリーナに婚約破棄を言い渡せば、エヴァリーナの泣き顔が見れると思っていた。
そして魔国の王に嫁がせると話せばベルザリオに縋り付き願いを乞うだろうと想像していた。
それが開いてみればエヴァリーナは魔国へ自分から嫁ぐと言った。
それもベルザリオの事は愛していないとまで言い切った。
「アレは強がりに決まっている……」
目の前でレーナとの仲の良さを見せつけたのだ。婚約者としてエヴァリーナは強がりを見せたのだろう。あの場で笑いものにされるのがきっと居た堪れなかったのだ。
婚約者を奪われた女。
完璧な令嬢と言われるエヴァリーナがそんな呼ばれ方を受け入れるはずがなかった。
思わず口に出した言葉が愛していないだったのだ。
エヴァリーナが自分への行いを後悔する時こそやり返すチャンスかもしれないとベルザリオはそう思い描き始めていた。
別で連れて行かれた愛しいレーナの事など忘れたままで……
あれからどれぐらい経っただろうか、ベルザリオは自室でずっと謹慎している。
王である父親とは面談の申し込みをしているが未だ会えておらず、苛立ちが募ってた。
王子である自分の部屋はいくら広いと言っても四六時中閉じ込められていれば窮屈に感じる。
世話をしに来た使用人やメイドに声を掛け、今の自分の状況を確認したくとも王に口止めされていると言って皆口を閉ざす。
いつまでこの生活が続くのか、そしてエヴァリーナが今どうしているのかそれだけが気になって仕方が無かった。
魔国に嫁ぐなど強がりを言って居たが今頃泣いて父親にベルザリオとのやり直しを頼んでいるのではないかと、自分の都合のいい妄想ばかりを繰り返していた。
そしてそんな中やっと父親に呼び出されたと思ったら、普段使う応接室や面談室ではなく、そこは臣下が王に謁見する会議室のような場所だった。
そこへ案内されたベルザリオは国の重鎮が集まる中、立たされたまま王の到着を待たされた。
そしてそこにはエヴァリーナの父親であるウイステリア侯爵もいて冷ややかな目でベルザリオの事を見ていた。
その視線を浴びてベルザリオは事の次第を如何に軽く自分が受け止めていたかを知った気がした。
(まさか……あの一件は学園内の出来事で納められたはずだ。謹慎が解ける連絡かと思っていたが、これだけの父上の側近が居るという事は何かが違う……もしやもう一度エヴァリーナと婚約を考え直せという事か?)
エヴァリーナがこれ迄の態度を謝りさえすれば、婚約もし直してやっても良いかもしれないとベルザリオが考えて居ると、王がやって来た。
そして席へと着くと息子のベルザリオに声を掛ける間もなく、事務官らしき男が話し始めた。
「ベルザリオ・パフォーマセス殿、汝に大公の位に着くことを命じる。所有領地はテレナード。一代限りの大公とし、ベルザリオ殿が亡くなり次第その土地はウイステリア侯爵家の領土とする。そして婚約候補者は修道院で行儀見習い中の男爵家令嬢レーナ・フルボディンヌ嬢。テレナード大公が功績を残せば次代には伯爵位を授ける。以上」
「ちょっ、父上、お待ちください、それは――」
「テレナード大公、控えなされませ」
事務官に注意されベルザリオは押し黙ったが、納得は出来なかった。
自分がまかされた領地はまだ何の手もついていない田舎のテレナードだ。
それも自分が領地を発展させたとしても、将来的にそれは全てウイステリア侯爵家の物になってしまう。
そして何よりも大公になるという事は王族から家臣になったという事だ。
王太子になる為には婚約者候補が男爵令嬢のレーナでは無理がありすぎる。
つまり王位につく可能性はほぼ無いという事だろう。
ベルザリオは父親に向けて懇願するような視線を送ったが、王がこちらを見ることは無く部屋を出て行った。
そして皆がベルザリオを残し部屋を出て行っても誰も声を掛けて来る者はいなかった。
ベルザリオはやっとここで事の重大さを知った。
自分が犯した罪は未来の王としてはやってはならない事だったのだ。
けれどベルザリオは王位を諦めたわけでは無い様だった。
(もとに戻せばいい……そうすれば私は王になれる……)
ベルザリオは歪んだ笑顔を浮かべ部屋を後にした。
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