第47話大国での婚約式

 今日は大国でのエヴァリーナとランヴァルドの婚約式。


 ウイステリア侯爵邸は喜びの日を迎え、朝から浮足立っていた。


 ウイステリア侯爵家自慢のお嬢様がこの大国で、強国である魔国の王と婚約をする。

 

 もう既に魔国での婚約式を済ませているとはいえ、それとこれとは話が違う。


 ウイステリア侯爵家メイドたちの腕の見せ所、私達の自慢の美しいお嬢様を、世界一の美女に磨き上げて見せましょうっ! と、あの婚約破棄事件が有ってから、エヴァリーナの事を思い胸を痛めていた屋敷中のメイドたちに今、力が入っていた。


 そしてそんな侯爵家敏腕メイドたちの、腕によりを掛けて仕上がったエヴァリーナは、薄いブルーから淡いグリーンのレースのような布地が重なったドレスを着こなし、それは女神のような美しさでランヴァルドの前に現れた。


 エスコートしようと手を差し出したランヴァルドの動きが止まる。


 エヴァリーナが美しく、可愛らしく、可憐であることは、誰よりも自分が知っていたはずなのだが、今日のエヴァリーナはまた一段と美しくなっていたのだ。


 エヴァリーナの美には終止符は無い……ランヴァルドは頭の中でそんな可笑しなことを考えて居た。


「マオ様……いかがでしょうか?」


 エヴァリーナが小さくドレスの裾を摘まみ、ランヴァルドにドレス全体が見えるように回って見せた。


 メイドたちの力作を、エヴァリーナは皆が見つめる中でランヴァルドの言葉で褒めて欲しかった。


 ここまで力を尽くしてくれた使用人たちへの、それがエヴァリーナなりの感謝の示し方だった。


 まだランヴァルドか言葉が出て居ないにもかかわらず、もう数名の使用人達が泣きはじめている。


 エヴァリーナの気遣いに感極まった様だった。


 そして今日の大国での婚約式は結婚式の代わりでもある為、幸せそうなエヴァリーナの姿に感慨もひとしおだった。


「エヴァ、とても美しい……世界中どこを探してもエヴァリーナ以上の女性は居ない。天上におわす女神でさえ、エヴァリーナの今の美しさには嫉妬してしまうだろう。君を妻に出来る男が私で良かった……ウイステリア侯爵家の皆さまには感謝しかない……エヴァリーナをここ迄美しい女性に育て上げてくれたことに、魔国の王として心から感謝する」


 強国の魔国の王であるランヴァルドが感謝を示せば、とうとう殆どの使用人達が泣き出してしまった。


 我が家のお嬢様がやっと幸せになれる。


 小さな頃からのエヴァリーナを知っている使用人達は、これ以上ない喜びを感じていた。


 それは勿論ウイステリア侯爵、夫人、そして兄と、エヴァリーナの家族たちも同様だった。


「お父様、お母様、お兄様まで……泣かないで下さいませ……」


 うんうん、泣いていない、泣いていないと言いながらも、三人は大粒の涙を流していた。


 婚約式はまだこれからだというのにこの有様だ、エヴァリーナは式での家族が心配になる程だった。




 エヴァリーナとランヴァルドは馬車で教会へと向かった。


 ウイステリア侯爵家の馬車を見ると領民達が手を振って来た。


 ウイステリア侯爵は教会への寄付だけでなく、孤児院や医院への寄付、それに貧困層への支援など、国を支えるため様々な事に力を注いできた。


 エヴァリーナも妃教育が始まる前の小さな頃は、孤児院へ父であるウイステリア侯爵と共に行くなど、慈善活動に参加していた。


 その為エヴァリーナが婚約式を挙げると聞きつけた王都民達は、馬車が見えると「おめでとうございます!」と声を掛ける。エヴァリーナはそんな王都民たち皆に手を振り、感謝を示していた。


 そうウイステリア侯爵家はその実力も人気もこの国一の貴族だった。


 その為エヴァリーナを王妃にと望む国民たちの期待は大きかったが、自国の王子であるベルザリオの行いを聞いて、エヴァリーナが幸せになるのならば魔国の王妃でもと、ランヴァルドの事を歓迎しているのだ。


 その為ランヴァルドの姿が見えた者たちの中には「宜しくお願いします」と声を掛ける者までいた。


「エヴァは国の者達にも好かれているのだな……」



 ランヴァルドが改めてエヴァリーナの素晴らしさに感動している中、馬車はゆっくりと進み、教会へと着いた。


 エヴァリーナとランヴァルドは司祭の下へ行き、今日の式次を確認する。


 その間に婚約式に出席する参加者達が教会へと入場した。


 そこには王と王妃まで駆けつけ、エヴァリーナとランヴァルドの婚約式を見守りに来ていた。



 そしてエヴァリーナとランヴァルドが入場してくると、二人の美しさに拍手が上がる。


 残念ながらランヴァルドのこの姿は、明日には一部の者を除いた皆の記憶からは消えてしまう。


 だがエヴァリーナが美しい王に嫁いだ、という記憶だけは残ることになる。


 エヴァリーナの幸せに満ちた微笑みは、この国の皆の記憶に残る事だろう。


 皆に歓迎される中、二人の大国での婚約は無事に結ばれた。




 式が終わると、教会のテラスへとエヴァリーナとランヴァルドは顔を出し、集まった王都民たちに感謝を込めて手を振った。


 ランヴァルドは魔法を使い、空へと花火のような灯りを打ち上げた。


 その光は空から舞い降りてくると、王都民たちに降り注ぎ、皆は驚きながらもその美しさに目を奪われていた。


 国中を挙げての喜びの中、エヴァリーナとランヴァルドは大国で無事に婚約式を終えたのだった。



◇◇◇



 大国中がお祭り騒ぎになっている中、王城の北の塔の中にある小部屋に、ひっそりと閉じ込められている男がいた。


 それはこの国の元王子、ベルザリオ・パフォーマセス、いや、元テレナード大公というのが正しいだろう。


 本来ならば国民に盛大に祝われて婚約を果たすのは自分だったはず……と賑やかな声がする方へと耳を傾ける。


 そこは窓もなく簡素なベットとトイレだけがある小さな部屋で、高い位置にある小さな空気孔には鉄の柵がハマっているだけ、冬場で有れば隙間風が入りさぞかし寒い事は間違いないだろう。


 元テレナード大公は、そこで只々時間が過ぎるのを待っていた。


 彼の今後の処遇は、婚約者候補のレーナ・フルボディンヌが修道院での修行が終わり次第、フルボディンヌ男爵家に婿養子として入ることが決定した。


 ただし、子供が出来ぬようそれなりの処理をされてからの結婚となる。


 本来ならば極刑でも当たり前の事だった。


 あの強国である魔国の王の婚約者に手を出そうとしたのだ、それも当然の事だ。


 けれどエヴァリーナが慈悲を望んだという事で、フルボディンヌ男爵家への婿養子と言う形で許される事になった。


 ただし、レーナの修道院での修行が終わるまでの残り二年間は、この狭い北の塔で過ごすことになる。


 彼が底冷えするこの北の塔で生き延びれるかは、彼自身の運のみという事だろう。


 レーナ・フルボディンヌとベルザリオ・パフォーマセスのその後のことは、大国の貴族録にはこれ以上の事は残っていない。


 この後二人がどうなったのかは、秘密裏にされたのだった。

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