第48話幸せな日々

 魔国でも大国でも婚約を果たしたエヴァリーナは、今幸せな日々を過ごしていた。


 あと数日で魔国での結婚式という事で、それなりに毎日忙しくはして居るが、その忙しさがまた嬉しかった。


 愛するランヴァルドと結婚出来る日が近づいていて、その為の作業が出来る。


 それはエヴァリーナが幸せを嚙みしめる時間でもあった。


「エヴァリーナ、戻ったぞー」


 エヴァリーナ部屋にやって来たのは竜人族の姫であり、ランヴァルドの従弟でもあるヒメナだった。


 結婚式が近づいたという事もあり、魔国の城へとやって来てくれたようだ。


 そんなヒメナの後ろには三人の逞しい男性が付き従っていた。


「エヴァリーナ、息子も一緒に連れてきたぞ、左からタツミ、ニチカ、ミオウじゃ、さあ、どれが良い? 好きな者を選べ」


 息子を前に、まるでお菓子を選べとでもいうように気軽に話しかけて来たヒメナに、周りが苦笑いをする。


 タツミ、ニチカ、ミオウと呼ばれたヒメナの子供たちは慣れているからか、まったく母親のそんな様子を気にもしていない様で。


「ちわー」と不思議な挨拶をして来た。


 長男のタツミは、三兄弟の中では一番細く、魔国の人間よりの風貌だった。そして次男のニチカは、一番体ががっしりとしていて竜人族らしいと言える風貌だ。そして三男のミオウはその二人の間の体つきと言ったところだろうか? ただし顔はミオウが一番ヒメナに似ていて、がっしりとした体の上に可愛らしい顔が乗っていた。


 一番細いと言ったタツミでも背はランヴァルドと変わらないぐらいある。


 ニチカに至っては巨人と言えるぐらいの大きさだ。


 三男のミオウは可愛い顔に似合わない筋肉質の体つきでもりもりとしている。


 これが竜人族の男性……


 三人は年齢よりもずっと幼く見えるヒメナよりも年上に見えるため、ヒメナが「母上」と呼ばれている事が不思議でならなかった。


 どちらかと言えば父親と娘と言う方が正しい様子だとエヴァリーナは思ってしまった。


「あ、あの、ヒメナ様、私はもうマオ様と……いえ、ランヴァルド様と婚約も済ませましたので……」

「うむうむ、大丈夫じゃ、竜人族の男は細かい事は気にはせぬ。エヴァリーナさえ良ければあんな奴は放ってわらわの娘になって良いのじゃぞ」

「母上、またそんな事を……我々は叔父上に嫌われたくは無いですよ」

「そうだぞー、母上。叔父上が竜人族を滅ぼしにきたらどうすんだよー」

「僕も、エヴァちゃんは可愛いけど、叔父上は怖いから嫌だなー」

「うぬぬぬぬ……そなたたち、そんな心構えじゃから未だにわらわにも勝てぬのじゃ! その年で恥ずかしくないのか!」

「母上、年齢は関係ありません、母上には魔国と竜人族の血が入っているのです。我々が三人掛かっても勝てる訳は無いでしょう」

「うぬぬぬぬー、そなた達は、こんなにも可愛いエヴァリーナが欲しくないのか!」


 気が付けば息子達は椅子に座り、マーガレットとデイジーが出したお菓子を摘まみ始めていた。


 ヒメナが何故それ程エヴァリーナを欲するのかは分からないが、子供の様に口をとがらせて拗ねるヒメナが可愛くて仕方がなかった。


 ヒメナはエヴァリーナを好きでいてくれる。


 それがとても心強かった。


「ヒメナ様、私がランヴァルド様に嫁げば、私も従兄弟として見て下さいますか?」


 ヒメナがその言葉にぱああっと笑顔になり、頬をピンク色に染めた。


 ランヴァルドよりもとても年上には見えないその様子は、エヴァリーナの胸をときめかせる物だった。


「勿論じゃ、わらわはずーーーーっと女の子が欲しかったのじゃ。男は成長するとこんなにむさくるしくなってしまうからのー。ランヴァルドだって昔は可愛かったのに今じゃあれじゃ、その点エヴァリーナはずっと可愛いからのー、わらわはエヴァリーナの事を甘やかす気満々じゃぞ」

「有難うございます。では……もし、私に娘が出来ましたら、娘たちも可愛がって下さいますか?」

「娘?! エヴァリーナのむ、す、め?!」


 ヒメナはまるで ”娘” という言葉を生まれて初めて聞いたかのような衝撃を受けていた。


 雷にでも打たれたかのように体はフルフルと震え、手を上げ「おお……」と声を漏らしている。


 エヴァリーナの娘なら可愛い事は間違いない。


 ヒメナは今からなんと自分の事を呼ばせようかと既にそんな事を考え始めていた。


「ヒメナっ!」


 ランヴァルドは走って来たのか、息を切らせた状態でエヴァリーナの部屋にやって来た。


 ヒメナの息子たち三人はランヴァルドの登場に大きく逞しい手を上げ「叔父上、ちわー」とまた見慣れぬ挨拶をしていた。


 息子達がエヴァリーナの部屋に居ることで、ランヴァルドには事のあらましが分かったのだろう、キッときつくヒメナを睨みつけたが、ヒメナの様子があまりにも可笑しなことに気が付き、ポカンとして怒りを納めていた。


「あー……ヒメナ、どうした? 腐ったリンゴでも食べたのか?」


 ランヴァルドの声を聞くと、ヒメナはがばっとランヴァルドの長く綺麗な腕にしがみついた。目一杯の力を入れているのか、ギリギリとランヴァルドの腕が悲鳴を上げて居る様な音がする。


 ヒメナの力を知っているであろう息子達は、そんな様子を見てもお菓子を食べる手は休めず、「うわー」「痛そう」「うげっ」などと痛みの想像がつくのかそれぞれ声を上げていた。


 ランヴァルドの体が少し光ったのできっと何かの魔法を使ったのだろう。魔国の王でも流石に腕に痛みを感じていたのかも知れなった。


「ランヴァルド、そなた、子供の頃は可愛かったのう!」

「はっ?」

「そうじゃ、そうじゃ、つまりじゃ、エヴァリーナに似ても、おぬしに似ても可愛いという事じゃっ!」

「ヒメナ? 何を言って居る? 誰が誰に似ているのだ?」

「何を言っておる! そなたとエヴァリーナの子供の事に決まっているじゃろう! ランヴァルド! わらわがいくらでも面倒をみるからのう、遠慮せず子作りに励んで良いぞ! どんどん作るのじゃ!」


 ヒメナにそう言われながら背中を叩かれたランヴァルドは、何を想像したのか真っ赤な顔になってしまった。


 それが痛みからなのか、それとも羞恥からかは分からないが、エヴァリーナはこの賑やかな雰囲気の時間がずっと続けば良いとそう思った。


 こんな風に何気ない幸せな日々が、これからエヴァリーナには毎日待っている。


 そう思うと魔国の事が愛おしくって仕方がないエヴァリーナだった。

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