第14話馬車の中
魔国へ向かう馬車の中で、エヴァリーナは重く気まずい空気の中にいた。
挨拶の後、魔国の馬車に乗せられたはいいが、王専用の馬車の中で、今エヴァリーナは魔国の王と二人きりで向かい合って座っていた。
魔国の王であるランヴァルドの補佐のステファンとラルフは、何故か御者台の方へと行ってしまった。
大国では結婚していない男女が馬車の中で二人きりになるなどあり得ない事だが、魔国では違うのだろうかとエヴァリーナは考えて居た。
そしてふと視線を向かい合うランヴァルドの方へと送った。
ランヴァルドは気まずさからなのか窓から外を見てエヴァリーナの方へは視線を送らないようにしていた。
先程の挨拶の際一瞬視線が有った時以来、ランヴァルドはエヴァリーナの事は見ようとはしていない。
(そんなにもこの婚姻が嫌だったのだろうか?)
エヴァリーナが不安になりそんな事を考えて居ると、ランヴァルドと視線が合った。
ランヴァルドは無表情でエヴァリーナを見つめ一言呟いた。
「……会うのを楽しみにしていた……」
それだけ言うとランヴァルドはまた外を見つめだした。
表情の機微は分からなかったが微かに耳が赤くなっている気がした。
(もしかしてランヴァルド様は凄い恥ずかしがり屋さんなのかしら?)
とエヴァリーナが微笑ましく思って居ると、ランヴァルドはチラリとエヴァリーナの方を見てまた目を逸らした。
今度は頬迄赤くなっているのが分かり、エヴァリーナは自分の考えが正しいかった事が分かった。
魔王様はシャイでいらっしゃるのね。
きっと大国の女性が珍しいのだわ。
フフフ……とエヴァリーナは自分の口元が緩むのを感じた。
目の前にいる魔国の王は百歳を超えているというが、見た目はエヴァリーナとさほど変わらない青年に見える。
黒い髪は艶やかで馬車の中だというのにその輝きが分かる程だった。
それに瞳は赤色とは聞いていたけれど、そんな単純な言葉で表現できる美しさでは無かった。
どんな宝石よりも美しく、それでいて燃える炎のような揺らめきも持っていた。
ランヴァルド様は魔国の宝なのね……見ているだけで目の保養になるわ。
それにどんな方なのかとても知りたい。
早く仲良くなってみたいけれど……これだけシャイな方なのなら、私と会話するのも重荷になられてしまうわよね……
「そっ……」
「えっ……?」
ランヴァルドが急に声を掛けてきた。
その顔は相変わらず少し頬が赤く、今は目が泳いでいる。
少しだけ座席から腰を上げているので、もしかしたら立ち上がろうとしたのかもしれない。
エヴァリーナがランヴァルドに向けていた視線が何か不躾だったのだろうか? と不安になると、ランヴァルドは一つ咳ばらいをして、また話し出した。
「……そろそろ空を飛ぶ、捕まっていた方が良い……」
「えっ……?」
ランヴァルドの声掛けと同時ぐらいに馬車が急に傾いた。
進行方向を背にしていたエヴァリーナはそのはずみで座席から転げ落ちそうになった。
ランヴァルドがそれを支え、倒れ込む反動を使い半回転させるようにしてエヴァリーナを自分の座席の横へと座らせた。
男性らしい力強いランヴァルドの腕がエヴァリーナを抱えるように支えている。
まだ馬車は傾いているので怪我をしないようにとのランヴァルドの気遣いなのだろうが、父や兄以外の男性とこれ程近づいたことの無いエヴァリーナの胸はドキンッと強く高鳴った。
空中で馬車が平行になるまでランヴァルドはエヴァリーナを自分の腕の中に包み支えてくれていた。
これ迄魔国へ来ることを楽しみにし、魔法を直で見聞きすることも楽しみにしていたエヴァリーナだったが、今はそれどころでは無かった。
ランヴァルドの腕が、顔が、香りが、そして温もりが、エヴァリーナの意識を全て持っていってしまって居た。
心臓がはじけそうなほど五月蠅くなっていて、とても空を飛ぶ魔法に意識を向ける余裕などなかった。
やっと馬車が上空で平行になった。
時間的には一瞬だったのだが、エヴァリーナにはとても長く感じた。
そろそろランヴァルドに離されるだろうと思っていたが、ランヴァルドはエヴァリーナを抱えたまま動かなくなっていた。
エヴァリーナはそっと視線を上にあげランヴァルドの顔を覗き込む、思った以上に近くにあったランヴァルドの顔は今日見た中で一番赤い顔になっていた。
「すっ! 済まないっ!」
ランヴァルドはエヴァリーナを引きはがすように自分から離すと、赤い顔のまままた外へと視線を送った。
表情は見えなくなってしまったが、ランヴァルドの首も耳も手までもが赤い事が分かり、エヴァリーナだけでなくランヴァルドも照れている事が分かった。
(なんて可愛らしい方なのかしら……)
ランヴァルドの自分と同じ余裕のない姿を見てエヴァリーナは少し心が落ち着いた。
「陛下、助けて頂き有難うございました。お陰で怪我することなく済みました」
「……ん……」
「魔国の馬車が空を飛ぶのは本当だったのですね……こうして体験できてとても嬉しく思っております」
「……ん……」
可愛らしいランヴァルドの様子をもっと見て居たかったが、頬がまだ赤いままのランヴァルドはとてもじゃないがエヴァリーナの方を見る余裕はなさそうだったので、エヴァリーナも外へと視線を送ることにした。
初めて空中から見下ろす魔国の街並みは、レンガ色の建物が多く、街に出て居る人々でとても賑わっているように見えた。
(これが魔法の国……)
夢にまで見た魔法の国に今自分が居ると思うと、嬉しくて心が躍りそうなぐらいエヴァリーナは高揚していた。
それにランヴァルドも冷酷非情と噂される様な人物では無かった。
優しく、美しく、それでいて可愛らしい方……
ランヴァルドの方へまた視線を送ればまだ顔は赤いままだった。
この方と仲良くなろう。
魔国に来て最初にエヴァリーナが決意した事だった。
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