第13話迎え

 王都を出てからエヴァリーナの魔法の国へ向かう旅は随分と進み、今日やっと魔国からの迎えと落ち合う場所へと到着する予定だった。


 つまりクリスとも別れる時が来る。


 魔国へはエヴァリーナの供は誰一人付けることなく、たった一人で向かう事になって居る。


 不安が無いと言えば噓になるが、魔国へ行ける楽しみの方が今のエヴァリーナには強い。


 それにどの道大国の王妃となったとしても、クリスとは別れなければならない運命だった。


 王妃の侍女に平民出身のクリスは付けないからだ。


 なので以前から覚悟もしていたし、気持ちに整理も付けて来ていた。


 それに婚約が魔国で整えば、一度大国へ戻る手筈になって居る。


 クリスとはそこでまた会えるだろう。





 暫くすると、馬車が止まった。


 どうやら魔国からエヴァリーナを迎えに来た一行と無事に合流できた様だ。


 魔国からの指定の場所は、魔国の入口よりも随分前の平原だった。


 そこは普段ならば何もなく、草が生い茂り、獣が出そうな場所だったが、今日は魔国の一行が整然と並び、エヴァリーナを出迎えるため待ち構えていた。


 その中心には一際美しい黒髪の男性が立っているのが見えた。


 長く腰まで有る黒髪に深く赤い輝く瞳、そして背が高く彫刻の様に整った容姿。


 年齢は二十歳前後にしか見えないが、その容姿から男性が魔国の王であることはエヴァリーナにはすぐに分かった。



「クリス、まさか直々に魔国の王が私を出迎えにいらしてくださったのかしら?」

「ええ、その様ですね。エヴァリーナ様、直ぐに馬車から降りましょう」


 まさか魔国の王がここ迄出迎えに来てくれるとはエヴァリーナ一行は誰も予想しておらず、先についていた使用人たちも驚いて居る様だった。


 エヴァリーナは落ち着いている様子を見せながらも心の中では焦りが出て居た。


 魔国の王を長時間この様な平地で待たせていたのだ。


 下手をして機嫌を損ねたら大国との関係が悪くなってしまう可能性もある。


 淑女の笑みを浮かべながらもエヴァリーナは緊張で少し震えていた。




 クリスにエスコートされながら魔国の一行へと近づいて行く。


 先ずは一人の男性がエヴァリーナの前に現れた。


 その青年は大国では見たことも無い紺色の髪色をした男性で、魔王に負けない程の美しい顔立ちをしていた。


 エヴァリーナに付いてきた使用人の中には彼を見て頬を赤く染めて居るものもいた。


 けれどエヴァリーナはその青年が浮かべる笑顔に少し怖いものを感じた。


 夜会の席でも良くあったがエヴァリーナの価値を吟味して居るかのようだった。


 けれど王妃教育も受けて来たエヴァリーナは、それぐらいの視線で怯えるわけには行かなかった。



「大国の侯爵家令嬢、エヴァリーナ・ウイステリア様、魔国よりお迎えに上がりました。私は魔国の王の補佐ステファンと申します。お目にかかれまして光栄でございます……」

「ステファン様、お迎え有難うございます。ウイステリア侯爵家が娘、エヴァリーナでございます。これから宜しくお願い申し上げます」


 簡単な挨拶を終えると、エヴァリーナはクリスから離れ、今度はステファンにエスコートされながら魔王がいる場所へと向かった。


 絵本の中で憧れていた魔法の国の王に会えると思うと、エヴァリーナの心臓は早鐘の様に脈を打ち、鼓動の大きさで辺りの音が聞こえなくなるほどだった。


 そして近づいて見えた魔国の王は、遠目で見ていた時よりも、そして想像していたよりも、中性的な美しさを持つ男性だった。


 けれど中性的だからと言って決して弱々しい訳ではなく、魔国の王からは威厳なのか威圧なのか力強さを感じられた。


 エヴァリーナと視線が合うと、少しだけ困ったような表情が見て取れて、もしかしてエヴァリーナの見た目が気に入らなかったのではないかと少し不安に襲われた。


(こちらからは私の姿絵を送っている筈ですし……そこまで私の見た目も悪くは無いと思うのですけど……もしかしてお父様は大げさに美しく描き上げた絵を送ったのでしょうか……いいえそんなはずは……)


 色々と思う所はあったけれど、エヴァリーナは小さく息を吸い美しい挨拶を心掛けた。


 見た目が気に入られなくとも最低限教養が有る事を伝えなければならない。このまま大国に戻る様に言われる事だけは受け入れられなかった。


「魔国の王様、初めましてウイステリア侯爵家の娘エヴァリーナでございます。本日からお世話をお掛け致しますが、何卒よろしくお願い申し上げます」


 エヴァリーナは綺麗なカーテシーを見せた。


 そして王からの返事を待ったのだが聞こえてきたのは男性らしい美しい声でたった一言だった。


「……ん……」


 エヴァリーナが面を上げて良いのか悩んでいると、王の傍に居たレンガ色の髪色をした男性が、見かねたようにエヴァリーナに声を掛けてくれた。


「エヴァリーナ嬢どうか顔を上げて下さい。こいつは……この方は魔国の王のランヴァルド・マオダーク・マジカルドで、俺はその側近の一人で護衛のラルフだ。まあこんなやつだが仲良くしてやってくれ、俺の事はラルフ、そしてあんたをエスコートして来たやつは気軽にステファンと呼んでくれ、何か困った事が有ったら俺達に遠慮なく相談してくれよな」

「はい、有難うございます。ラルフ殿、ステファン殿、至らないとは思いますがよろしくお願いします」


 温かいラルフの言葉にエヴァリーナは少しだけホッと出来た。


 ただ馬車に乗りこむまでの間も魔国の王とは目が合うことは無かった。


 それだけが不安で仕方がないエヴァリーナだった。


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