第12話世間の見解

 朝目を覚ましたエヴァリーナは暫く起き上がらず、ボーっと天井を見つめていた。


 そして昨日のあの不思議な鳥の事を思い出していた。


 あの鳥は確かにエヴァリーナの問いかけに返事を返した。


 けれどその後その鳥は姿を消してしまった。


 空へ飛びあがるでもなく、ただ自然と消えて行くように……


(もしかしてあの鳥は魔国から来たのかしら……)


 そう考えると納得が行く。


 この大国にあれ程大きく立派で美しい鳥がいる事をエヴァリーナは知らない。


 勿論エヴァリーナは学者では無いのでただ知らないだけかもしれないが、それでも王妃教育一環で各地の生き物の事などもある程度は学んでいる。


 あれだけ目立つ鳥をこの辺りの人達が知らないわけもない。


 それに喋る鳥など聞いたことも無かった。


 そう考えると魔国からエヴァリーナを守るために来てくれたという言葉は本当なのかもしれない。




「エヴァリーナ様、昨日は眠れませんでしたか?」


 身支度の途中、相変わらずボーっとしているエヴァリーナにクリスが声を掛けてきた。


 確かに眠れなかったことは事実だ。


 目を閉じてもあの不思議な鳥の事ばかりを考えて居た。


 だけどその話をクリスにして良い物か悩んでいた。


 なぜならあの鳥はエヴァリーナが一人になるところを見て声を掛けてきたように思えた。


 つまり他の者にその姿を知られたくは無いという事だろう。


 クリスはエヴァリーナにとって家族よりも家族のような存在で、実の姉の様に思って居る。


 けれどこれは話してはいけない気がしたし、自分だけの秘密にしておきたかった。


 それにどこで誰が聞いているかも分からない。


 エヴァリーナは笑顔で誤魔化し、朝食へと向かう事にした。




 離れの食堂では何故かこの屋敷の主人である伯爵が待っていた。


 エヴァリーナに離れを貸したのに朝食は共にする様だ。


 それも前もってその事に対して何の連絡も寄こさなかった。


 王都の貴族ではあり得ないことでもこの辺りでは当然と行ったところだろうか。


 ここでは婚約に向かうエヴァリーナに、お慰めにと男性を進めるぐらいの者が居るぐらいだ。それも可笑しくはないのかも知れない。


 ただし、クリス達エヴァリーナ付きの使用人たちの表情には笑顔ながらもピリピリとして張り詰めた物があった。


 この伯爵が何かしようものなら手加減はしないつもりなのだろう。


 侯爵であるエヴァリーナの父親からそう指示を受けてもいるはずだ。


 エヴァリーナの護衛には屋敷の中でも強者を揃えていた。


 勿論その筆頭のクリスは女性ながら護衛としても十分に力のある存在だった。




「エヴァリーナ様、昨日はよく眠れましたか?」


 でっぷりとしたお腹を摩りながら伯爵はエヴァリーナに声を掛けてきた。


 エヴァリーナはこの伯爵に名前で呼ぶことを許可していない。


 顔を会わせたのも昨日がほぼ初めてだと思う。


 それなのに平然とエヴァリーナの名を呼んだ事に、またエヴァリーナ付きの護衛たちや使用人達がピリッと神経を尖らしている。


 自分が不敬を働いている事に伯爵は気が付いていないのだろう。


 エヴァリーナはそんな伯爵にも笑顔で対応した。


「ええ、こちらでゆっくりと休ませていただきました。有難うございます」

「それは良かったです。我が家は警備にも力を入れておりまして、私の隣におりますのは二番目の息子ですがそれなりに腕の立つものでして、宜しければ旅の供にでもお使いください。良い働きをするはずですよ」


 伯爵の言葉を聞いてその息子はエヴァリーナに向き合い頭を下げて来た。


 確かに見た目は騎士らしく立派な姿に見える。


 けれど実家に居るという事は騎士団には入っていない……もしくは入れなかったという事だろう。


 その程度の腕前の者を侯爵家に勧めてくるとは……


 伯爵には現実が見えていないという理由もあるだろうが、エヴァリーナにこの息子を気に入って貰いたいというあからさまな野心が見え隠れしていた。


 侯爵家の護衛。


 そして娘であるエヴァリーナのお気に入りとなれば、跡目を継げない伯爵家の次男としては良い待遇となるだろう。


 ただしエヴァリーナ側の者は誰も彼に興味を示すものは居なかった。


 勿論エヴァリーナ本人も。


「お気持ちは有難いですが、我が家の護衛達は皆元騎士団に所属していたものを父が引き抜いてきた強者たちばかりですの、ですからどうぞ先ずは騎士団に入隊してくださいませ。そうすればご子息もいずれは父の目にも止まるかもしれませんもの……」


 エヴァリーナの言葉に伯爵も息子も赤い顔になり言葉をつまらせた。


 やはり騎士団の試験には落ちたのだろう。


 痛いところをつかれたと行ったところだろうか。


 きっとこの件もエヴァリーナの父親であるウイステリア侯爵の元へ届くだろう。


 この伯爵がどういった処遇になるかは分からないが、もうウイステリア侯爵家と縁を持つ機会は二度となくなるだろう。


 それだけは確かだった。





 伯爵家を出立したエヴァリーナは馬車の中でぼそりと呟いた。


「……私は婚約者に捨てられた可哀想な女とみられているのかしら……」


 これ迄出会った貴族たちの様子を見ればそれが分かる。


 捨てられて寂しい今だからこそ、エヴァリーナに付け込めると思ったのだろう。


 王都の情報はまだこちらには詳しく届いていないのかもしれない。


 王子との婚約解消。


 その理由が王子に他に女性が出来たから。


 逃げるように旅立つ侯爵令嬢。


 そして王子は廃嫡はされなかった。


 そう聞けば誰もがエヴァリーナが捨てられたと思うだろう。


 普段表情があまり変わらないクリスも馬車の中でエヴァリーナと二人きりだからか、困ったような表情を浮かべていた。


 それが答えだ。


 ここ迄の道中でもエヴァリーナの知らないところで色々とあったのかもしれない。


 皆の気遣いが分かり、エヴァリーナからは自然と笑みがこぼれた。



「フフフ……クリス有難う。でも私は平気よ……それにしても……お父様から圧力を掛けられる家が私のせいで増えてしまいそうね……」

「そのような事エヴァリーナさまが気になさる必要はございません。当然の報いでございます」


 あの事件の事も、それに他の貴族にどう思われているのかも、今のエヴァリーナはあまり気にならなかった。


 今のエヴァリーナの心の中を占めているのはあの不思議な鳥の事だけだった。

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