第15話魔国の王城

 馬車はふわりと王城内の馬車降り場にたどり着き、エヴァリーナは魔国の王ランヴァルドにエスコートされながら馬車を降りた。


 魔国の馬車降り場は城の中腹辺りに外へ飛び出せるように出来ており、チラリと下を見てみれば崖の様になっていた。


 ここはどうやら王族専用の馬車搭乗口のようで、豪華な馬車が他にも数台止まっていた。


 全て魔法で動く馬車なのかと思うと、エヴァリーナは心が躍る様だった。


 エヴァリーナを迎えに来てくれた際は普通の馬にしか見えなかった白馬たちには、いつの間にか羽が生えていた。


 そして空中を飛んでいたはずの馬車の車体は大国の物とさほど変わりが無い様に見えた。


 重いものが空を飛ぶ。


 エヴァリーナはその不思議に胸を弾ませた。


 馬車が空を飛ぶだなんて……


 きっと何かの魔法で空を飛んでいたのだろうと思うと、エヴァリーナは自分が子供の頃から思い描いていた魔法の世界へ来れたことを改めて実感し、感動して居た。




 そんな中、ふと視線を感じ、そちらへと振り向けばランヴァルドがエヴァリーナの事を見ていた。


 けれど視線が合った瞬間、また顔をそらされてしまった。


 頬を見ればランヴァルドの顔が赤いのが良く分かる。


 やはりエヴァリーナの想像通り魔法の国の王であるランヴァルドはとても恥ずかしがり屋のようだ。


 ちょっとしたことでもテレているのだと思うと、年上のランヴァルドの事が凄く可愛いと感じてしまった。


 仲良くなりたい……


 エヴァリーナは今心からそう思っていた。




「ランヴァルド様、エヴァリーナ様をお部屋の方へご案内いたしましょう」


 ステファンに声を掛けられるとランヴァルドはまたエヴァリーナに手を差し出してきた。


 相変わらず視線は合わないが、それでもエスコートしてくれようとする優しい気持ちが伝わってきて嬉しくなった。


 そっと手を重ねればランヴァルドの手がとても温かい事が分かった。


 それに頬だけでなく、耳や首も赤い。


 それだけでランヴァルドがとても可愛い人だと分かる。




「こちらがエヴァリーナ様のお部屋でございます」


 案内されて入った部屋は日当たりも良く、とても明るい部屋だった。


 壁紙には魔国の象徴ともいえる鳥の絵が金色で描かれていた。


 エヴァリーナの髪色に合わせ準備をしてくれたのかと思うと、心が温かくなった。


「エヴァリーナ様、エヴァリーナ様をお世話させて頂く二人のメイドを紹介いたします。マーガレットとデイジーです。なんでもお申し付けください」

「「エヴァリーナ様、よろしくお願いいたします」」

「マーガレットさん、デイジーさん、至らぬと思いますがお世話になります。宜しくお願い致しますね」


 マーガレットとデイジーは初めてみる大国の人間だったからか、凄く緊張して居る様だった。


 でもエヴァリーナが笑顔で挨拶をすれば少し安心したような様子になった。


 大国で王妃となるならばきっと気軽にメイドに頭を下げるなどできなかっただろう。


 でも今は魔国の地。


 大国のしきたりに従わず、エヴァリーナは身分にかかわらず誰とでも友人になろうとそう思っていた。


 彼女たちとも友人になり魔国の事に詳しくなりたい。


 この世界で自分が生きて行くとそう決めたのだから。




 室内の案内が終わり、ステファンやラルフ、それにランヴァルドが部屋を出て行こうとしたところでエヴァリーナはランヴァルドに声を掛けた。


 きっと王として忙しいランヴァルドとは暫く会えなくなるだろう。


 その前に刺繡したハンカチだけは先に渡しておきたかった。


 出来るならば婚約者のランヴァルドとは一番仲良くなりたい。


 ここ迄の彼の姿を見ていると素直にそう思えた。


 ただし中々視線は合わせては貰えなかったが……



「陛下、本日はお迎えいただき有難うございました。これは私が刺繡を施しましたハンカチでございます。他の贈り物は明日以降のお渡しになりますが、先ずはこちらだけ受け取って頂けますでしょうか?」


 そう言って鞄の中から包んであったハンカチを取出しランヴァルドに差しだせば、ランヴァルドの目は大きく見開きジッとエヴァリーナの手の上のハンカチを見つめた。


 その表情からはランヴァルドが何を考えているかは分からなかったが、ステファンやラルフの表情を見てみれば不敬では無い事だけは分かった。


 ラルフに肘でそっと突かれたランヴァルドは、ハッとするとやっとエヴァリーナの手からハンカチを受取ってくれた。


 けれどその表情は無表情でやはり何を考えているかは分からなかった。


(どうしましょう……お気に召されなかったのかしら……)


 政略結婚の相手からのハンカチなど負担でしかなかったのだろうかとエヴァリーナが不安になって居ると、ランヴァルドが慌てた様子で口を開いた。


「う……うれしい……礼を言う……」


 まるでそれだけ言うのが精一杯だったとでもいうかのように、ランヴァルドは一言そう言い残すと素早く部屋から出て行った。


 けれど廊下からはランヴァルドを追いかけていったステファンやラルフから、何かを言われているような声が聞こえてきた。


 仲が良いらしいことはそれだけで分かる。


 ふとクリスの事を思いだしているとランヴァルドがまたエヴァリーナの部屋へとやってきた。


 そして何かを言いたそうにしてエヴァリーナの前に立った。


「陛下? どうかなさいましたか?」

「……あ……」

「あ?」

「……ありがとう……」


 そう言うとランヴァルドの顔はこれ迄見たことがないほど朱に染まった。


 見た目は背も高く立派な青年のランヴァルドは本当に照れ屋なようで、またそれが可愛らしいと思えてしまった。


 エヴァリーナはこんなにも素直に喜んでもらえた事で、あの時遠慮せずハンカチに刺繡を入れて良かったと思えていた。


「陛下、私こそ喜んで頂けて嬉しゅうございます……」

「……ん……」


 ランヴァルドはこくんと頷くと、赤い顔のまま部屋を出て行こうとした。


 すると入口でエヴァリーナの方へと振り返り、また言葉を掛けてきた。


「マオで良い……」

「えっ……?」

「これからは陛下でなくマオと呼んでいい……」


 それはランヴァルドのミドルネームのマオダークからとった愛称だろう。


 それだけでランヴァルドから仲良くなろうと言われているような気がしてエヴァリーナは嬉しくなった。


「はい。マオ様有難うございます。どうか私の事はエヴァとお呼び下さいませ」

「……ん……」


 ランヴァルドはそう返事をすると今度こそ本当に部屋から出て行った。


 ランヴァルドからエヴァと気軽に呼ばれる日が来るのが、今から楽しみになったエヴァリーナだった。

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