第19話一番気になる場所

 朝食を終えた後、エヴァリーナはマーガレットとデイジーの案内で城の中を探索した。


 勿論お昼をランヴァルドと約束したので時間がそれ程あるわけではない、なので一番行ってみたい場所へと二人に連れて行って貰う事にした。


「エヴァリーナ様、本当に厨房へ行くのですか?」

「ええ、一度行ってみたかったの、ダメかしら?」

「いいえ、ダメでは無いのですが……その……エヴァリーナ様は王妃になられる方ですし……」

「そこは気にしないで頂戴、働いている方たちへの挨拶だと思って頂ければいいの」

「……はい……」


 朝一緒にお茶を飲んでからはマーガレットとデイジーはエヴァリーナの前でそれ程緊張することは無くなった。

 

 ただまだ長年一緒に居た傍付きのクリスの様にとは行かない。


 もしここにクリスがいたならば、厨房に行く事は許可されなかっただろう。


『エヴァリーナ様は侯爵令嬢ですよ。嗜みをお持ちください』


 クリスが言いそうな言葉を思いだし、口元が緩んだ。


 大国に居た時ならば、いつ何時だってエヴァリーナは気を抜くことは出来なかった。


 けれど魔国に来てからは不思議なほど自分が自然体でいられるのを感じていた。


 これも魔法なのかもしれないとエヴァリーナはまたワクワクとした気持ちになっていた。



「エヴァリーナ様、こちらが厨房です」


 厨房の中は昼の準備に向けて既に忙しそうな様子だった。


 マーガレットとデイジーが料理長に声を掛けてくれて、エヴァリーナの事を紹介してくれることになった。


 仕事の邪魔をするのは申し訳なかったが、今後も厨房には足を運びたかったのでお願いをした。


 エヴァリーナは大国に居るときから魔国に来たら厨房を見てみたかったのだ。


「料理長のトーレでございます」

「トーレさん、急にお邪魔をして申し訳ありません。エヴァリーナと申します。どうぞ気軽にお呼び下さいね」

「は……? いや、しかし……」

「今日からトーレさんの弟子になるつもりで私は挨拶に参りましたの、明日から時間が許す限りお手伝いさせて頂いても宜しいかしら?」

「えっ? はっ? ええっ?! 姫様が厨房に入られるのですか?!」

「ええ、勿論お邪魔にならないように端の方で指示していただいた作業だけを行います。それに私専用の包丁も国から持参しているのですよ」

「へっ? 包丁を?」

「はい、包丁ですわ」


 トーレが大きな声を出すもので、厨房いる料理人たちの注目がエヴァリーナに集まっている事が分かった。


 エヴァリーナはそちらに顔を向けるとニッコリと笑顔を返した。


 皆が仕事中でなければ一人一人挨拶をしたかったが今日は控えておいた。


 きっと挨拶をするチャンスはこれから巡ってくるだろう。


 先ずは料理長からの許可が下りてからだ。


「エヴァリーナ様、先ずは陛下にお聞きした方が良いかと……」

「あら、そうね、私ってば気が焦ってしまったわ。マーガレット有難う。では後で陛下に許可を頂いてまた挨拶に参ります。トーレさん、どうぞよろしくお願いいたしますね」


 ポカンとしているトーレに挨拶をしてエヴァリーナは厨房を後にした。


 エヴァリーナは魔法の国の本を読んでから、いつか厨房に来てみたいと思っていた。


 それは絵本の中では魔法を使って料理を作っていたからだ。


 それに今見た限りでも野菜が宙を浮いて居たり、コンロがないのに火がついて居たりと面白い物が見えた。


 それだけでも厨房に行ったかいがエヴァリーナには有った。


 もしランヴァルドから許可が下りなくても今日見たものだけでも満足だった。


 欲を言えば時間が許す限り厨房に足を運んでエヴァリーナも一緒に料理をしてみたい。


 あの絵本を手にしてからエヴァリーナはひっそりと料理の練習をしていた。


 クリスには何度も止められたし、屋敷の料理長にも始めの頃は困った顔をされた。


 けれど何度も何度も説得をし最終的には二人も認めてくれた。


 ただ火傷だけは跡が残ってはいけないからと、火だけは使わせては貰えなかった。


 けれどその分包丁さばきは中々に自信がある。


 それにお菓子作りもランヴァルドに食べて貰いたいぐらいの腕前だ。


「フフッ、マーガレット、デイジー、我儘を聞いてくださって有難う。とても楽しかったわ」

「はー、全くもう、エヴァリーナ様が他のご令嬢様たちと違う事が良ーく分かりました」

「私もです。ああ……陛下に怒られないかしら」


 そんな事を二人と言い合いながらエヴァリーナは自室へと歩いた。


 マーガレットとデイジーが気軽に話しかけてくれるようになっただけでも厨房に行って大収穫だった。


 それに何故か厨房を見ると胸がチクリと痛んだ。


 何か大事なことを忘れて居る様なそんな不思議な気持ちになったからだった。



「さあ、エヴァリーナさま、お召替えを致しましょう」

「まあ、何故? このままでも良いのでは無くって?」

「ダメです。お昼はまた陛下とお食事です。朝とは違う装いを見せて尚更エヴァリーナ様に見とれて頂かないと」

「陛下が私に見とれるだなんて難しいのではないかしら……陛下は男性なのにあれ程美しいのですもの」

「エヴァリーナ様は美しいです」

「ええ、その通りです」


 マーガレットとデイジーに押し切られ結局衣装を変える事になった。


 確かにエヴァリーナが大国から持ち込んだドレスもあるし、ランヴァルドが用意してくれたドレスも山ほどある。


 日に何度か衣装替えでもしなければ、全て着終わることが出来ないような気がした。


「フフフ……とても楽しいわ」


 エヴァリーナのその言葉にマーガレットとデイジーは笑顔を返してくれたのだった。



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