第43話ウイステリア侯爵邸での誓
「お父様、お母様、お兄様、ただいま戻りました……」
「エヴァリーナ!」
エヴァリーナが魔国の馬車から降りて来ると、玄関で待ち構えていた母と兄が駆け寄って来た。
前回ウイステリア侯爵邸までクリスを迎えに来た時は、二人とも領地へ戻っていた為、エヴァリーナとは会う事が叶わなかった。
その為か、一度エヴァリーナの顔を見れている侯爵は、妻と息子にエヴァリーナを譲る様に一歩引いて出迎えていた。
母と兄はエヴァリーナの幸せそうな顔を見て、侯爵が話していたことは嘘では無かったと安心して居る様だった。
そして一緒に馬車から降りて来たランヴァルドへ二人は視線を送ると息をのんだ。
ランヴァルドは中性的な顔だちながら背も高く男性らしい男らしさがある、それでいてエヴァリーナを見つめながら浮かべる微笑みは、どんな女神像でも敵わない程の美しさがあった。
これ迄魔国の王の情報は、例え侯爵家のウイステリア家でも殆ど入ってはこなかった。
夜会や歓迎会などが有ったとしても、王だけがその姿を知ることが出来る不思議な契約がなされていた。
なので大国では魔国の王はその年齢から老人では無いか? というものも居れば
王以外に会えないという事は見せられない顔なのでは? などと噂する者もいた。
それに実は子供で傀儡のように操られているのではないか? と愚かなことを言う者まで居たぐらいだった。
秘密のベールで包まれている国だからこそ噂は立つのだが
ランヴァルドのこの美し憂さを見れば、どの国にも顔を覚えさせられない事が分かった気がした。
これだけ魔国の王が美しければ必ず争いは起きるだろう。
各国の姫が押し掛けるだけならばまだ良いが、計り知れぬ魔法を使えると有れば、挙って手に入れようと様々な国が襲い掛かる事だろう。
そこで争いが起きても魔国に他国が勝てるはずもなく、争いに巻き込まれただ人が亡くなるだけだ。
歴代の魔国の王が顔を出さない理由が、エヴァリーナの家族には良く分かった気がした。
「陛下、ようこそお越し下さいました」
「ウイステリア侯爵……いえ、父上、どうか家族だけの場ではランヴァルドと気軽にお呼び下さい、母上と兄上殿も同じ様にお願い致します。エヴァ、エヴァリーナと私はもう魔国では婚約を済ませました。夫婦も同然です。皆様は私の家族なのですから……」
「陛下……いえ、ランヴァルド様……お心遣い感謝いたします。どうぞ我がウイステリア侯爵邸ではご自宅だと思っておくつろぎくださいませ」
「はい、感謝いたします」
ランヴァルドのエヴァリーナへの執着を知らないウイステリア一家は、ランヴァルドの優しさに感極まっていた。一国の王が、それも巨大な力を持つ魔国の王がウイステリア家を家族と認めたからだ。
それは大国の一家臣でしかないウイステリア侯爵には過分な申し出だった。
エヴァリーナの母も兄もランヴァルドの優しさに胸打たれていたが、ラルフ、クリスには分かっていた。
そう、ランヴァルドはエヴァリーナに好かれたいためならば何でもすることを……
家族を大切に思うエヴァリーナを思えば、ランヴァルドが同じ様にエヴァリーナの家族に優しく接することは当然で
それに早くエヴァリーナ部屋に行ってみたいとランヴァルドが楽しみに思っている事も知っていた。
なのでラルフとクリスは笑いをこらえるのが大変だったことを、ここの誰も……いや心が読めるランヴァルド以外は気付きはしなかった。
応接室に通され一休みした後は、ランヴァルドは念願のエヴァリーナの部屋に行く事になった。
エヴァリーナは「ありきたりの部屋で、特に何かがあるわけではありませんが……」
と恥ずかしそうにしていたが、エヴァリーナの部屋で有るという事がランヴァルドには重要だった。
エヴァリーナがどう育ち、どう生活してきたのか、ランヴァルドはそれが見たかったのだ。
「マオ様、ここが私の部屋でございます……」
「そうか……ここがエヴァの部屋か……」
ランヴァルドは部屋へ入るや否や深く深呼吸をしてエヴァリーナの部屋の香りを楽しんだ。勿論その姿はエヴァリーナには見えていない。
エヴァリーナは部屋の窓を開け、久しぶりに見る自室からの景色を楽しんだ。
景色は変わらないはずなのに、ランヴァルドという婚約者から愛を受けている今、エヴァリーナにはその風景がとても美しく見えた。
ランヴァルドが傍に居るだけで、エヴァリーナはどこまでも幸せになれる。
大国に一緒に戻って来たことで、改めてランヴァルドが傍に居る頼もしさを実感しているエヴァリーナだった。
「マオ様、見て下さい、ここから見える景色が私は一番好きなんです……」
ランヴァルドはエヴァリーナの横へ行き、肩を抱きながらエヴァリーナの好きだという景色を並んで見た。
そこは少し遠くに街の賑わいが見えて、手を伸ばせば街の中へ出かけられそうな気持ちになれる景色だった。
貴族の女性でありながらエヴァリーナは色んな事に探求心がある。
きっと庶民の生活も知りたかったのだろう。
魔国に来るために料理の練習をしていたエヴァリーナのことを思えば、ランヴァルドにはその気持ちが想像出来た。
エヴァリーナはきっとこの国の王妃になるよりも小さな幸せの中にいたかったのだろう。
でも今自分の元へ来たエヴァリーナには、出来るだけの喜びを分け与えたいとそう思っていた。
「マオ様……マオ様には私の心が読めてしまわれますのでお話いたしますが……実はここからは王城が見えないのです……」
ウイステリア侯爵家は王城近くに建っているため、どの部屋からでも王城が見渡せるぐらいだった。
普通であればそれこそが自慢になるものだが、エヴァリーナは城が見えない窓が好きだったようだ。
「私には大国の王城は牢獄のような……鳥小屋のような……そんな窮屈な場所に思える時が合ったのです……」
ランヴァルドにも当然大国でのエヴァリーナの妃教育がどのような物だったかは伝えられている。
元婚約者が頼りにならなかったばっかりに、エヴァリーナにはそれは多くの事が課せられていたようだ。
時には鞭で打たれたり、出来るまでは長時間立たされたこともあったらしい。
きっと幼い頃のエヴァリーナは逃げ出したいときもあっただろう。
ランヴァルドは自然とエヴァリーナの肩を抱く手に力が入った。
そこにエヴァリーナが手を重ねると、ランヴァルドの肩に頭を乗せて来た。
エヴァリーナは今ランヴァルドには自然と甘える事が出来ていた。
それだけ愛されているという自信が持てているという事だ。
大国にいたころのエヴァリーナではあり得ない事だった。
「マオ様……私は魔国の王城がとても好きです……私の居場所はもう魔国の……マオ様の居らっしゃる城だと思っております……こんな私でございますが……貴方様の妻にして下さいますか?」
「エヴァリーナッ!」
気が付けばエヴァリーナの頬には涙が伝っていた。
ランヴァルドはきつくきつくエヴァリーナを抱きしめた。
そう、いくら平気だと言ってもエヴァリーナが受けて来たことを思えば、この大国へ戻ることが辛くないはずが無かった。
近いうちに王城に出向き、婚約の報告もしなければならない。
そう思えば、過去の記憶が甦るのも不思議ではない。
それに結婚の申し込みをエヴァリーナに言わせてしまった事が、ランヴァルドは情けなくてしょうがなかった。
互いに愛を伝え合ってはいたが、きちんと結婚の申し込みはしていなかった。
ランヴァルドは「この腑抜け」とヒメナに言われた言葉を、確かに……と今噛みしめていた。
ランヴァルドはエヴァリーナを自身から離すと、膝をつきその手を取り、そしてエヴァリーナだけを見つめた。
部屋にいたメイドや使用人達は、クリスとラルフの指示で人払いされていて、気が付けば部屋にはエヴァリーナとランヴァルドだけになった居た。
「エヴァリーナ・ウイステリア嬢。私は貴女の美しい心根に一目ぼれした……どうか私の妻になって欲しい……そして私の傍から一生離れないでいてくれ……私は貴女を愛している……どうか私と結婚して、ずっと私を幸せにして欲しい……」
「はい……ランヴァルド様……有難うございます……命ある限り貴方様のお傍にいさせていただきます……」
エヴァリーナはランヴァルドの愛に包まれ、只々幸せだった。
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