第40話大国へ戻る準備
「エヴァ、街へ買い物に出ないか? ウイステリア侯爵……父上達に土産が必要だろう。街でエヴァが見繕うと良い」
魔国での婚約式も無事に終え、エヴァリーナは大国へ帰路に着く準備をしていた。
今回は迎えに来てもらった時と同様に、魔国と大国の国境までは魔国の馬車で空を飛んで行き
その後大国に入ってからは、空を飛ぶ馬車も普通の馬車のフリをしなければならない為、来る時同様に長い旅路となる。
ただしランヴァルドは所々でスピードを出す気でいる様で、どうやら旅路は来た時の半分の日数で済む様だ。
それにランヴァルドのお陰で以前の様に他家の貴族邸に泊まる必要も無いようで、エヴァリーナとしてはこの旅路が楽しみでしか無かった。
何でも魔国には取っておきテントが有るらしく、野営出来る事が貴族女性のエヴァリーナでも楽しみで仕方がなかった。
それにエヴァリーナは元々魔国へ向かう時からも、野営をしてみたいと思っていたため、ランヴァルドのお陰でまた一つ夢が叶った形となった。
そんな楽しみばかりの中での街への誘いである。
エヴァリーナは嬉しくて思わずランヴァルドに飛びついてしまった。
「マオ様、宜しいのですか? 私としてはとても嬉しいですけれど……」
「勿論だ。エヴァが喜ぶのならどこへだって連れて行く。行きたい所をリストアップしておくと良い。宝石店でもドレス店でもどこでも良いぞ」
「いいえ、マオ様と魔国の街中を歩ければ、私はそれだけで十分でございます。マオ様と一緒に出掛けられることがとても楽しみなのです」
「ああ、私もだ。エヴァが気に入った店が有ればその店ごと買い取っても良い、欲しい物が目に入ったら何でも言うが良い」
「マオ様」、「エヴァ」と二人が見つめ合い恋人らしい雰囲気を醸し出していても、ラルフやステファンは気にもせず仕事を進め、マーガレットやメアリーそれにクリスも、そんな逢瀬には慣れきっているため旅の支度を進める中で、ただ一人オヤツを食べていたヒメナだけがゴホンッと咳払いをした。
ヒメナはジロリとランヴァルドを睨み付け、何か言いたそうな表情だ。
それを見たランヴァルドは咄嗟にエヴァリーナを自分の後ろへと隠していた。
「本当に甘っ甘のトロットロじゃのー、ランヴァルド。口から砂糖が溢れ出そうじゃ。ランヴァルド、おぬし婚約が済んだから、やっと安心してエヴァリーナを街へ連れ出せるのじゃろう? ん?」
「ヒメナ、いい加減自分の城へ帰ったらどうだ? 夫と息子達が待っているぞ」
「ひゃひゃっ、図星じゃから話をそらしたのう? まったくお前と来たら、執着が酷い上に心配症とは……もはやそれは病気じゃのー。エヴァリーナ、ランヴァルドの束縛が嫌になったらわらわの所に家出してまいれ。わらわが片時も離れずに可愛がってやるからのー」
「ヒメナ、エヴァに余計なことを言うな」
「おっ、なんじゃ、やっぱり自分でも分かっててやっとるのじゃな? まったく男ならばドーンと構えておれば良いものを、おぬしは蜂蜜のような男じゃ」
「蜂蜜?」
「そうじゃ、甘くてドロっとして手につくとベタベタする。エヴァリーナ、取りすぎには注意が必要じゃぞ、病気になるからのー」
エヴァリーナは二人のやり取りを聞いてクスクスと笑い出した。
なんだかんだと言いながらもこの二人は仲が良い。
ヒメナはランヴァルドが可愛いから揶揄い。
ランヴァルドはランヴァルドでヒメナには遠慮なく物を言える。
そんな二人の様な素敵な関係にいつかエヴァリーナもランヴァルドとなれたら良いと、二人のやり取りを見ながらエヴァリーナはいつもそう思っていた。
「私もいつかヒメナ様の様な素敵な女性になりたいです……」
エヴァリーナがそう呟けば、ヒメナは喜び、ランヴァルドは顔色が悪くなってしまった。
ランヴァルドとしては今のままのエヴァリーナでいて欲しい様だ。
ヒメナの手前口に出しては居なかったが、ガックリと肩を落とし、苦い顔をしながら首を横に振っていた。
周りの者達は仕事の手を止め、そんなランヴァルドに同情する様な視線を送っていた。
ヒメナが二人……
それはランヴァルドだけでなく、皆も想像したくはない事の様だった。
そして約束通り街に出掛ける日がやって来た。
エヴァリーナは今日は目立たない様に、庶民の女性に今人気のワンピースというものを着ている。
マーガレットとデイジーがわざわざ準備してくれた物らしく、水色の生地にふわりとしたレースも付いていて、とても可愛いらしいものだ。
胸元には同じ生地のリボンが付いていて、丈は普段のドレスよりもかなり短く、高位貴族令嬢のエヴァリーナとしては初めて着る丈の長さだった。
女性にしてはどちらかと言えば背の高いエヴァリーナは、こんな可愛いワンピースが自分に似合うのかと少し不安だった。
けれどクリスもマーガレットもデイジーも大絶賛してくれて
これならランヴァルドがまたエヴァリーナに惚れ直すこと間違いないと、自信満々そうだった。
そのお陰でエヴァリーナも少しだけ気持ちに余裕が出来た気がした。
そして長い金色の髪は緩い三つ編みで一つにまとめ、右肩に流れるように編んでくれている。
これならば帽子を被っても髪が崩れないだろう。
鏡の中の自分を覗けば、普段より少し幼く見える自分の姿が写っていた。
キツめの顔立ちを気にしていたエヴァリーナだったけれど、ふんわりと優し気な装いのお陰で今日は自分のコンプレックスがあまり気にはならなかった。
「クリス、マーガレット、デイジー、有難う。今日はとても可愛いらしく見えるわ」
「まあ、エヴァリーナ様は可愛いらしいのではございません。いつも可愛いのでございます。エヴァリーナ様はもっとご自分の容姿に自信をお持ち下さい」
「そうです。エヴァリーナ様はあのランヴァルド様が夢中になる程の方なのです。世界一の美女と言っても宜しいぐらいですよ」
「フフフ、二人とも有難う。お世辞でも嬉しいわ」
エヴァリーナの言葉に二人がまた答え様としたところで、部屋をノックする音がした後ランヴァルドが入って来た。
エヴァリーナの姿を一目見ると、ランヴァルドは真っ赤になってしまった。
「な、な、な、丈は、が……」
「マオ様……あの……似合いませんか?」
エヴァリーナがスカートのすそを摘まみ、ドレスの裾を振りながらそう問いかければ、ランヴァルドは言葉が出ないのか、フルフルと首が取れてしまいそうなほどの勢いで左右に頭を振り、「良く似合う……」と肯定してくれた。
その言葉にエヴァリーナがホッと胸をなで下ろすと、ランヴァルドは赤い顔のまま目頭を押さえていた。
「……こんなにも可愛いエヴァリーナを外に出すのは不安だ……」
そうランヴァルドが呟いた声は、すぐ後ろにいたラルフとステファンだけにしか聞こえなかった。
今日は尚更ランヴァルドの執着が強い一日になりそうだと、二人は小さなため息をついていた。
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