第三章 魔国の王
第23話幸せな生活
エヴァリーナが魔国に来てから早い物で二週間が過ぎていた。
傍付きのメイドとなったマーガレットとデイジーとの関係は良好で、二人はもう大国の令嬢であるエヴァリーナの事を恐れてはいない。
それよりも他の者たちの目がないところでは、友人の様に過ごすことが出来ている。
あれから三人での朝のお茶タイムは続いていて。
毎朝30分ほどお茶を飲みながら会話を楽しむ時間を設けている。
それはエヴァリーナが自身が身支度を整えられるという事が大きい。
マーガレットとデイジーの仕事が減る分だけ自由時間が増えるのだ。
これは三人の秘密でもあった。
それからランヴァルドから許可を得て、週に一度だけ厨房へと顔を出していた。
やることは野菜を切ったりと一番下っ端の料理人の手伝いと言えるものだったが、それでもエヴァリーナは楽しくて仕方がなかった。
魔法でスープがかき回され、魔法で野菜が洗われる。
そんな様子を見ているだけで魔国を夢見ていたエヴァリーナには至福の時間であった。
料理人たちとも少しづつだが会話をする様になって居て、悪い噂の昔話に出てくる冷酷の姫とエヴァリーナは違うと分かって貰えていた。
料理長とは大国のお菓子の話などで盛り上がり、楽しい時間を過ごすことが出来ていた。
そして図書室へ足を運ぶこともエヴァリーナの楽しみでもあった。
この魔法の国の図書室は図書館と行って良いほど大きなもので、離宮の様に離れていてそこには本だけでなく沢山の資料も並べられていた。
エヴァリーナはそこで大国に無い魔法について書かれている本を読むことが好きだった。
エヴァリーナの自室にも書棚に本は沢山用意されていたのでそちらを読んだり、図書室で借りた本を読んだりと、沢山の本を読み魔国の知識を得て行った。
そこで魔国の一般の者たちはそれ程多くの魔法を一日に使えない事も知った。
マーガレットとデイジーも魔法を使うのはエヴァリーナのドレスを整えたり、湯浴みの後のエヴァリーナの髪を乾かしたり、高い場所を掃除する時ぐらいなどだけで、後は殆ど魔法を使って居なかった。
皆魔法を使うには体の中の魔力を使うのだそうで、一日に決まった量しか魔力は使わないようにしている様だった。
魔力が体から無くなり過ぎると体調不良に陥ったり、亡くなってしまう危険もあるそうだ。
そんな魔国の人間ならば誰もが知っているような事をエヴァリーナは今学んでいる所だ。
エヴァリーナには魔国の教養を教える教師が付いていて、彼女の教育を受ける時間が毎日有る。
その教師の名はランジアと言って、大国で受けていたどの教師よりも穏やかで優しい女性だった。
エヴァリーナから大国での妃教育の話を聞いたランジアは
「まあ、厳しくすれば身に付くと思っているのかしら?」
と呆れて居る様子だった。
確かに優秀と言われていたエヴァリーナでさえ何度か鞭で打たれたこともある。
出来るまでは立たされ続けたこともあった。
そう考えれば物語の中冷酷の姫の話も、そう言った教育のせいでは無いかと思えるもので、その姫は受けた教育をこの国でそのまま披露しただけの被害者だったので無いかとも思えていた。
今となっては史実は誰にもわからないところだけれど……
そして一番驚きがこの国の王であるランヴァルドの変わりようだった。
あれ程無口で恥ずかしがり屋だったランヴァルドは今は居ない。
エヴァリーナが心を読まれても気にしないと言ってからは
ランヴァルドとエヴァリーナの距離は大国の婚約者ではあり得ない程近い物になっていた。
朝食で顔を合わせればランヴァルドからの頬へのキスは当然で
忙しい中部屋にまでエスコートをしに来てくれる。
それに就寝前には必ずエヴァリーナの顔を見に部屋までやって来てくれて、エヴァリーナの額に口づけを落し「いい夢を……」と言って離れていく。
これ迄幼い頃ならば母親にされたことは有っても、エヴァリーナは婚約者にそんな事はされたことは無かった。
それにエヴァリーナがトキメキを感じている事がランヴァルドには全て筒抜けになる。
ランヴァルドの傍に居るときだけ心が落ち着かないエヴァリーナだった。
「エヴァ、昨日の夜はぐっすり眠れたかい?」
「はい、マオ様の魔法のお陰で昨夜も安眠でございました」
「それは良かった」
そう言いながらランヴァルドはそっとエヴァリーナの頬に触れ小さな笑みを浮かべる。
そして手を握るとエスコートをしながら食堂へと向かう。
これがあの話の後からの毎朝の日課だ。
ランヴァルドに触れられる度、そこが熱を持ち、胸がときめくのがエヴァリーナには分かる。
これ迄感情を抑えるように教育されて来たエヴァリーナでも、この気持ちは知っている。
けれどランヴァルドの傍では自分の気持ちに気付かないようにしていた。
心の中でランヴァルドの事を好きだと思えば、それは全てランヴァルドには分かってしまう。
政略結婚であるランヴァルドに自分と同じ気持ちになって欲しいとはエヴァリーナは言えなかった。
もうこれだけ婚約者として大切にされて居れば十分だとそう思っていた。
この国が好き……
エヴァリーナは今穏やかで、温かい幸せの中にいるのだった。
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