第22話ランヴァルドの能力

 ラルフの笑い声が収まると、ランヴァルドが心配げな表情でエヴァリーナに訪ねて来た。


「本当に心が読まれて気持ち悪くないのか」と……


 エヴァリーナは不思議なほどランヴァルドの能力を聞いても嫌悪感を持つことは無かった。


 それよりも魔法の国ならばそれぐらいの事はあっても不思議では無いと思っていた。


 それに何よりも怖いのは大国で感じていた裏表のある人間たちだ。


 笑顔を浮かべ甘い言葉をささやき裏で暗躍する。


 元婚約者に付いていた側近や、王子に気に入られようとする貴族達がまさにそうだった。


 そんな者たちを沢山見てきたエヴァリーナは、ランヴァルドが心を読めることがむしろ嬉しいぐらいだった。


 言わなくてもエヴァリーナがこの魔国を好いている事がランヴァルドには伝わるのだ。


 それに感謝の気持ちも常に伝わる。


 勿論言葉で伝えることを蔑ろにするつもりは無いが、常に魔国へ来れたことの喜びが伝わることはエヴァリーナにとっては幸福だった。


「マオ様、私は心が読まれても何も問題ございません。有難いぐらいでございます……ですが……その……マオ様を可愛いと思う事だけはお許しくださいませ……止めることは出来ませんから」

「……ん……」


 今回ばかりはエヴァリーナの方がランヴァルドよりも顔が赤かった事だろう。


 自分でも頬に熱を持っている事が分かるぐらいだった。






 その後はランヴァルドにどれくらい近づくと心が読まれるのかを教えてもらった。


 それは大体エヴァリーナの腕の端から端辺りまでだった。


 そして部屋に入るぐらいの距離でも強い感情は伝わって来るそうなので、エヴァリーナはランヴァルドを可愛いと思うときはなるべく距離を取るべきだと悟った。


 でもそこでまたランヴァルドと視線が合い、この考えが読まれている事が分かり頬が熱くなった。


 ラルフのニヤニヤ顔は説明の間中ずっと続いていた。




「そう言えば……もしかして……マオ様は姿を変えられる能力もお持ちなのですか?」


 旅先で出会ったあの大きな鳥の事を思いだし、ふと訪ねてみれば、ステファンとあれだけニヤついていたラルフの表情が一瞬で変わった。


 二人共ランヴァルドの事をギロリと睨み無言の圧を送っている。


 ランヴァルドはそんな二人から分が悪そうな表情を浮かべ顔を背けている。


 どうやらこの事は言ってはいけなかった様だ。


 エヴァリーナが心の中で申し訳ないと謝っていると、ランヴァルドが慌てて口を開いた。


「エヴァは悪くない、私がエヴァに一目会いたかっただけだ」

「では、あの大きな鳥はやっぱりマオ様でしたのですね?」

「……ん……済まない……到着を待ちきれなかったのだ……」


 ラルフとステファンがため息をつく表情を見て、それがランヴァルドが勝手に抜け出した所業だと分かった。


 けれど自分に会いに来てくれたのだと思うと、エヴァリーナは二人には申し訳ないが嬉しい気持ちで一杯になっていた。


 それに初めて ”エヴァ” とランヴァルドが呼んでくれたことも重なり、鼓動がドクンと跳ねたのが自分でも良く分かった。


 この嬉しい気持ちもきっと黙っていてもランヴァルドには伝わるのだろう。


 けれどエヴァリーナは自分の言葉でランヴァルドに感謝を伝えたかった。


「マオ様、私を歓迎してくださって有難うございます……とても嬉しゅうございます……」


 これ迄の大国での出来事を思いだすと、エヴァリーナはランヴァルドに歓迎されたことが奇跡の様に感じていた。


 憧れの国に来れただけでなく歓迎されている。


 それがエヴァリーナにどれ程喜びを与えているか……


 きっと誰にも分からないだろう。




「エヴァ、有難う。君がこの国を好きでいてくれて私は嬉しい……」

「マオ……さま……」


 ランヴァルドの言葉に自分のこの気持ち全てが伝わっている事が分かった。


 淑女の見本になる様にと、王妃教育で感情を抑えるように教育されて来たエヴァリーナだったが、今は喉の奥が熱くなり、視界がジワリと揺れているのが分かった。


 涙が出そう……


 そう思った時、温かな温もりに包まれていた。


 それはランヴァルドが席を立ち、エヴァリーナの事をぎゅっと抱きしめていたからだ。


「エヴァ、泣きたいときは泣いて良い……そなたは家族だ……ここには私の家族しかいない……我慢する必要は無いのだ……」

「マオ様……」


 優しくて、温かくて、大きくて、安心できるランヴァルドが、壊れ物でも扱うかのように、エヴァリーナを抱きしめそっと頭を撫でた。


 大国の貴族社会では例え家族であってもこんな風に人前で抱きしめたりなどしない。


 けれどエヴァリーナはランヴァルドが ”家族” と自分の事を表現してくれたのが嬉しかった。


 マオ様といると嬉しい事ばかり……


 ドクンドクンと自分の鼓動が聞こえ、ランヴァルドと視線が合った。


 ランヴァルドの優しい瞳を見つめると、不思議とその鼓動はもっと大きくなった。


 まるで二人だけの世界……の様だと感じていると


 そこでゴホンッとステファンの咳ばらいが聞こえた。


 ランヴァルドとエヴァリーナは気が付けば抱きしめ合い見つめ合っていた。


 エヴァリーナは恥ずかしくなり慌てて離れた。


 けれどランヴァルドの方は残念そうな表情をしていた。


「やっぱりランヴァルド、お前はムッツリだなー」


 そう言いながらラルフは嬉しそうにニヤニヤ笑い続けていた。


 ムッツリとは何だろう?


 エヴァリーナは後でマーガレットとデイジーにその言葉の意味を聞いてみようと思ったのだった。


 

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