第21話可愛いと思う事は罪ですか?

 昼食の為にエヴァリーナが案内されたのは食堂ではなく魔国の王であるランヴァルドの自室だった。


 エヴァリーナは少し緊張しながらも案内された席へと座った。


 ランヴァルドは今回も既に席に着いていて、エヴァリーナの到着を待っていてくれたようだった。


 部屋にエヴァリーナが入って来た時、やはり新しく着替えた水色のドレスにランヴァルドの視線が向かって居たのが分かった。


 ランヴァルド自身が準備してくれたドレスをエヴァリーナが着て現れた事が嬉しかったのか、無表情なその口元がほんの少しだけ緩んでいるのが分かった。


 それに席に着いた時「……似合っている……」と小さな声で呟いていた。


 笑顔でそれに礼を述べれば「……ん……」といつものごとく返事が返って来た。


 頬を染めるランヴァルドを見ると、愛おしくて仕方がない。


 この不思議な気持ちを何と表現すればいいのだろうか……


 世界一有名な国である魔法の国を治め、他国からは冷酷非情恐れられているランヴァルドが、まさかこれ程可愛い人物だと誰が思うだろうか。


 それにエヴァリーナに対する態度もだ。


 口数は少ないがそれがただ照れているだけだと思えば愛着しわかない。


 「……ん……」と小さく答える声がいじらしくも感じる。


(マオ様は本当に可愛らしい方だわ……)


 エヴァリーナがそう思うとぱちりとランヴァルドと目が合った。


 サッと目を逸らされたが、またすぐにエヴァリーナの事を見てくる。


 この態度は昨日も見たことをエヴァリーナは思いだした。


 そう何か言いたくて言いだせない時、ランヴァルドはこの態度をとる。


 思わずまた可愛いと思い口元が緩むと、ランヴァルドが口を開いた。


「話がある……」

「はい、何でございましょうか?」


 カトラリーを置きランヴァルドを見つめれば、目が合った瞬間ランヴァルドの頬は真っ赤に染まってしまった。


 何か言いにくい事なのだろうか? とエヴァリーナが首を傾げていると、ステファンが給仕をする使用人たちを皆下がらせた。


 それはエヴァリーナ付きのマーガレットとデイジーも同様で、今この部屋にはランヴァルドとエヴァリーナ、それに真剣な表情のステファンと、ニヤニヤ顔をしているラルフだけになった。


 それだけで重要な話であることはエヴァリーナにも分かった。


 もし婚約は無かったことに……と言われてもエヴァリーナは暫くの間は魔国に滞在させて貰いたいと思っていた。


 それぐらいエヴァリーナは既にこの魔国に夢中になっていたのだった。




「実は……私は……」

「はい」

「その……」


(もしかして、これ程言い辛そうなのは他に大切な相手がいらしゃるからかしら? それならばそれで私は身を引いても――)


「違う! そうでは無い!」

「えっ?」


(もしかしてマオ様は……)


「……そうだ……黙っていて済まない……私は近くに居る者の心の声が聞こえてしまうのだ……」

「まあ、そうなのですね……」


 そう言えば……とエヴァリーナは昨日からの事を思いだしてみた。


 馬車の中でも、食事の最中でも、ランヴァルドはエヴァリーナの気持ちが分かるかのようだった。


 それに今もエヴァリーナの心の声に返事をしていた。


 きっとこの事はランヴァルドにとってもこの国にとっても重大な秘密なのだろう。


 人払いをしての話という事はここに居る者たちしかランヴァルドの能力を知らないという事だ。


 その事に気が付くとエヴァリーナはランヴァルドに受け入れて貰えている気がして嬉しくなった。


 それに別に心の声を聞かれてもエヴァリーナには不都合はない。


 けれどランヴァルドは聞きたくもない相手の声が勝手に入ってきてしまうのは大変だろうとも思った。


 善意だけならまだしも、人の聞きたくない悪意迄聞こえてしまうのだ。


 ランヴァルドがそれにずっと耐えて来ていたのかと思うと、凄く悲しくもなった。



「申し訳ございません……」


 エヴァリーナが頭を下げればランヴァルドだけでなくラルフとステファンまで目を見開いた。


「や、やはり……嫌だったか……」

「いいえ、そうでは無くて……」


 エヴァリーナはランヴァルドと出会ってからのこれ迄の自分の思考を思いだしていた。


 これだけ立派な王に対してエヴァリーナが思い浮かべていたことは……


 可愛い人……


 だった。


 きっとランヴァルドには不快な思いをさせていただろうと思うと、申し訳なさが募ってきた。


 でもここで黙っていても、誤魔化したとしても


 エヴァリーナがランヴァルドの事をどうしても可愛いと思ってしまう事は止められない。


 ならば正直に話すしかなかった。


「私……陛下の事を……マオ様の事を何度も何度も可愛いと思ってしまいました……お嫌ではありませんでしたか?」


 そう言ったあとエヴァリーナは勇気を出してランヴァルドの顔を見た。


 ランヴァルドは離れていても熱が伝わる程顔を赤く染めて居た。


 ただ視線はジッとエヴァリーナの事を見ていたため、嫌では無かったことは分かった。


 これからも可愛いと思い続けて良いのだと思うと、エヴァリーナはホッとし安堵の笑みを浮かべた。


「だははははっ! エヴァちゃん! あんた面白いなっ! ガハハハッ! 気にいった、気に入ったぞっ!」


 部屋中にラルフの笑い声が響き、それを見たステファンはあきれ顔を浮かべていた。


 そしてエヴァリーナとランヴァルドは自然と見つめ合い、お互いに微笑みかけたのだった。

 

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