第52話番外編 王の側近
ラルフがランヴァルドと出会ったのは、ラルフが15歳、ステファンも15歳、そしてランヴァルドが10歳の時だった。
ラルフはある朝突然、親に連れられ王城へと向かう事になった。
ラルフは特に高位の貴族ではない。
魔国の中の一般的な騎士の子で、ラルフは跡取りでもないため、将来的に貴族ではなくなる子供だった。
15歳で成人し、騎士にはなったが、位が高い訳ではないので、当然王城に勤める騎士ではなく、街を見守る警備隊といえる役職に就く……予定だった。
それなのに突然「明日王城へ行くぞ」と父に告げられ、今現在控えの間で待機している所だ。
ラルフは何のために呼ばれたかがさっぱりわからなかった。
確かにラルフは剣の実力は若手の中でピカ一だ。
それに魔力も豊富なほうだ。
けれどそんな奴は他にもいるし、探せば自分よりも強い奴はいるだろう事も分かっていた。
なので何故呼ばれたかが全く見当が付かない。
そんな中で暫くすると、ラルフでも知っているステファンが同じ様に親に連れられてやって来た。
ステファンは学園で有名で、高位の貴族の息子だ。
なのに柔軟な性格で、ラルフのような貴族とも呼べない人間にも平等に接する良い奴だった。
けれど特に仲良しだったわけではない、そもそも学んでいた科目が違う。
ラルフは騎士科だし、ステファンは勉強が良く出来る者が集められた特進科だった。
話したことはあるが挨拶程度と言える。
ステファンも部屋に入るなり、ラルフを見て首を傾げた。
きっとステファンも呼ばれた理由を聞かされていないのだろうと、その様子でラルフは分かった。
一体これから何が起きるのか?
そんな事を悶々と考えて居ると、面会室へ移動することになった。
そして暫くすると、一人の子供が使用人に連れられてやって来た。
黒い艶やかな髪に、赤い瞳。
ズボン姿では無ければ女の子に見えるほどの美しい容姿。
そして「殿下」と呼びながらラルフとステファンの父親が頭を下げた事で、この美しい少年が自分たちの魔国の王子であるランヴァルドだと分かった。
ラルフとステファンも父親と同じ様に慌てて頭を下げた。
「殿下、我が息子のラルフです。本日は宜しくお願い致します」
だから一体何がお願いしますなんだよ? と思いながらラルフももう一度頭を下げる。
「殿下、アーネスト家次男、ステファンでございます。宜しくお願い致します」
横を見ればステファンも困惑気味にまた頭を下げていた。
そして王子は「……ん……」とだけ答えると、席に着きラルフとステファンと向かい合った。
その後すぐにラルフ達の父親は退出し、今は人払いもされ、部屋には三人だけになった。
お茶やお菓子は出されてはいたが、何で呼ばれたのかも分からないため話す事など見つから無い。
一体これは何なんだ? お見合いか? いやいや、相手は少年、それも王子だぞ。
とラルフが考えて居ると、ステファンもこの空気に居た堪れなくなったのだろう、口を開いてくれた。
「殿下、失礼ですが、本日はどうして我々が呼び出されたのでしょうか?」
「……ん……ランヴァルドでいい……」
「はい……それではお言葉に甘えまして……ランヴァルド様、我々はどうして……」
「二人は悪くなかったから」
「えっ?」
「へっ?」
「二人は心地悪くなかったから」
ラルフもステファンもまた「えっ?」と「へっ?」が出そうだったが何とか堪えた。
けれど質問に答えたランヴァルドは言い切った感丸出しで、自分の気持ちがこれで伝わったはずだろうと、得意げな様子だった。
もしかして自分たちは王子の世話係になるのか? とラルフが考えて居ると、ランヴァルドが「……ん……」といいながら頷いた。
もしかして王子は心が読めるのか? とラルフが考えて居ると、ランヴァルドがまたまた「……ん……」と言って頷く。
隣を見ればステファンも自分の心の中の問いにランヴァルドが答えたと思ったのか、驚いた表情をしていた。
きっと今自分はステファンと同じような間抜けな顔をしているのだろう……そう思っていると、またランヴァルドが「……ん……」と頷いた。
その返事にラルフは、王子の前だという事も忘れ笑いだしてしまった。
そう、魔国では魔力が多すぎて生まれると、心が読めるようになると、伝説のような言い伝えがあった。
まさか王子がそんな力を持っているとは……
確かにこれまで王子には側近と呼べるものは居なかったはずだ。
候補者は何人もいただろうが、心を読めばランヴァルドは自分への忠誠心も分かった事だろう。
でも何故自分が?
これ迄ラルフは城で王子を見かけた事は有ったかもしれないが、言葉を交わしたことも、傍に寄った事も無かった。
それに自分は別に王家に強い忠誠心があるわけでもない。
いずれ庶民になる。
それが分かっていただけに、ラルフは特に王家に使えたいとも思っていなかった。
なのでラルフには自分が王子の側近に選ばれた理由がやっぱりわからなかった。
「……ラルフは……心の声が……そのまま言葉にも顔にもでる……」
「へっ?」
「……ステファンは……いつも真面目な事しか考えて居ない……」
「えっ?」
「二人の心根は優しい、綺麗、心地いい、僕が自分で見つけた。だから呼ばれた」
つまりランヴァルドは幼いながら自分で自分の側近を探したという事だろか……
ランヴァルドが自らそうしなければならない程、今まで周りの人間の心には裏表があったのかもしれない。
王家に仕える人間たちだ、裏表もあり、野心もあって当たり前だけれど……
まだ幼いランヴァルドの姿を見て、ラルフはなんだか目頭が熱くなって来た。
人の心の声など、きっと聞きたくなどなかったことだろう。
そう思うと、ランヴァルドのこの小さい体にどれ程の苦労が乗せられていたことか……とラルフは胸が痛くなった。
ステファンも何やら思う事が有ったのか、目頭を指で押さえていた。
「ランヴァルド様、では、その……我々が側近となったらまず何がしたいでしょうか?」
泣きそうなことを誤魔化す為にラルフがそうランヴァルドに問いかけると、可憐な少女のような顔に初めて笑顔が浮かんだ。
ランヴァルドの整った美しい顔が、乙女のように花開き、ぱあっと明るくなる姿はとても可愛らしい物だった。
「僕、お外に出てみたい」
「外? 城の外ですか?」
「ううん、お部屋の外……図書室とか、温室とか……見に行ってみたい……」
「「行きましょうっ!」」
ステファンもラルフも気が付けばランヴァルドと手を繋ぎ、部屋から飛び出していた。
これ迄ランヴァルドは人の心が読めるせいで、外に出ると気持ち悪くなることも多く、部屋から余り出られなかった様だ。
その上魔力が多いため、調整できるような歳になるまでは、閉じ込められるように部屋で過ごしていた事だろう。
それが分かったラルフとステファンの二人は、この後ランヴァルドの心を守る様にしながら、城のあっちこっちをランヴァルドが満足するまで歩き回った。
そしてラルフとステファンは、翌日から王子の正式な側近となり、城で暮らすことになった。
ただしこの先、心が読めるためランヴァルドの妃探しに苦労することを、この時の二人はまだ分かってはいなかった。
これはまだエヴァリーナが生まれる前のずっと昔の話。
そう、魔国の王が初めて信頼できる友を得た時の想い出だった。
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