第53話番外編 ヒメナと子供たち

「ヴィヴィアンヌ、シルヴェストル、迎えに来たぞえ、さあ、遊びに行くぞよ」

「ヒメナちゃま」

「ヒメナちゃま」


 ヒメナは今魔国の王城に、エヴァリーナとランヴァルドの娘のヴィヴィアンヌと、息子のシルヴェストルを迎えに来ていた。


 エヴァリーナが三人目の子を妊娠中という事もあり、子供たちのお世話を請け負ってくれたのだが、只々可愛い子供たちに会いたかったという理由付けでもあった。


 エヴァリーナの傍にはマーガレットとデイジー、それにクリスもいるため、特に出産に向けても、子供たちの世話も、手が足りなくて困っているわけではない。


 見た目がランヴァルド似の長女ヴィヴィアンヌと、見た目がエヴァリーナ似の長男シルヴェストルの可愛さに、ヒメナが会いに来たいだけだった。




 相棒のビルテゥスに二人を乗せ、早速竜人族の里へと向かう。


 ヴィヴィアンヌは既に10歳で、ある程度の魔法は使えるため自分でビルテゥスに飛び乗った。そしてシルヴェストルはまだ五歳の為、ヒメナが抱えてビルテゥスに乗せた。


 二人がビルテゥスに乗って喜ぶ姿を見ると、エヴァリーナと初めて空の散歩に出た日の事を思いだす。


(あの時のエヴァリーナは可愛かったのう……)


 ヒメナは母親になってもなお、美しく素直で可愛いエヴァリーナの事が愛おしくて仕方がない。


 そしてそんな母親に似て素直に育っているヴィヴィアンヌとシルヴェストルの事も、勿論目の中に入れても痛くない程に可愛くて仕方が無かった。




 はしゃぐ二人を連れて竜人族の里に無事に着き、先ず向かうはヒメナの夫がいる執務室だ。


 ヒメナの夫は婿養子で、里の姫で有ったヒメナとの勝負に勝ち、婚姻を勝ち取った。


 ただし普通の力勝負ではない、魔国の血が流れるヒメナに物理的に勝てる竜人族の人間は一人もいない。


 そう大食い大会での勝負に勝った夫に、ヒメナが逆プロポーズをしたのだ。


「そなたのあの食べっぷりに惚れたのじゃ! わらわの夫にならぬか?」


 ヒメナの夫オウエンは、勿論これを受けた。


 そもそも大食い大会自体がヒメナの夫探しの為に開かれた物だったので、オウエンにはヒメナのプロポーズを断る理由もなかった。


 そんな二人が今も仲が良いのは、食の趣味が合うからでもあった。



「オウエン、戻ったぞよ」

「ヒメナ様、お帰りなさいませ。ヴィヴィアンヌ様、シルヴェストル様、ようこそ竜人の里へお越しくださいました」

「オウエンおじ様、こんにちは」

「オウエンおじ様、お邪魔いたします」


 オウエンはヒメナの夫となっても、仕事中は臣下としての関係を崩しはしない。


 オウエンは元々は貧しい村の出で、竜人族では余りなり手が居ない事務官を目指して竜人の城へとやって来た男だった。


 体も竜人族の男性にしては細身で有り、顔つきも優し気だ。


 なのにこの細い体にしてあれだけの量を食べ切ったため、尚更皆に驚かれた。


 そしてヒメナの夫としても、そして里の為にも、オウエンは最適な人材だった。


 事務仕事が得意なオウエンがいるからこそ、竜人の里が成り立っているともいえる。


 だからこそ気軽にヒメナは出かけることが出来るし、それにヒメナの大好物のリンゴを、ここ迄美味しくしたのもオウエンの功績だった。


 ヒメナは心の底からオウエンを愛し、信頼していた。


 二人は今も若い恋人同士の様だった。


「オウエンおじ様、タツミちゃんとニチカちゃんとミオウちゃんは?」

「ああ、あの子たちなら外で訓練をしていますよ。一緒に練習に参加してきても宜しいですよ」

「本当に? 僕行きたーい」

「ヒメナちゃま、私も行きたいです。お父様から習った魔法を使ってみたいの」

「うむうむ。すぐに行こうでは無いか、久しぶりにわらわもあの子達を鍛えてやろうかのう」

「わあー、ヒメナちゃまの戦う姿見たーい」

「私もです。ヒメナちゃまはこの国で一番強いのでしょう?」

「うむ、勿論じゃ。良し、任せておけ、わらわがあの子達に稽古をつけてやるからのう、さあ、早速向かうぞえ」


 可愛いヴィヴィアンヌとシルヴェストルに持ち上げられ、ヒメナのやる気スイッチが入った。


 子供たちに良いところを見せなければ!


 張り切ったヒメナの相手をしたタツミ、ニチカ、ミオウの三人は、この後三日間も寝込むことになった。


 まだまだ母親には勝てない三人だったが、これは父親であるオウエンの作戦でもあった。


 そう執務仕事を嫌がる子供たちへのちょっとしたお仕置きだ。


 いずれ三人の中の誰かがヒメナの跡を継ぐのだが、三人とも王になることを嫌がっている。


 少し大人になって貰おうとけしかけた作戦は功を奏し、三人は怪我明けには仕事熱心になったそうだ。


 まだ10歳ながら魔法が使えるヴィヴィアンヌにも良い様にやられたことが、相当ショックだったようだ。


 三人の成長はまだまだこれからなのかもしれない……



「ヴィヴィアンヌ、シルヴェストル、夜の散歩に行くかえ?」

「行きます!」

「いくー!」


 ヒメナは夫のオウエンも誘い、子供たちとビルテゥスとの夜空の散歩を楽しんだ。


 満天の星空に子供たちが「わー」と歓声を上げる。


 その姿を見ているだけで、ヒメナは大満足だった。


 エヴァリーナが魔国に嫁いできてからヒメナはとても楽しい。


 エヴァリーナという友人が出来ただけでなく、塞ぎがちだったランヴァルドも明るくなり、以前のように揶揄い……いや、可愛がりやすくなった。


 それにこの愛しい子供たち。


 孫のような、自分の子供のような、そして友人でもあるような……


 宝物が沢山増え、今のヒメナはとても充実していた。


「さあ、飛ばすぞえ、しっかり捕まっているのだぞ」


 子供たちのはしゃぐ声と、ヒメナの笑い声が夜空に響いた。




 そして翌日、エヴァリーナの第三子出産の報告が届き、ヒメナは子供を連れて大急ぎで魔国へと向かった。


 今度の子も可愛がろう。


 ヒメナはそう思っていた。


 

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