第51話番外編 クリスの煩悶
クリスは自身の主であるエヴァリーナが結婚式を無事に終え、ホッとしたのもつかの間、ある悩みを抱えていた。
それは魔法の国の人間と、大国の人間との寿命の長さの違いだった。
魔国の王であるランヴァルドは既に100歳を超えているのにも拘らず、二十歳前後の青年にしか見えない。
エヴァリーナやクリスは大国出身の普通の人間だ、ランヴァルドとは違いいずれは年を取る事だろう。
そうなった時に傷つくのは恋をしているエヴァリーナだ。
ランヴァルドはあの執着ぶりから考えれば、エヴァリーナが年を取ろうが構わず愛してくれる事は容易に想像が付く。
けれど、女性としては愛する人には美しい自分を見せていたいもの。
クリスはそんな起こりうる未来を考え、この寿命問題をランヴァルドの側近であるステファンに相談することにした。
「ステファン様、今夜、お時間を作って頂けることは可能でしょうか?」
エヴァリーナにもランヴァルドにも気付かれないように、隙を見てクリスはそっとステファンに話しかけた。
勿論ヒメナと、ラルフにも気付かれないようにする。
あの二人に話を聞かれれば、違う意味で大騒ぎとなりそうだ。
ランヴァルドを揶揄う事が好きなヒメナと、ラルフには、エヴァリーナの事を思えば聞かれたくはない事だった。
「夜に……私と? 二人で? ですか?」
「はい、二人きりでお願いします。出来れば私かステファン様の部屋ですと有難いのですが……」
「ゴホッゴホッ、わ、私の部屋ですか?」
「ええ……その? 御迷惑でしょうか?」
「い、いいえ、全然……あの、ええ、その、構いませんよ……いつでも、遠慮なく、堂々と、い、いらして下さい」
「有難うございます。では、湯浴みを終えましたら向かわせて頂きます」
「ゆっ! ゆあ」
ステファンが大きな声を出しそうだったので、クリスは咄嗟にステファンの口を押えてしまった。
それが息苦しかったのか、ステファンは真っ赤になっていた。
クリスは耳元で「では、夜に……」とだけ囁くと、ステファンから離れエヴァリーナの元へと戻った。
ステファンはクリスに気を使ってか、暫くそこで立ち止まっていたようだ。
一緒に戻ればエヴァリーナやラルフに何か怪しまれると思ったのかもしれない。
クリスは(流石ステファン様だ……)と、心の中で同じ側仕えとしてステファンに尊敬の念を抱いていた。
そして夜になり、クリスは寝間着姿のまま、そっと闇夜に紛れてステファンの部屋へと向かった。
昼間失念して居たのが、ランヴァルドが心を読めるという事だった。
ステファンがクリスから遅れて両陛下一緒の執務室へと戻ってくると、ランヴァルドは驚いた顔でステファンの事を見つめていた。
そして時折クリスの顔を見ては首を傾げていたので、もしかしたらステファンはランヴァルドに心が読まれないようにと、上手く調整してくれていたのかも知れないと気が付いた。
そうでなければあの場でランヴァルドが何かしらクリスに話しかけていたはずだろう。
(やっぱりステファン様は仕事が出来る方ですね……)
とクリスが何度も同じ傍付きのステファンの仕事ぶりに感心していると、あっという間に時間は立ち、約束の夜を迎えていた。
そしてクリスはステファンの部屋の前に着き、そっと扉を叩いた。
ステファンも寝間着姿かと思いきや、きちんとした服装で向かい入れてくれた。
クリスはこんな格好で申し訳ないと思ったが、流石にこの時間で仕事着を着ていようものならば、誰かと会った時に怪しまれる。
その為無礼をお詫びして寝間着のままステファンの部屋へと入ったが、ステファンは無表情でそんな事は気にもしていない様だった。
ただしお酒が入っているのか顔は真っ赤だったけれど……
「ステファン様、こんなお時間に申し訳ございません。ですがどうしてもステファン様にお話を聞いて頂きたくて……」
クリスは手を胸の前で組み、ステファンを見上げながら懇願した。
クリス本人は忘れているが、クリスは普段は男性の服装をしているが女性であり、それもかなりの美人だ。
これまでエヴァリーナの傍にいて、男性に声を掛けれられることは今迄沢山あった。
けれどクリス本人はウイステリア侯爵家と縁を繋ぎたいからだと思い込んでいた。
そうつまり、今ステファンは自分の目の前に好きな女性が可愛らしい寝間着姿でいて、それも上目遣いにお願いをされている状態だ。
お酒を飲んでいなくとも顔が赤くなることは当然だった。
理性と戦うステファンはどうにか自分の欲望にうち勝ち、クリスをソファーへと座らせると自分のガウンを掛けてあげた。
出来るだけクリスの寝間着姿が自分の視線に入らないようにしたかったのだ。
「ゴホンッ、クリス様……それで私に話したい事とは何でしょうか?」
ステファンは今日の仕事中ずっとクリスの事を考えて居た。
もしこのお願いがお付き合いの申し込みだったならば……まずはエヴァリーナとランヴァルドにお願いをして……などなど気が付けばクリスと三人の子持ちになっている想像迄済んでいた。
心を読めるランヴァルドの前でそんな事をすれば危険なのは百も承知だが、どうせ自分の恋心はランヴァルドには知られているだろうと、あえて隠さずにいた。
ただし、今夜クリスが部屋に来ることまでは考えてはいない。
そこがバレてしまえば、クリスとの恋の進展はない気がしたからだ。
特にラルフだけには絶対に知られたくはなかった。
「ステファン様……魔国の方々は寿命が長いではありませんか……その……私とエヴァリーナ様は大国の人間です……ですから……」
ステファンはランヴァルドのように心が読めなくてもクリスの言いたい事がそれで分かった。
自分たちは先に死んでしまう……
クリスはその時の事を考えて居るのだろう。
自分と同じでクリスは主の幸せを一番に考えて居る。
そんなところが素敵だと、ステファンはいつからかクリスの事を愛すべき一人の女性として見るようになっていた。
だからこそすぐにでもその憂いを晴らして上げたいと思ったが、ただ一つ、その為には自分も覚悟を持って打ち明けなければならない気持ちがあると分かってもいた。
ステファンは覚悟を決め、一呼吸置くと話し始めた。
「クリス様、そこは大丈夫でございますよ。何も心配いりません」
「えっ……?」
「魔国には魔素がございますので、エヴァリーナ様は勿論の事、クリス様も寿命はそれなりに伸びる事でしょう」
「そうなのですか?」
クリスの表情がぱああっと明るくなり、それはそれはとても魅力的な笑顔を浮かべた。
ステファンは少しだけ視線を逸らし、また自分の理性と戦った。
ふーと再び深呼吸をすると、話の続きを始めた。
クリスも「それなり」というステファンの言葉が引っ掛かったのだろう。
今はまた思い詰めたような真剣な表情に戻っていた。
「クリス様、エヴァリーナ様は、あー……その、毎日のようにランヴァルド様から魔力を分け与えられておりますので……その……寿命はかなり延びるかと思われます……」
「魔力を分け与える? それはどうやって、でしょうか?」
答えてくれようとしたステファンの顔が、耳が、そして首や手まで真っ赤になっている事に気が付いたクリスは、流石にどういう事かを悟り、自分も赤くなりながら「何となく分かりました」とステファンの次の言葉を止めた。
そう、つまりエヴァリーナはランヴァルドに愛され続けて居る限り、ランヴァルドと同じぐらい長生きできる可能性があるという事だ。
ランヴァルドがエヴァリーナ以外を愛することは今のあの執着を見ればない事は分かる。
そう考えれば、クリスの悩みは杞憂に終わった事が良く分かった。
けれどホッとしたのもつかの間、では自分どうだろう? と考えた。
多少なりは長生きは出来る様だけれど、エヴァリーナの傍にいるためにはそれでは足りないだろう。
魔国の王の魔力は膨大だ。
エヴァリーナの傍に長くいるためには、クリスも何かしら必要になる。
その何かしらは……魔国の人間との結婚かもしれない……
クリスの考えが分かったのか、気が付けばステファンがクリスの手に自分の手を重ねていた。
そして――
「クリスティーナ嬢。もし宜しければ、私と結婚を前提にお付き合いしていただけないでしょうか? その……私は貴女の仕事熱心なところを尊敬しております。出来れば貴女のような方と私も結ばれたい……エヴァリーナ様の傍にいるため私を利用しても良い……クリスティーナ嬢……いかがでしょうか?」
この後クリスがどう答えたかはステファンだけが知っている事だ。
ただし、歴代一位の人気を誇った魔国の王夫妻の傍には、しっかりとした傍付き夫妻が居たと記述が残っている。
その夫妻は魔国の王夫妻に負けないほどの仲が良い間柄だったそうだ。
今でも夫妻の子供たちが城で働いて居るそうなので、それは確かな話なのだろう。
ステファンとクリスもまた幸せを掴んだようだった。
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