第34話姉弟喧嘩
「ランヴァルド! 婚約も済んでいないおなごに気安く触るでない! このアホたれが!」
「なっ……!」
ヒメナはエヴァリーナを自身の後ろへと隠し、ランヴァルドから距離を取った。
エヴァリーナはこれ迄ランヴァルドが婚約者であるエヴァリーナに気安く接することは、この魔国の常識だと思って居たのだが、ヒメナの様子を初めて見て、それが違う事に気が付いた。
婚約もしていない状態で、エヴァリーナを抱きしめることはやはりこの魔国でもあり得ない事のようだ。
エヴァリーナは急にこれ迄の事が恥ずかしくなった。
今抱きしめられただけでなく、馬車の中でも抱きしめられたり、抱えられたり、手も沢山繋いできた。
もし大国と同じ条件ならば……
それは貴族女性として考えるだけで恥ずかしい事だった。
「見よ、ランヴァルド。そなたのせいでエヴァリーナが困っておるでは無いかっ! お前は自分の気持ちもきちんと伝えてもいないくせに、何をやっておるのじゃ、この馬鹿垂れがっ!」
「ど、どうして私が気持ちを伝えていないだなどと……ヒメナには関係ない事だろう……」
「関係あるわっ! このうすらトンカチっ! お前はわらわの従弟であり、弟であり、許嫁じゃろうっ! すなわちエヴァリーナはわらわの妹という事じゃ」
「い、許嫁?! そんな物はずっと昔の戯言だろう……」
「当たり前じゃ、誰がお前のような腑抜けを選ぶものかっ! エヴァリーナはわらわの息子の嫁にするっ! お前には絶対に渡さんっ!」
「えっ……?」
思わずエヴァリーナから驚きの声が漏れてしまった。
ヒメナに対してなのか、ランヴァルドに対してなのか……
それとも許嫁が過去の事だったからなのか……
エヴァリーナは今猛烈な羞恥心と共に混乱にも襲われていた。
妃教育を受けた自分は多少の事では動揺など見せない、そう自負していた。
けれどランヴァルドの事では違う。
ヒメナとの許嫁の話が過去の事で有ると聞いてホッとしているし、ヒメナに息子が居る事にもホッとしていた。
それにランヴァルド自らここ迄エヴァリーナを迎えに来てくれたことにも
それに気持ちを伝えていないという言葉にも……
期待が募ってしまった。
マオ様はもしかして……
そう考えた瞬間、自分の頬が火照るのがエヴァリーナには分かった。
エヴァリーナは気が付けばどこへ向かうでもなく走りだしていた。
「ランヴァルド、エヴァリーナを追うのじゃ!」
「言われなくてもっ……」
ランヴァルドとヒメナの話合う声が聞こえたが、エヴァリーナは気にせず走った。
こんな風に全速で走ったのはいつぶりだろうと、どうでも良いことを考えてしまった。
別にエヴァリーナは何もしていないのだけれど、今心の中に浮かべているこの気持ちを、ランヴァルドに聞かれることはどうしても堪えられなかった。
ランヴァルドが政略結婚の婚約者以上の気持ちで自分を見てくれているのかもしれない……
自分がランヴァルドを愛おしいと思うと同じように、ランヴァルドもエヴァリーナの事を思ってくれているのかもしれない……
そうならば嬉しい……
そうならばどんなにいいか……
そうであってほしいと……
エヴァリーナは心から思っていた。
「エヴァ、危ないっ!」
気が付けば崖の近くまでエヴァリーナは走ってきていた。
ランヴァルドが後ろからエヴァリーナを抱きしめる。
ぎゅっと力強い腕に収められると、その事で胸が痛いほど鳴って居るのか、それとも走って逃げて来たから鳴って居るのか分からなくなった。
今何か考えればランヴァルドに全てが伝わってしまうだろう……
エヴァリーナは何も考えてはいけないと、自分に言い聞かせていた。
「マオ様お離しください……」
「いやだ……エヴァの事は絶対に離さない……」
「お願いです……そうでなければ……」
そうでなければ……
貴方を愛おしいと思うこの気持ちが伝わってしまう……
それに……
自分の欲深い望みまで貴方に聞こえてしまう……
ランヴァルドに愛されたいと思って居る事を、聞かれて欲しくはなかった。
「エヴァ、泣くな……大丈夫だ……何も心配いらない……」
「ダメです、ダメなんです……今の私はとて醜い……貴方の傍に居られるような者ではないのです……」
「エヴァ、頼むからこちらを向いてくれ……エヴァリーナ……」
ランヴァルドの優しい問いかけに、エヴァリーナはハッとして自分を取り戻した。
今更どう取り繕ってもランヴァルドにはエヴァリーナの心は聞こえてしまっているだろう。
ならば最後まできちんと向きあいたい。
ランヴァルドが自分をどう思っているのか……
婚約破棄されても仕方がないと覚悟を持って聞こうと思った。
「エヴァ、エヴァリーナ、不安にさせて済まなかった。ヒメナの言った通りだ。きちんと説明してから君に触れるべきだった……」
「……マオ様……?」
「まず、ヒメナが言って居た許嫁と言う話はずっと昔の事だ……それこそお互いに子供の頃の親同士が勝手に話していたものだ……」
そう言ったランヴァルドの腕に力がギュッと入る。
抱きしめられている筈のエヴァリーナだったが、何故かエヴァリーナの方がランヴァルドを抱きしめているかの様な不思議な気持ちになった。
ふとランヴァルドの顔を見上げれば、その表情はまるで泣き出しそうな子供の様だった。
「マオ様……?」
「エヴァ、エヴァリーナ……聞いて欲しい……私はずっと君を愛しているのだ……」
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