第45話元婚約者

 王への婚約の報告を終えると、ランヴァルドは一人の人物を除き、ランヴァルド本来の姿が分かるように姿が変わって見える魔法を解いた。


 今ランヴァルドの姿が老人か少年に見えているのは、この場に居る中でテレナード大公ただ一人。


 他の貴族達はランヴァルドの姿が急に変わったことに驚くと、余りの美しさに息をのんでいた。


 そしてエヴァリーナと並ぶその二人の美しさに、また息が漏れる。


 そして愛おしそうにエヴァリーナを見つめるランヴァルドの姿を見て、誰もがこの婚約は魔国の王が望まれたものだと悟った。


 もしこのランヴァルドの眼差しを見てもなお、エヴァリーナに手を出しさえすれば、ウイステリア侯爵家と縁を結ぶことが出来るとまだ思っている者がいるのだとするならば、余程の間抜けか、世間知らずしかいないだろう。


 どんな田舎貴族だってエヴァリーナを溺愛するランヴァルドの姿を見れば、魔国の王を恐れて手を出すはずはない。人を惑わす魔法を簡単に使い、尚且つ自国を鉄壁のベールで守り抜く。


 それ程力がある王に楯突くものなどここには誰もいないだろう……と、ある一人を除き、集まった貴族たち皆がそう思っていた。


 そうテレナード大公を除いて……



◇◇◇



 元大国の王子であるベルザリオ・パフォーマセス……現テレナード大公は、元婚約者であるエヴァリーナ・ウイステリアが、この大国に戻ってくる日を心待ちにしていた。


 そう自身が王族に戻る為、そして王太子に返り咲くためには従弟の婚約者である女性よりも地位の高い、エヴァリーナとの結婚がどうしてもベルザリオには必要だったからだ。


 元々エヴァリーナは婚約者時代から自分の事を愛していた。

 けれどレーナ・フルボディンヌに騙されたベルザリオを見るのが辛くなり、魔国に嫁ぐなどと世迷いごとを言いだしたのだ。


 ベルザリオは自分の都合のいいように今物事を解釈していた。

 自分が招いたあの事件の後、ベルザリオを応援していた殆どの貴族が手のひらを返したようにベルザリオの下から離れていった。


 ウイステリア侯爵家の転覆を望む多くの貴族が、エヴァリーナとの婚約破棄を喜んでいたはずなのに、それが失敗に終わるや否や、皆ベルザリオとは顔を会すこともしなくなった。


 ベルザリオから手紙を送ってみても、関わりたくはないのか儀礼的な返信しか来ない。


 今やベルザリオ相手に手紙を送ってくるものなど、元恋人だったレーナぐらいだった。


 レーナは修道院が合わないのか、返事を返さなくても何度も何度も手紙をよこしてきた。ベルザリオをここ迄追い込んだのはレーナ本人なのに、未だに恋人気取りなのが許せなかった。

 ベルザリオは「お前のせいだ」と、恨み言を書いた手紙も送っては見たが、それでもレーナは『愛している』と手紙をよこす。いい加減ウンザリとしてきて今では手紙を送ること自体止めた。


 レーナはベルザリオの婚約者候補にはなって居るが正式な婚約者ではない。

 エヴァリーナと再度婚約を結べば、レーナもいい加減自分の事を諦めるだろうと、ベルザリオはそう思い始めていた。


 そしてやっと今日、エヴァリーナをまた自分の物にする好機に恵まれた。

 最近ではやっとベルザリオこそ王太子に相応しいと応援する者たちまで現れ始めた。エヴァリーナとの仲を復縁させようと決意した時から、ベルザリオの周りは全ていい方向に回り出していた。


 そう自分の運命の相手はやはりエヴァリーナだったのだと、ベルザリオはそう勝手に思っていたのだった。




(なんだ……王と言ってはいるが子供では無いか……)


 魔国の王はこの大国でも恐れられているため、どんな屈強な男がエヴァリーナと共にやって来るだろうかと思っていたが、実際に目にした魔国の王は、まだ幼さの残る少年の様だった。


 歳は12、3歳ぐらいだろうか?


 見た目は確かに美しくはあるが、貴族令嬢として背が高いエヴァリーナと並ぶと、いいところ姉弟と言ったところだろうか。


 あれではエヴァリーナも流石に不憫だろう……やはり自分の傍にいるのがエヴァリーナの幸せだと、ベルザリオは自分の都合のいいような考えでいた。


 けれどエヴァリーナはベルザリオの事を見ようともしなかった。


 意識してそうしているのかと思ったが、それは違った……まるであの幼い魔国の王しか自分の目には入っていないのだというようなエヴァリーナの様子に、ベルザリオは腹が立った。


(どうせ少し優しくされてほだされたのだろう……)


 そう思っていたがエヴァリーナの浮かべる表情は大国にいた頃の物とは違い、幸せが内から溢れ出ている様なそれはそれは美しい物だった。


(私にはあんな笑顔など見せはしなかったのに……)


 ベルザリオの傍にいる貴族たちがエヴァリーナのその美しい姿に息を漏らすたび腹が立つ。


 その上ベルザリオを見ては、本当だったならばあの美しい女性がこの国の王妃になったはずなのに……と、目が合った貴族たちにまた馬鹿にされた様なそんな気持ちにまでなった。


 エヴァリーナはベルザリオに見せ付ける為にあの幼い王を愛しているフリをしている。


 そう何度も心の中で思う事で、ベルザリオは自分を納得させていた。


 真実の愛は自分とエヴァリーナの為にあると……


 ならばエヴァリーナを返してもらうだけだ……とベルザリオはそう思ったのだが、謁見の間から出て行く幼い王と視線があった瞬間、何故かゾクリと悪寒を感じた。


 あの王はエヴァリーナを手放す気はない様だ……


 ならば強硬手段に出るのみだ。


 ベルザリオは貴族達を押し除け出口へ向かうと、エヴァリーナ達の後を追ったのだった。

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