第36話エヴァリーナの気持ち
「マオ様……私もマオ様の事を愛おしく思っております……」
きっと声に出さなくてもランヴァルドにはエヴァリーナの気持ちは伝わっていただろう。
それでもエヴァリーナは自分の口で声で
その思いを伝えたかった。
ランヴァルドがエヴァリーナに伝えてくれた事は、魔国の機密でもあるのだろう。
次期王が変装して他国に赴き、彼らの記憶を魔法で消す。
それは他国に知れ渡れば、恐怖となる。
ランヴァルドがエヴァリーナに気持ちを伝えられなかった理由が良く分かった。
それに恥ずかしがり屋であるランヴァルドが、自分の気持ちを伝える事は決意が必要だったはずだ。
ヒメナが腑抜け! と怒ってはいたが、ランヴァルドはただ優しいだけなのだとエヴァリーナには思えた。
エヴァリーナを困らせたくはない。
きっとランヴァルドはそう思っていたのだろう。
「エヴァ、好きだ。愛している……」
ランヴァルドの胸に飛び込んだエヴァリーナは、今ランヴァルドにきつく抱きしめられ、耳元でそう囁かれた。
自分が愛する人に愛され、結婚が出来る。
それは奇跡に近い、これ以上ない幸福だとエヴァリーナは知っていた。
元婚約者が言い放った真実の愛は、エヴァリーナにもやっと分かった気がした。
「マオ様、私もマオ様が大好きです。どうかずっとお側に置いて下さい……」
「勿論だ。何があってもエヴァの事は離しはしない。ずっと共に生きて行こう……」
まるで結婚式の様な事をお互いに囁き合うと、二人の視線が自然と合わさった。
ランヴァルドがクスリと笑い、エヴァリーナも微笑み返す。優しく唇が重なり合ったところで声が聞こえた。
「こりゃっ! ランヴァルド! おぬしまたエヴァリーナに手を出しおったな! この不届き者! 正式な婚約もすんでおらぬのにわらわの妹に手を出すでないっ!」
気が付けば、二人の事を心配していたヒメナが側まで来ていた。
背の高いランヴァルドの事を小さなヒメナが怒っている姿は、大人が子供に叱られている様だった。
そんな二人を見ながら、エヴァリーナはふとヒメナの言葉を思い出した。
まだ婚約をしていないエヴァリーナが、ランヴァルドの事をマオ様と呼ぶ事に酷く呆れていた。
どうしてなのかと思い、聞いてみる事にした。
「あの、ヒメナ様……」
「うむ、なんじゃ、エヴァリーナ。様など付けなくて良いぞ、其方はわらわの妹、いや娘同然じゃからな。どうした? ランヴァルドはやめて、わらわの息子の嫁になる気になったのか?」
「なっ?!」
「いえ、ヒメナ様……そうでは無くて……」
「ヒメナ! エヴァになんて事を言ったんだ!」
「五月蝿いわい。おぬしのような腑抜けにエヴァリーナの様な可愛い娘を任せられるか! 我が息子のがよっぽどマシだ」
「勝手な事を言うな、エヴァは私の妻だ!」
「あ、あの……」
「何を言う、まだ婚約者にもなっておらぬじゃろう? エヴァリーナ、こんなアホタレよりもわらわの息子のが良いと思うぞ」
「ヒメナ、お前はもう帰れ」
「いーやーじゃ、暫くはエヴァリーナと遊ぶのじゃ」
「あの!」
姉弟喧嘩が始まり、中々口を挟めなかったエヴァリーナが、はしたないと思いながらも大きな声を出せば、二人してエヴァリーナの方へと振り向いた。
見た目は全く似ていない二人だが、喧嘩するだけあって性格は似ている様だった。
エヴァリーナを見つめる二人の瞳は優しげで、尚更似ていると感じた。
この方たちに愛されている……
そう思うと自然と微笑んでいた。
「お話し中申し訳ございません。あの、ヒメナ様、ランヴァルド様の事を何故私がマオ様とお呼びしてはいけないのでしょうか?」
エヴァリーナがそう質問すると、ヒメナの眉間には皺がより、ランヴァルドは視線を逸らした。
その様子をみてマオ様呼びがヒメナには頭に来る事で、ランヴァルドには都合が悪い事である事が分かった。
けれど大国でも仲の良い婚約者同士が、お互いを特別な名で呼び合う事は何も不思議ではない。
一体何が問題なのだろうとエヴァリーナは首を傾げた。
「ランヴァルド、其方は馬車で帰れ。エヴァリーナはわらわがビルテゥスで城へ連れて行く、その時に常識をジックリ説明するからのー」
「なっ!」
「エヴァリーナ、行くぞよ」
ヒメナはエヴァリーナをまた抱え上げると、ビルテゥスにぴょいっと飛び乗った。
ランヴァルドは渋々ながら馬車へと戻り、すぐに飛び立ったビルテゥスの後をついて来た。
ヒメナはその様子を振り返りながら確認すると、大きなため息を一つついた。
何だかんだと喧嘩しながらもヒメナがランヴァルドの事を弟のように心配し、可愛がっていることがわかる。
本当に姉弟の様なのだなと、二人の事が好きだと思うエヴァリーナまで嬉しくなった。
「エヴァリーナ、悪かったのー、急に連れ出して……」
「いえ、ヒメナ様、とても楽しゅうございました。それに……」
ランヴァルドの気持ちも確認することが出来た。
それが何よりも嬉しかった。
「ランヴァルドのはのー、魔国でも魔力が格段に多くてなー、上手く制御出来なかった子供の頃は、危険という事で部屋に閉じ込められていたのじゃ。仕方が無かった事とはいえ、その頃の事があってか、あやつは好きなものへの執着が強い。エヴァリーナの事も二度と離すことは無いと思うぞ」
それはエヴァリーナには嬉しい事でもあった。
ランヴァルドに執着する程愛される。
あの可愛い方が自分だけを見つめる、それは何よりも喜ばしい事だった。
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