第四章 婚約成立

第38話魔国での婚約式の朝

 遂に魔国での婚約式の日を迎えた。


 エヴァリーナはこの日の為に一週間も前から体の隅々まで磨き上げられていた。


 エヴァリーナの傍付きであるマーガレットやデイジーそれにクリスの気合の入り方は凄い物で、ここの所日課だった城の庭の散歩も止められているし、厨房へ行く事も禁止されていた。


 それに本を夜更けまで読むことも勿論禁止され、三人には 「婚約式までは!」 と合言葉のように様々な場面で声を掛けられ、エヴァリーナは苦笑いをするしかなかった。


 着飾ったところでランヴァルドの隣に立てば自分など霞んでしまうのに……


 と心の中ではそう思っても、張り切る三人を見るとその事は口には出せなかった。


 エヴァリーナの事を大切に思ってくれる彼女たちの事を見ると、エヴァリーナはとても嬉しく、愛情を感じ幸せな気持ちになっていた。


「エヴァリーナ、朝のおやつにするぞ。今日はクリームたっぷりのケーキじゃ。エヴァリーナも好きじゃろ?」

「ヒメナ様……」


 あの日からヒメナはずっとこの魔国の城に身を置いている。


 時間が合えばエヴァリーナと仲良く過ごしてくれて、何でも話せる姉のような存在がまた一人できたようでエヴァリーナはとても嬉しかった。


 結婚式の時にはヒメナの夫である竜人族の王と、息子たちも来るようだ。


 ランヴァルドの事が嫌になったらウチへ嫁に来い、というのがヒメナの最近の口癖になっていた。


 どうやらまだランヴァルドがエヴァリーナに理由を告げずマオ様呼びさせていたことを根に持っている様だ。


 ヒメナは優しい人だと思う。


「ヒメナ様、エヴァリーナ様にケーキはいけません。間もなく婚約式、これからエヴァリーナ様はドレスに着替えなければならないのです」

「だから持って来たのじゃ。もう今日が婚約式なのじゃ我慢する必要もなかろう」

「エヴァリーナ様はこれから軽食を摂られますのでデザートは大丈夫でございます。ケーキはヒメナ様がお食べ下さいませ」

「なんじゃ、なんじゃ、エヴァリーナは細すぎるのじゃ。ケーキの10個や20個食べなければ倒れてしまうじゃろうに?」

「そんなに一度に甘い物ばかり食べては体に毒でございますよ。ヒメナ様も気を付けなければまん丸になってしまわれます」


 マーガレットに注意されながらもヒメナは何食わぬ顔で、「それは困るのー」と言いながら持って来たケーキを三つは食べていた。


 あの小さい体のどこに沢山の食べ物が入っていくのかは分からかったが、ヒメナはかなりの大食漢だった。


 エヴァリーナはそれを見ているだけでもお腹いっぱいになる気がした。


 けれど今軽食を摂って居なければ暫くは食事は摂れないため、ヒメナと向かい合うように座り食事を口へと運んだ。


 今日が婚約式という事で、エヴァリーナもやはり緊張しているのか、いつも美味しく感じる料理長のトーレの料理が、今日は余り味を感じられなかった。


 それに喉の通りも悪く、飲み物で飲み込むしかなかった。


 大好きな人と婚約が出来る……


 エヴァリーナはランヴァルドの事を思うと、胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになった。


 きっと幸せになれる。


 お互いに気持ちを伝えあってからと言うもの、エヴァリーナには以前のような不安は消えていた。


 ランヴァルドから愛されている。


 その事がエヴァリーナを強くさせていた。



「エヴァ、エヴァリーナ」


 食事を終え、そろそろドレスに着替えようかとしていたところで、ランヴァルドが飛び込むように部屋へとやって来た。


 今朝はエヴァリーナは食堂にも行かず、婚約式の為の準備をしていたため、ランヴァルドはエヴァリーナと会えなかった事に不安を覚えた様だ。


 あと数時間もすれば一緒に教会へと出かけるにもかかわらず、エヴァリーナの気持ちを知ってからはランヴァルドの愛は益々重い物になっていた。


 その姿にヒメナは呆れかえっていたけれど、エヴァリーナはそれがとても嬉しかった。


 愛されている実感を感じられることが出来て、とても幸せだったからだ。


「ランヴァルド、何しに来たのじゃ、エヴァリーナはこれから着替えるのじゃ。男のお主はこれ以上奥に入ってはならぬ! 少しは辛抱せいっ!」

「な、何故、ヒメナがここにいる。ここはエヴァリーナの部屋だぞ」

「あたりまえじゃ、可愛い妹の美しい姿をわらわが一番に見なくてどうする。そなたよりも先にじーーーくりとエヴァリーナを堪能するからのー」


 ヒメナがエヴァリーナの部屋の最初の部屋へと移動し、ランヴァルドを止めてくれた。


 エヴァリーナは既に下着姿になって準備をしている。


 流石にこの姿をランヴァルドに見せる訳には行かない。


 それにラルフとステファンもランヴァルドに付いてきているだろう。


 先触れもなく部屋にやって来たという事は、二人が止めるまもなくエヴァリーナの部屋にランヴァルドが飛んで来た事が分かる。


 無理をしてでも朝食の席に出るべきだったと、エヴァリーナは小さく微笑んでいた。


「エヴァ、そちらからで良い、声だけ聞かせて貰えるか?」


 小さく扉をノックする音が聞こえたあと、ランヴァルドに甘える様な言葉を投げかけられた。


 エヴァリーナも扉に近づき同じ様に声を掛ける。


「ランヴァルド様、いえ、マオ様、婚約式が楽しみです。今日は宜しくお願い致しますね」


 エヴァリーナがそう声を変えればランヴァルドは嬉しそうに「……ん……」と返事をし、自分も婚約式の準備をする為に部屋から出て行った。


 ヒメナの「アヤツは本当に粘着質じゃ……」と呟く声が聞こえて来て、エヴァリーナは思わずクスクスと笑いだしてしまった。


 婚約式を前に、既に幸せで胸が一杯になったエヴァリーナだった。


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