第62話【希望】

 ――チシリッチ鉱山


 チシリッチ鉱山で働かされているコールは、未だ兇獣きょじゅうにシム逃走の事実を隠し続けていた。


(シムの奴、今頃どうしてんのかな? うまくやってるかな……?)


 コールはシムに背格好の似ている仲間の一人に事情を話し、シムの替え玉として振る舞わせた、常に鉱山の奥で発掘をしているていを装い、兇獣きょじゅうが見回りに来たら後ろ姿を見せ、どうしても鉱山外へ出ないといけない時は顔を泥で汚し、ごまかし続けていた。


(リラちゃんとクムルはうまく助けられたかな……? あいつのことだ、きっとうまくやってるに違いない、後は……隣国の応援さえ呼んでくれれば、それまでなんとしてでもごまかし続けないと)


 そうこうしていると、コール達の元へ兇獣きょじゅうが近づいて来る足音が聞こえてきた。


「おいグリス! 来たぞ!」


「お、おう!」


 グリスは洞窟の奥へと入り、作業をするフリをした、すると兇獣きょじゅうが現れコールを一睨みした。


「へ、へへ、どーも……」


 兇獣きょじゅうはコールを見た後、奥で作業しているグリスを見た。


「あれは……シム・ナジカか?」


「そうですよ! シム・ナジカですよ! 今、ゲルレゴンっぽいのを見つけたらしくて、集中しているから話しかけない方がいいですよ」


 兇獣きょじゅうはコールを無視してグリスへと足を進めた。


「え? ちょっと! 今集中してるから駄目ですって!」


 兇獣きょじゅうを静止させようとコールが兇獣きょじゅうを押さえると、いとも容易く吹き飛ばされてしまった。


「ぐわあ!」


 それに気付いたグリスは慌てて顔を泥で汚した。


「おい、シム・ナジカ、こっちを見ろ」


 そう言われたグリスは恐る恐る兇獣きょじゅうの方を振り返った。


(グ、グリス……)


「ど、どうも……」


 兇獣きょじゅうはグリスの顔をよく見ると顔の泥を拭った。


「むわ……」


「ヌ……?」


(ま、まずい……)


「お前……シム・ナジカじゃないな」


 兇獣きょじゅうはグリスがシムでないことに気付くと、足早に外へ出ようとした、コールはそれを慌てて止めた。


「あーっと! 違った! シムはこっちじゃないんですよ、あっちっだった! いるから、いますから、ちょっと待ってくださいよ」


「ならばすぐに連れてこい、いないと分かればここにいる者全員殺す、まずは見せしめにあいつから」


 兇獣きょじゅうはグリスを指差した。


「うう、わ、分かりました……すこし、すこしお待ちください」


 そういうとコールは別の部屋へと向かった。


(どうする!? どうする!? まずいまずいまずい……背格好の似ているグリスがバレたんだぞ……今更誰を連れて行けば……?)


 コールは一度立ち止まり、考えた。


(疑っているのはあいつ一人か……?)


 するとコールは近くにあったツルハシを手に取り、なにやら覚悟を決めたような顔つきで兇獣きょじゅうのいる部屋へと向かった。


 そして部屋の入口まで来ると、陰から兇獣きょじゅうの様子を伺た。兇獣きょじゅうは部屋の奥を見ており、コールからは背を向けている形となっていた。


(……よし)

「うをおおおおお!!!!」


 コールはツルハシを振り上げ、兇獣きょじゅうへと向かい力いっぱい振り落とした。


 しかしツルハシは付け根から折れ弾け飛んだ、そして先端が洞窟の壁へ突き刺さった。


「貴様……」


「うわわわ……」


 兇獣きょじゅうはゆっくりとコールの方を振り返るとコールを殴り飛ばした。


「ぐわああ!!」


「シム・ナジカはいないんだな……」


 兇獣きょじゅうはグリスの元へ向かうと、グリスの首を掴み持ち上げた。


「うぐぐううぅ……コ、コール……」


「グ、グリス!」


「こいつを殺した後、お前にはどうしてシム・ナジカがいないのかを聞かせてもらう」


 兇獣きょじゅうは剣を抜きグリスへと突き立てた。


「死ね!!」


「ううゔゔ!!」


「グリス!! や! やめろ!!」


 兇獣きょじゅうは剣をグリスへと突き出した。


「待て!!!!」


「!!??」


 兇獣きょじゅうが剣を止め振り返ると、そこにはシム 姿があった。


「俺はいる! グリスを放せ!」


 兇獣きょじゅうはグリスから手を放した。


「うう、ごほっ! かはっ!」


「グリス!」


 シムはグリスへと駆け寄った。


「大丈夫か?」


「うう……あ、ああ…… だ、大丈夫だ……助かった……」


「良かった……」


 兇獣きょじゅうはギロリとシムを睨み付けた。


「これから……一日三回は我々に顔を見せろ」


「……分かった……だからもう王国のみんなに手荒な真似はするな」


「……それはお前次第だ」


 そういうと兇獣きょじゅうは洞窟の外へと出て行った。


「シム!」


 コールがシムの元へと駆け寄ってきた。


「コール、遅くなってすまなかった」


「いいって、それよりお前なんで戻ってきたんだよ? クムルとリラちゃんは? まさか助けられなかったのか?」


「いや、クムルとリラは無事だ、無事に助けて今ゼラル大陸に向かっている」


「ゼ、ゼラル大陸? ゼラル大陸ってあの……?  なんで? 二人でか? 大丈夫なのかよ? 隣国へ逃がすんじゃなかったのかよ? なんだってそんな遠くへ?」


「二人にはウィザード隊長が付いてくれている、途中で会ったんだ」


「ウィ、ウィザード隊長!? ウィザード隊長ってあのウィザード隊長? なんだってそんな凄い人が? てか一緒にゼラル大陸に? なんで? 王国は?」


「ああ……それが……」


 シムは事のいきさつを全てコールに話した。


「そ、そんな……じ、じゃあこの大陸の隊長達はほぼ全滅……? あのウィザード隊長まで歯が立たないって……?」


「ああ……」


「そ、そんな……じ、じゃあもう終わりじゃないか! どうしたって助からねえよ!」


「そんなことは無い! だからウィザード隊長はゼラル大陸に行ったんだ、きっと! きっと応援を連れて助けに来てくれる!」


「で、でも、この大陸の隊長達がこぞってやられちまったんだろ? 向こうで幾つの国に声を掛けるんだ? そしてその軍の兵士達を全員この大陸に……? ど、どんだけ時間が掛かるんだよ?」


「わからない…… 一年……いや、二年……でも待つしかない、ウィザード隊長は向こうの大陸のガルイード王国ってところの隊長さんと一度会ったことがあるらしい、そこの王国の隊長が味方になって動いてくれれば、きっとそこまでは掛からないはずだ」


「ガルイード王国?」


「ああ、俺たちは信じて待つしかないんだ、コール、希望を捨てるな! ウィザード隊長が応援を連れて助けに来てくれるその時まで、俺達は俺達のやれることをやって、信じて待つんだ!」


「ううぅ……」


 コールは歯を食いしばり、シムの目を見た。


「ああ……分かった! 希望を捨てたら終わりだもんな! 信じて待とう! よーし! じゃあ、助けが来るまでの間に剣を作って、ウィザード隊長に使ってもらおうぜ!」


 そう言うとコールは道具を持ち、グリスに声を掛け作業を始めた。


「コール……」


 シムは気丈に振る舞うコールを見ると少し微笑み、一緒に作業を始めた。


(ウィザード隊長は必ず助けに来てくれる! 必ずやり遂げてくれる! ガルイードで! ガルイード王国の人達と共に必ず!)

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