第26話【奪還作戦】

 ―― 一週間後


 国王は数百人にも登る隊を成し、サリヴの谷へのテツの護送を始めた、その隊の真ん中には目隠しをされ、両手両足に手錠を掛けられ、ぶ厚い鉄の牢に入れられたテツの姿があった。


 そしてその隊列の後方には、メダイと国王が並んだ。


「全隊へ告ぐ!! 何者かがテツ奪還を企てている!! 厳重に注意をし、処刑終了まで気を抜くな!!」


「はっ!!」


 隊は綺麗な列を成して進んで行った。


「メダイよ……」


「はっ!」


「アンジは今日どのようにテツの奪還を考えてくると思う?」


「恐らく、サリヴの谷へと向かう途中……シハの森は霧が深く視界も悪い、さらには獰猛な獣も数多く生息しています、そこで狙って来るのではないかと考えております」


「うむ……アンジの事じゃ、なにかとんでもない策を練って来るやもしれん、油断するでないぞ」


「はっ!」



 ――――


(……テツ……)


 テツ護送の隊より遠く離れた茂みから、アンジは機を伺っていた。


(まだだ……焦っちゃダメだ……慎重に……慎重に……)


 隊は順調に国を抜け、山を登り、シハの森へとさしかかった。


(ぬう……まずいな……思った以上に霧が濃い……)


「全隊!! 陣を狭めるんだ! シハの森は霧が濃い! 離れ過ぎて離隊しないよう気を付けろ!」


「はっ!」


 その時、隊の前方から何かが飛び出した。


「ぐわあ!!」


「!! どうした?!」


「前方の隊員が何者かに襲われました!」


(アンジさんか!?)


「テツ奪還を企てるものかもしれん! サルバ!! テツの周りを固めろ!! 私は前方へ行く!!」


「はっ!」


 そこには怪我から回復したサルバの姿もあった。


 そしてメダイは前方へと走っていった。


「これは!?」


「ぎゃああぁぁあ!!」


 そこには三匹の獣がいた。


「パイルか!? しかも三匹も!?」


【パイル】

中型で獰猛な獣、人のいない奥地の密林地帯に生息しており、長い尻尾と下顎の牙が長いのが特徴。


「ぐぎゃああぁぁあ!!」


 パイルは兵隊たちを襲っていた。


「ぬうう……」


 すると一匹のパイルがメダイの近くへとやってきた。


「むっ」


 次の瞬間、メダイに襲いかかってきた。


「隊長!!」


「ぬうん!!」


「ギャオン!!」


 パイルは真っ二つに両断された。


「グラアアガア!!」


 しかしまたもう一匹のパイルがメダイに襲いかかってきた。


「おおおお!!」


 パイルは首をはねられた。


「グルウウウウ……」


 残る一匹のパイルはメダイに睨まれ震えている。


 パイルはメダイに背を向け逃げ出した。


「はあああああ!!」


「グガァァアァア!!」


 数人の隊員が逃げるパイルを突き刺した。


「サルバ!! そっちは異常無いか!?」


「はっ! 異常ありません!!」


(群れをなさないパイルがこうも都合よく三匹も現れるなんて……これはアンジさんの仕業なのか……? こうしてどんどんと隊を減らしていくつもりか、そうはさせない、この私が全ての獣を叩き伏せる)


「全隊持ち場に戻れ! なにか異変があればすぐに知らせろ!」


「はっ!」


 メダイは前方に残り、隊は先へと進んで行った。しばらくすると隊はシハの森を抜け、大きなナクロス川へと辿り着いた。


(結局あれからシハの森ではなんの異常もなかった……諦めたのか……? いや、そんな簡単に諦める筈はない、きっとまたなにか仕掛けてくる筈だ……)


 隊は川を渡る大きな橋へとさしかかった。


「全隊! この橋を渡れば間も無くサリヴの谷だ! 気を抜くな!」


「はっ!」


(どうしたアンジさん……この橋を渡ればもうすぐサリヴの谷だ……あそこは岩壁に囲まれた自然の要塞、辿り着いてしまっては助けるのは至難だぞ……まさか本当に諦めたのか?)


 その時、サルバが兵隊へと叫んだ。


「む?! どうした?! 隊が少し曲がっているぞ! 真っ直ぐにせんか!!」


 それを聞いたメダイは何かを感じた。


「はっ!?」

(うちの隊の陣形が曲がる? まさか!!)


 ドンッ!!


 その時、テツを乗せた台車を押していた一人の兵隊が足元に剣を突き刺した。


「うわああぁぁあああ!!」


 すると木で出来た橋の一部はたちまち崩れ、テツを乗せた台車と数人の兵士達が川へと落ちて行った。


「なにい??!!」


 すると、川の下には船が着いており、テツを乗せた台車はその船に乗った。


 そして船は急激な突風を受け、みるみるうちに下流へと流れて行った。


「くっ!! ま! 待てっ!! ……ぐぬぅぅう……!!」


 船の上では一人の兵隊がメダイを見ていた、兵隊が兜を脱ぎ捨てると、それはアンジであった。


「アンジさん……ギリリィ……」


 メダイは拳を橋に叩きつけた。


(最初の獣は隊に潜り込むための囮! そして私を前方に向かわせたのも全て計算か! 橋の一部を劣化させ、そこに重量のある台車を通過させる為に少しづつ隊列を中から誘導していったのか! くそっ!)


 メダイは再び拳を橋に叩きつけた。



 ―― 一方船では


(よし……うまく行った……この川を下れば一気にマクリバまで出られる、そしてそこでサオと合流して海にでるんだ!)


「!?」


 その時、一人の兵隊がアンジに斬りかかって来た、が既の所でかわした。


「サルバさん!?」


「アンジさん……あなたは一体なにをしているんですか!! 早く……早くその化け物を処刑するんだ!!」


「サルバさん! 落ち着いて下さい! テツは化け物なんかじゃない! 街の人間を殺めたのも大切な人を護る為での事故なんだ! 兵隊を殺めたのだって、大人数で武器を持ち攻められれば誰だって応戦するでしょう?! その結果です! もちろん悪い事には変わりはない、だからって処刑するなんであまりに罰が重過ぎる! テツはまだ子供なんです! ちゃんと言って聞かせればきっと立派な大人になる! お願いします! ここは見逃して下さい!」


「うるさぁぁぃいい!!」


 サルバは剣を振りかざし襲いかかってきた!


「くっ」


 アンジはなんとかサルバの剣撃を捌き、二人は鍔迫り合いの末、後方に飛び離れた。


「あいつは化け物だ!! 人間じゃない! あの化け物はいつかこの世を滅ぼす! まだ幼いうちに抹殺するんだ! あの化け物を野放しにしてはならない! あの化け物は……あの……」


 サルバは訓練所でテツが自分をなぶっている時のテツの顔を思い出し、震えた。 


「処刑だ……抹殺するんだ……排除しなければ……人類の為にも!!」


 サルバはアンジを睨みつけた。


「邪魔をするなら……貴様も殺す!!」


「サルバさん!!」


 サルバは剣を構えアンジへ猛然と向かっていった。


「はあ!!」


「くっ! かはっ! ぐっ!」


 アンジはサルバの力強い攻撃に、防戦一方になっている。


「はあぁぁああ!!」


 サルバは大きく振りかぶり、剣を勢いよくアンジに振り落とした。


「ぬあっ……」


 アンジはなんとか剣で受け、軌道ずらすと、サルバの剣は船に突き刺さった。


「はっ!」


 アンジは柄の頭をサルバの顔に向け走らせた。


「ぐはっあぁぁあ!!」


 柄の頭がサルバに直撃すると思われたその瞬間、サルバは持っていた剣を放し、既でかわしながらもアンジの腹部に蹴りをねじ込ませていた。


「うぐぅぅぅ……」


 サルバは苦しむアンジを蹴り飛ばした。


「ぐわっ!!」


 そしてサルバは船に刺さった剣を抜き、アンジを睨むとゆっくりと近付いて行った。


(つ、強い……訓練所での組手の時とは桁違いだ……実戦だとこれ程の実力を発揮するのか……)


 アンジはなんとか立ち上がり剣を構えた。


「はあ!」


 サルバはアンジに向かって飛びかかってきた。


「くっ!!」


 剣を振りかぶり、一気にアンジに向け振り下ろすと、アンジはそれを剣で受け止めた。


「うをををおおお!!」 


 サルバ何度も何度もアンジに向かって剣を振るい、アンジもまたなんとか受けるが、受けるので精一杯になっている。


(な、なんて力だ……このままではもたないぞ……)


「ぐわっ!」


 アンジが剣を受けると、サルバはまたアンジの腹部を蹴り上げた。


「うぐぐぅ……」


 アンジはその場にうずくまった。


「があ!」


 そしてうずくまるアンジの頭に柄を落とし、床に叩きつけた。


「死ね!!」


 サルバは剣を逆さにし、両手で持つと剣先をアンジに向け振り落とした。


「!! くっ!!」


 アンジは咄嗟に体をひねった。


「!?」


 サルバの剣はまた船体に深々と突き刺さった。


「はあぁ!!」


 アンジは間一髪横に転がり逃れると、すぐさま身体を起こし左手の掌をサルバに向け、魔法を放った。


「な?!」


 するとサルバの両手は剣の柄ごと凍りついてしまった。


「くっ!!」


 剣を抜こうとするが渾身の力で床に突き刺してしまった為に抜けない。剣を離そうにも凍らせられて離せない。


「ぐうぅぅあああ!! くっそー!!」


「はあはあはあ……」


 アンジは立ち上がった。


「サルバさん……無駄な争いはしたくない……すまないが少しの間眠ってもらう」


 そう言うとアンジはサルバに近付き手をかざした。


「!!??」


「ぐうぅぅあああ!! はあぁぁああ!! がああぁぁぁああ!!」


「な!?」


 アンジが睡眠魔法をかけたその時、サルバの凍っていた手の氷が砕け、炎が舞い上がった。


「ぐうぅぅあああー!! はあはあはあ……うぐぐぅ…」


「な……氷ごと自分の手を燃やした……!?」


「はあはあはあ…」


 サルバは焼けただれた手で短剣を抜き構えた。


「はあはあはあ……こ、この化け物は……はあはあ……絶対に逃がさん……」


(な、なんて精神力だ……こ、これがメダイ隊長率いる国兵隊副隊長の底力か……)


「がああぁぁぁああ!」


「!!」


 サルバは短剣で襲いかかってきた。


 しかし先程までの動きに比べまるで劣っており、アンジはなんなくかわした。


「サルバさん! もうやめましょう! 僕はこれ以上あなたに危害を加えるつもりはない!!」


「うるさぁぁぃいい!! 反乱者め!! 貴様も化け物も殺してやる!!」


 サルバは何度もアンジに向かい、剣を振ってきた。


「はあはあはあ……ぁぁぁああ!!」


「!!」


 サルバがアンジに短剣を振りつけると、アンジはその短剣を薙ぎ払った。


 すると短剣はサルバの手を離れ、川へと落ちた。


「くっ! はあはあ、はあはあ……」


「サルバさん! もうあなたに戦うすべは無い! おとなしく僕らを見逃して下さい!」


「……はあはあ……く……くくく……くははは……」


「な、なにがおかしいんです……?」


「我が隊の隊長を甘く見るなよ……必ず貴様と化け物を処刑しにやってくる!」


「なにを言っているんだ……? この流れの速さだ、もうじき下流に着く!! そうなれば海に出て逃げ切ってみせる!!」


「くくく……そう、うまくは行かせはしないさ……」


「なに?」


「下流には行かせん!! 貴様はここで食い止める!! はあ!!」


「!!??」


 サルバは両手を懐にいれ、何かを取り出し掲げた。


「なっ!! 魔法弾!?」


「はあ!!」 


 サルバは魔法弾数個を船の床にまとめて投げつけた。


「まずい!!」


 船は大爆発を起こした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る