第42話【家名】
――カダン邸
個人練習を終えたロムはカダン邸へと帰宅した。
「ただいま帰りました」
(あれ? だれも居ないのかな?)
物静かな家の中へ進むロムだったが、途中、書斎の方から何やら話し声がするのに気付いた、ロムは声の聞こえる書斎へと近寄り中をのぞくと、中では兄と父が話していた、ロムは咄嗟に気配を殺し、耳を立てた。
「どうだリダ? 軍での活躍は? ん? あの手に負えん程の荒くれ者だったお前が今やあのアルティラ軍の隊長だなんてな! カダン家の歴史に残る名誉だぞ!」
「……特に、差し障り無く勤め上げております」
「そうかそうか、して……ロムの奴はどうだ? あいつも頑張っているか? 聞くと今度の副隊長の候補に入っているだとか! もしこれであいつが副隊長にでもなれば、兄弟揃って隊長、副隊長だ! そんなことになったらこれ以上名誉なことはないぞ! がはははは!!」
「……残念ですが……」
「がへ?」
「あいつに剣術の才能などは有りません、副隊長の話が上がっているのも、ただ私の弟だから、ということに過ぎません」
ロムの顔色が変わった。
「そ、そんなこと……頑張ればなんとかなるんだろ? な?」
「そもそも副隊長はおろか、兵士にすらなるに値しない男です、自分の未熟さに気付かないまま戦場へ出て怪我をする前に、父上からも早いところ身を引くようにおっしゃられたらいかがでしょうか」
ロムは唇を噛み、話をじっと聞いていた。
「聞いた話によれば魔法の真似事を楽しんでやっているようですし、兵士になるより、魔法使いにでもなり、国民の生活の助けをしている方が、よっぽどあいつに向いているのでは?」
「いやいやあ……そ、そんなことを言わずに、これはワシの、いや、カダン家の為だと思って、あいつの副隊長昇進に力添えしてやってくれんか?」
「カダン家の、為に……ですか……」
「そうじゃあー、二人そろって隊長副隊長になれば! カダン家は武も富も手に入れた、王にも劣らぬ一族となるぞー! がははっは!」
「…………」
カダン隊長は高笑いする父親をひどく冷たい目で見ていた。
「失礼します」
そしてカダン隊長は書斎から出ていった。
「お、おいリダ! くれぐれも頼んだぞ! ワシからも後ろ盾しておくから! なんとかロムの力になってやってくれよ!」
ロムは書斎の扉の陰で悔しさを押し殺していた。
「ぐっ! ぐうう……こんなにも……ここまで認められていないなんて……」
――数日後
カダン隊長は一番弟子であるシードに厳しい稽古をつけていた。
「違う!! そんなんでは獣にたちまち食い殺されるぞ!! もう一回!!」
「はい!!」
他の兵士はそれを見て違和感を感じていた。
「なあなあ……なんか最近カダン隊長シードに厳しすぎやしないか?」
「ああ、俺もそれは思ってた……やっぱどうしてもロムを副隊長にしたくないんじゃないのか?」
「かもな……しかしあれじゃあシードもきついぜ……」
カダン隊長の指導はどんどん厳しくなっていった。
「なにをやっている!! 貴様それでは副隊長になどなれんぞ!!」
「はい!! 申し訳ありません!!」
「もう一度!!」
「はい!!」
その時、大臣がカダン隊長へ声を掛けた。
「カダンよ、忙しいところ悪いが国王がお呼びだ、すぐに王室へ来てくれ」
「ハーメル大臣……は! かしこまりました、直ちにお伺いいたします」
――シリス城 王室
カダン隊長は王室の扉を叩いた。
「アルティラ軍隊長リダ・カダンです!」
ハーメル大臣が扉を開け、カダン隊長を中へと向かえた、中へ入ると奥には立派な王座に座る国王の姿があった、カダン隊長は国王の御前に寄ると片膝を付き敬礼した。
「おお、カダン、表を挙げい、稽古中の忙しい時に呼び立てして悪いな」
「いえ……」
「いやな……アルティラ軍の副隊長の件なんじゃが、前の副隊長が事故で亡くなり不在になってからしばらく経つしの、そろそろ決めんとならんと思うて呼んだんじゃが……」
「その件であれば、次の副隊長にはシードがよいか……」
「ロムにしようかと思う」
「は?」
「お前の弟のロムじゃ、あやつを副隊長にすれば、兄弟と言うこともあって、なにかと円滑になるじゃろう? 隊長の実弟ならば他の兵士だって納得せざるを得んじゃろうしなあ」
「し、しかし! お言葉ですが国王様! あいつは副隊長となるにはあまりにも剣の腕が劣ります!」
「剣の腕なんぞ、副隊長になって戦場にバンバン出て行けば勝手に上がって行くじゃろ、今は多少弱いじゃろうが、強くなるまでは、お主がフォローしてやればええじゃろう? 兄なんじゃし」
「ですがそれでは他の兵士に示しが!」
「示し……? 示しはワシが示した事が示しじゃ! なんじゃお主……不服か? これは命令じゃ! お主とロムの二人で、アルティラ軍をしっかりと牽引しろ!」
「くっっ……は、はい……し、承知……致しました……失礼します……」
カダン隊長は立ち上がり、王室を出ようとドアノブに手を掛けた。
「あー、カダン、それとなあ……お主の父上、彼にも宜しく言っておいてくれ! 今後とも宜しくとなあ……」
「!?」
それを聞いたカダン隊長は何かを察した。
――カダン邸
その夜、カダン隊長は家へ戻ると、もの凄い形相で書斎に居る父の元へ向かい声を荒げた、その声は屋敷中に響き渡り、ロムも異変に気付いた。
「父上!! どういう事ですか!!」
「ななな、なんじゃ急に、どうした?」
「今日、国王の命により、正式にロムの副隊長任命が決定した!」
「!!??」
これには聞いていたロムも驚いていた。
「おお! そうか! 遂に決まったか! よかったよかった! ワシもどうなるものかと不安だったんじゃよ! いやーよかったよかった!」
「よかったではない!!」
ロムは机を殴りつけた。
「ひぃ!」
「国王を買収してまで……そんな事をしてまで! あんたにはプライドってもんがないのかあ!」
「いや、買収って……ワシはただウチの息子達をどうかよろしくって……そんな買収だなんて人聞きの悪い……」
「ぐぅぅ……我が父ながらなんと言う愚かな……」
「愚か……? 愚かとはなんだ愚かとは……大体、それもこれも皆お前らの為にやった事だろう!」
「だれも頼んではおらん!! 全ては家名の為だろう!!」
「んな?! か! 家名を思うて何が悪い!! お前は! 街で喧嘩ばっかりしとったのが、たまたま上手いこといって軍の隊長になれたからといって調子に乗るな! ここまで誰が代々伝わるこのカダン家の家名を守ってきたと思っとるのだ!」
「こんな汚い事をしてまで守らなくてはならん家名なら俺はいらん!!」
「ななな、なんじゃとー! 今までお前がしでかしてきた事を、誰が揉み消してきてやったと思っとるんじゃ! 感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないわ!!」
「それが余計なお世話だと言うんだ!! 俺は自分の責任で起こしてしまった罪は自分で償う!! あんたはただ家名に傷を付けたくなくて勝手に裏で手を回していただけだろう!!」
「なーにーをー!! 言わせておけば言いたい放題言いおってー!! この恩知らずがあ!! だいたい!! お前の母親は!! エリイは誰のせいで死んだと思っとるんだ!! 自分で責任を取る!? だったらエリイを生き返してみろ!!」
その時、二人の言い合いを見かねてロムが間に割って入った。
「二人ともやめて下さい!!」
「ぐぬぬぅぅ……」
「くぅぅ……」
カダンは壁を殴りつけると部屋を出て行った、それを見てロムは追いかけようとした。
「ロム! 放っておけ!!」
ロムは足を止めた。
「兄さんは……ああいう所はあるけれど、いつだって自分に信念を持って生きてます、だから、今まで一度として不条理な理由で人を傷つけた事はない、母さんの件だって……兄さんはケガをした僕の傷を治すために、ナオズキスを探しに行ったから……父上は必死になって色んなことをお金で揉み消してきたのでしょうが、そんなに家名に傷を付けたくなかったのなら、もっと違ったやり方があったのではないでしょうか?」
「ぐっ……お、お前までぇぇ……」
そう言い残すとロムはカダン隊長を追って行った、カダン隊長はちょうど、玄関から家を出た所であった。
「兄さん!!」
ロムの声を聞くと、カダン隊長は振り返らずに足を止めた。
「兄さん、父上も悪気があって……」
「俺は認めんぞ!!」
「え?」
「お前が兵士など、俺は認めん! ましてや副隊長だと……? お前が……?」
カダン隊長は両拳を強く握りしめていた。
「兄さん……」
しばらくしてカダン隊長は振り向き、ロムを鋭い目で見た。
「国王の命は絶対だ、認めはせんが仕方がない、だが覚悟しておけ、お前のような軟弱者が務まる地位ではないということをな! 今に自分の口から辞退させてほしいと思わせてくれるわ!」
そう言い残すと、カダン隊長は夜の闇へと消えて行った。
「に、兄さん……」
――ゲルレゴン王国王室
カダン隊長に交代を言い渡されたロムは、床に手を付きうなだれていた。
(くそお! 僕は! いつまで経っても兄に認めてもらえない! この十五年間、必死に訓練してきたのに! 兄に追いつくために! 並んで戦える為に!)
そして、ロムに交代を言い放ったカダン隊長は、デズニードと対峙すべく足を踏み出した。それをテツとアンジも見ていた。
「あれ? あっちは後退かな?」
「そのようですね、まあ、懸命な判断でしょう、少々実力差がありましたからね、剣術では……」
ロムは自問自答していた。
(こんなことで! こんなところで! 僕の十五年間を無駄にしていいのか!? あの時感じたあの気持ちはこんだものだったのか!!)
そしてロムは十五年前、オブシオンの森で見た兄の背中を思い出した。
「…………」
カダンは無言で剣を抜いた、その時、ロムが後ろからカダン隊長の腕を掴んだ。
「待ってください!」
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