第57話【脅威】

 ――クルムの寝室


 シムはそっと寝室の扉を閉めた。


 次の朝、シムは工場に籠り、無心で作業をしていた。


 その時、また背後から視線を感じ振り返ると、物陰から作業を見るクムルの姿があった。


「クムル……」


 シムは立ち上がり、クムルの元へ寄った。


「お父ちゃん……剣じゃなくていいから……クムルも見ていい?」


「クムル……あ、ああ! もちろんだよ! さあ、こっちへおいで」


「うん!」


 シムは横にクムルを座らせると作業を続けた、そしてその日二人は遅くまで作業場に籠っていた。


 そして数日後、シムは薪を集めに森へ出ていた。


(なんだか最近森で王国の巡回兵を見なくなったな……コールからの返事が来ないことと言い、本当に王国でなにかあったのか? もうすぐ注文の品も出来るし、行ってみればわかるか……)


 その時、茂みの向こうで何か気配を感じた、シムは何か感じ取ったのか、咄嗟に木陰に身を隠した。


(王国兵か……? それにしても何か感じが違う……)


 シムは恐る恐る木陰から気配のした方を覗いた。


「!!??」


 なんと、そこには立って剣を持つ獣の姿があった。


(な! なんだあいつは!? ビート? 人間のように立って、しかも剣を持ってるぞ!?)


【ビート】

大きい鼻が特徴、基本には食べては寝るだけの生活を送っているが、いざとなると物凄い突進で相手を突き飛ばす力を持っている。


 シムは暫くの間、立って歩くビートの後を追った。


(なにかを探している……? 知性があるのか……?)


 暫く後をつけていると、シムはあることに気が付いた。


(まずい……このままいくと家にたどり着いてしまう……行かせちゃ駄目だ!!)


 シムは行動に出た、慣れた動きでビートの行く先へ先回りすると、木の上に登りツルを集めた。


 そしてビートが真下にきた瞬間、ツルをビートの首へと垂らし、持ち手側を木の枝に掛けるとツルをしっかりと持ち木から飛び降りた。


「グオオオオオ!!」


 たちまちツルはビートの首へ巻き付き、ビートの身体は一気に浮き上がった。


「くうう!!  お! 重い!」


 シムは必死にツルを握り引っ張ったが、その時、シムの身体が逆に浮き上がった。


「う! うわ!」


 ビートはツルを持ち、自分の方へと引き寄せていた。


「グフゥゥンッ!!」


 そして持っていた剣でツルを切ると、シムはしりもちをついた。


「うわ! っててて……はっ!」


 シムが顔を上げると、目の前にはビートが近づいてきていた、シムは驚きと恐怖でその場から動けずにいた。


 ビートはシムの顔を覗き込んだ。


「お前はシム・ナジカか?」


(な!? 喋った!!??)


大兇帝だいきょうてい様がお探しだ、お前がシム・ナジカなら俺と一緒に来い」


(だ、大兇帝だいきょうていって?? 俺を探してる??)


「どうした? 何も言わないなら問答無用で連れて行くぞ」


「ち、違うと言ったら?」


「違うなら……殺す」


(な!? 殺す?)


「どうした、早く答えろ、お前はシムナジカか?」


「お、俺は……」


 その時シムはビートのすぐ横にツフリネ草が成っているていることに気が付いた。


【ツフリネ草】

熱帯から温帯に分布する多肉で多汁な植物、果実が熟すと勢いよく弾けて飛ばす。


「早く言え」


 シムは落ちていた小石を握り、ツフリネ草へと投げつけた、するとツフリネ草はビートの顔の近くで勢いよく弾け種を飛ばした。


「グヲオ!!」


 ビート目に種が入り、怯んだ隙にシムは急いでその場を離れた。


(あいつは一体なんなんだ? まさか、最近王国軍の兵士を見ないのはあいつにやられたから?)


 シムはビートに気付かれない程度の安全な距離を保ちビートを監視した、ビートは草や木をなぎ倒しながら森を突き進んで行った。


(やはりこのまま行くと家へたどり着いてしまう、先回りしてリラとクムルを非難させないと……)


 ビートが一直線にシムの家へ進む中、シムは少し遠回りをしながらも急いで家へと向かった。


「リラ!! クムル!!」


 シムは家へと入り二人を呼んだが、二人の姿は無かった


「リラ!! どこだ!?」

(い、いない! どこへ行ったんだ!?)


 その時シムは、今朝リラとクムルで森へ果実を取りに行くと言っていたのを思い出した。


「は! そうか!」


 急いで家を飛び出し、よく二人が果実を取りに行く場所へ向かおうとしたその時、森の向こうから悲鳴が聞こえた。


「な!? く! くっそう!!」


 シムは一目散に悲鳴の聞こえる方へと掛けて行った。


 その頃、リラとクムルは森でビートと出くわしてしまっていた。


「お前は……シム・ナジカか?」


「ち、違います! 知りません!」


 リラが震えながらクムルを抱きかかえる中、 クルムは言い放った。


「やい化け物! お母ちゃんに手を出したらただじゃおかないぞ!」


 ビートはクムルをギョロっと睨み付けた。


「ひぃ! お、お前なんか! 恐くないんだぞ!」


「クムル!」


 リラはクムルを静止させた。


「二人とも違うな……」


 リラはクムルを抱きかかえながら震えていた。


「ならば殺す!」


 ビートは剣を振り上げた、その時、ビートの身体にツルが巻かれ、ビートは動きを取れなくなった。


「シム!!」


「お父ちゃん!!」


 シムが間一髪間に合い、一瞬にしてビートの身体にツルを巻き付けたのであった。


「リラ!! クムルを連れて逃げろ!! 走るんだ!!」


「!!!!」


 リラはそれを聞くとクルムを強く抱き、その場を離れた。


 一方ビートは巻かれたツルを引きちぎっていた。


「な!? タッカイのツルを引きちぎった? なんて力だ!」


【タッカイ】

ツル科の植物、ツルは高い強度を持ち、主に家作りや道具を作る材料に使われている、乾燥させるとさらに高い強度と共に柔軟性が生れる。


 ビートはシムの存在に気付いておらず、リラとクムルを追っていた。


「くっ!」


 シムはビートを追い、声を上げた。


「おい!! シム・ナジカは俺だ!! 俺に何の用だ!?」


 ビートは足を止め、ゆっくりとシムの方を振り返った。


「シム・ナジカ……」


「そうだ! 俺がシム・ナジカだ!」


大兇帝だいきょうてい様がお呼びだ、俺と一緒に来い」


大兇帝だいきょうてい様って誰だ!? お前らは一体何者なんだ!?」


「答える必要はない、いいから来い」


「断る……と言ったら……?」


 するとビートは顔を左右に傾け首を鳴らした。


「力ずくで連れて行く!!」


 ビートは襲い掛かってきた。


「くっ!」


 シムは身を構えた。


「グオオオオオ!!」


 ビートはシムへと拳を突いた、するとシムは高く飛び、ツルを掴むと遠心力でビートの後方へ回り、その戻る勢いで後頭部を蹴った。


 しかしビートは動じることなく、またシムへ向け拳を後ろから振った、それを間一髪避け、その拳にツルを巻き付けると、そのままツルを大きな木へと巻き付けた。


「はあ!」


 そうしてビートの腕を封じると、近くにあった太い木の枝を手に取り、ビートの腹部を枝で薙ぎ払った、そしてすかさず高くビートの頭上へと飛び、頭へ枝を振り落とした。


「どうだ!!??」


 しかし、ビートはシムの攻撃をものともせず、巻き付けられたツルを引きちぎりながらシムへと再び拳を繰り出した。


「ぐわあ!!」


 シムはもの凄い勢いで吹き飛ばされ、大きな木に叩きつけられた。


「が、ぐあぁあ……」

(な! なんて力だ!)


 ビートはゆっくりとシムへと近づいて来た。


「くうっ!」


 シムは立ち上がった、ビートは速度を上げてシムへ向かい拳を突いてきた。


「くはあ!」


 シムは転げるように間一髪横へと避けると、ビートの拳は大きな木へとめり込み、木はなぎ倒された。


「な!?」


 ビートは再びシムへ襲い掛かり、シムは大きく横へ飛んだりツルを使い、何とかビートの攻撃を避けていた。


「あれは!?」


 そんな中、シムは途中、ツカボズラを見つけると、それを手に取った。


【ツカボズラ】

肉食植物、大きな捕虫袋を有しており、その中には強力な酸が入っている。


 そしてそれを持ち、ツルを使いビートの頭上へ行くと、ビートの顔にめがけてツカボズラの酸を落とした。


「グォアアアアアア!!!!」


 ビートの顔から煙が上がり、ビートは悶えた。


 その隙にビートの足にツルを巻くと、 その先のツルを木の枝に掛け、勢いよく引っ張っると、ビートは足をすくわれ地面に倒れた。


 そしてシムは自分の顔の三倍もあろう岩を持ち上げると それをビートの顔めがけて叩き落した。


「グオオオオオ!!!!」


「はあはあはあ……」


 シムはビートが動かなくなった事を確認すると、その場に膝を落とした。


「はあはあはあ……や、やった……はあはあはあ……ふ、二人は?」


 そしてリラとクムルを探す為に立ち上がり歩き出した。


「家へ戻ったかな?」


 その時、背後に顔面が半分ただれたビートが現れシムを殴り飛ばした。


「ぐはああ!!」


大兇帝だいきょうてい様の元へ連れて行く……」


「な! ま、まだ……ぐうぅう……」


 ビートがシムの前へ来ると、シムは近くのツルに手を伸ばした、しかしビートはその手を強く踏みつけた。


「うあああ!!」


「力ずくで、連れて行く」


 ビートはシムの腹部を殴りつけた。


「ぐはああ!!!!」


 その後、何度も何度も殴りつけられると、シムは遂に気を失った。

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