第52話【ナジカ家】

 ――ゲルレゴン王国西部カイルの森


 シム・ナジカは家族で暮らしていた。


「ふん! ……ふん! ……ふん!」


 シムが斧で薪を割っていると、息子のクムルがやってきた。


「お父ちゃーん! クムルも手伝ぅー!」


「クムル! ありがとうな、じゃあ……父ちゃんが割った薪を一か所に集めてくれるか?」


「わかったー!」


 クムルは割れた薪を拾い集め始めた。


「薪の棘で手を切らないように気を付けるんだぞ」


「はーい!」


 一生懸命に薪を集めるクムルをシムは微笑ましく見ていた。


「ふん! ……ふん! ……ふん!」


 そして再び薪を割り始めた。


 ――


「ふうー! 終わったー!」


「お父ちゃん、凄いいっぱい切ったねー」


 刃物を作るには火力が沢山必要だからね、こんだけ切ってもまだまだ足りないくらいだよ」


「へー……大変だー」


「ははは、だからこうしてクムルが手伝ってくれて助かってるよ」


「へへへー!」


「ん? 良い匂いがしてきた! お母さんの夕飯が出来上がるんじゃないか? クムル! 早いとこ残りの薪も集めちゃおう!」


「わかった!」


 すると家の中から嫁のリラが二人に呼びかけた。


「シムー! クムルー! ご飯出来るわよー!」


「はーい!!」

「はーい!!」


 二人は同時に返事をし、急いで薪を拾い集めると、家の中へと入って行った。


「うわー! 良い匂い!」


「クムル! ちゃんと手を洗いなさい、お父さんみたいに汚れた手のまま食べちゃだめよ!」


 その言葉にシムが反応した。


「すんません……おーいクムルー、手を洗うぞー」


「はーい!」


 二人は一緒に手を洗うと食卓に着いた。


「うわあ! おいしそー!」


「いただきまーす!」

「いただきまーす!」


 二人は声を合わせると、モリモリと食べ始めた。


「うまーい!」

「うまーい!」


 またも声を合わせる二人を見てリラは微笑んでいた。


「うふふ、本当……親子ねえ」


 シム達が食事を終える頃にはすっかりと日が落ち、その後シムはクムルと共に風呂に入り、団欒を終えるとクムルを寝かせた。


「クムルは?」


「ああ、やっと寝たよ、 最近やたら好奇心旺盛でいろんなことを聞いてくるから、なかなか寝付かなくて大変だよ……」


「うふふ、お疲れ様、お酒、少し飲むでしょ?」


「ああ、ありがとう」


 二人は酒を一杯酌み交わした。


「そういえば、あれからコールさんからの返事はあったの?」


「いやあそれが未だにないんだよ……伝書鳩を飛ばしてもう三日も経つっていうのに、なんでだろう……普段返事が遅い奴でもないんだけど、なにかあったのかな?」


「おかしいわねえ、お一人ではないから何か急な病だとしても、身内の誰かしらが飛ばしてくれそうなものだけど……」


「そうなんだよ……王国に行こうにも返事がないから、お目当ての原料が入ってるか分からないと無駄足になってしまうし……」


「そうねえ……でもいいんじゃない? 一度王国に行ってみたら? クムルも連れて、きっと喜ぶわよ」


「そうだなあ……じゃあ、せめて今注文もらってる包丁を仕上げてからにするよ、それを収めるついでにコールのところに寄ってみる、それと一応また明日、鳩を飛ばしてみるよ」



 ――次の日


 シムは工場に入り作業を始めた、薪を焼べ、火を燃やし、鉄鉱石に熱を入れ、一心不乱に打ち続けた。


「……」


 その姿をクムルが物陰から見ていた。


「ふん! ふん! ふん!」


 ジュウー……。


 シムは真っ赤になった鉄を水に浸けた。


「ふうー……」


 シムが一息付き水を飲んでいると、物陰から見ているクムルに気付いた。


「ん? クムル、どうした?」


「お父ちゃん、クムルもなんか手伝う」


「はは、ありがとうな、しかしここでの作業はクムルにはまだ危ないかなー」


「うん……」


 クムルは残念そうな表情を浮かべた。


「……こっち来て見てるか?」


「うん!」


 クムルは嬉しそうにシムの近くへ寄った。


「こんな硬い鉄でもこうして熱して叩く事で色んな形に変えられるんだ、それに強く叩くことでどんどん頑丈になっていくんだよ」


「へー……叩くと頑丈になるんだ?」


「そう、人間も一緒、厳しくされる事で、人としてどんどん強くなる、だからお母さんや父さんがクムルに色々厳しく言うのは、クムルに強くなって欲しいからだからなんだよ」


「へー……だからお父ちゃん強いんだね! クムルよりお父ちゃんの方がお母ちゃんに怒られてるもんね! あれ? でも一番強いお母ちゃんは誰に怒られてるの?」


「ははは……誰だろな……色々、いるんじゃないかな……」


 シムは複雑な顔をし、再び鉄を叩き始めた。


「ねー、お父ちゃん……」


「んー?」


「クムルもいつかそれ出来る?」


「クムルは鍛冶屋に興味あるのか?」


「うん、お父ちゃんみたいになっていろいろ作りたい!」


「そっかー! クムルならきっと良い鍛冶屋になれるよ! 包丁や斧や鉈を作って、皆んなの暮らしの役に立てるな!」


「うん! でもクムルはいつか剣を作れる人になりたい! 剣を持った兵士さんかっこいい!」


 シムは一瞬手が止まり、顔色を変えた。


「な、なにいってんだシム……剣なんて作ってもしょうがないよ、もっと人の役にたつものにしなさい……」


「えー、だって兵士さんは国を守る人だから、その兵士さんの剣を作ったらクムルも国を守ってるって事になるでしょ? 役に立ってるよ!」


「いいから剣なんか作るんじゃない!! 剣を作るための技術なんて教えないぞ!!」


 シムは血相を変えて声を荒げた。


「うう……ごめんなさい……」


「はっ! いや、ごめんクムル! そんなつもりじゃ……」


 シムは我にかえり、泣きそうなクムルを抱きしめた。


「クムル本当ごめんな……急におっきな声出してびっくりしたよな……」


 シムはクムルの肩を掴み、目を合わせた。


「でもなクムル、三百年前の戦争以来、もう国同士での戦いは無くなったし、今のウィザード隊長が軍の隊長になって以来、山賊なんかもいなくなって、本当に平和な国になったんだ、平和な世の中になった今、人や生き物を傷つける為だけに使うようなものを、これ以上作る必要はないんだ」


 クムルは小さく頷いた。


「わかってくれるか……ありがとう……」


 シムはクムルの頭を優しく撫でた。


「今日はもう終わりにするから、先にお母さんの所に行ってなさい、父ちゃんも片したら行くから」


「うん……」


 クムルは少し肩を落として工場を出た、シムはそれを複雑そうな顔をして見ていた。



 ――その夜


 シムは一人でお酒を飲んでいた。


「どうしたの?」


 一人で物思いにふけるシムにリラが声をかけた。


「ああ……リラ……」


 リラはシムの横に座った。


「クムルとなにかあった? あの子もあなたと同じように落ち込んでるようだったけど」


「そうか……はあー……」


 シムは顔を手で覆い、深くため息を吐いた。


「今日、工場でクムルに感情的に怒鳴ってしまったんだ……」


「そう、珍しいわね、なにかあったの? 危ない事でもした?」


「いや……クムルが……将来鍛冶屋になって剣を作りたいって……」


 それを聞いたリラはなにかを察した。


「鍛冶屋になりたいって言ってくれた時は、本当に嬉しかったよ、でも……でもなんで剣なんだ!」


 シムはまた少し感情的になってきた。


「シム……」


 リラはシムの背中に優しく手を置いた。


「お義父様の事……私から話して聞かせる?」


「いや……いずれ僕の口から話すよ、ありがとう……クムルに父さんの話をするのはまだ早いと思うから、今は剣を作る必要の無い時代だし、そういう時代を作ってもいかなきゃならないって事を、分かってもらうよ」


「そうね……クムルなら、きっと分かってくれるわよ」


 リラはシムの背中を優しくさすった。


「ああ」


 シムは席を立つとクムルの寝室の前で、クムルの寝顔を優しい目で見ていた。



 ―― 七年前

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