第53話【猫】

「出来た……」


 シムは工場で剣を作っていた。


「父さん! 出来たよ、どうかな?」


「ん、んん……」


 シムの父親カイヴ・ナジカは、シムの剣を手に取り眺めた。


「んんん……」


「駄目、かな……?」


「いや、いい出来だ、大したもんだ」


 カイヴはシムの剣を上に掲げ、光に照らして見ながら言った。


「本当!? じゃあ!?」


 カイヴは剣をシムに渡した。


「んん……鍛冶屋として、今日からお前はお前の剣を作れ」


「やった! はい! ありがとうございます!」


「ん……」


 カイヴはまた黙々と剣を打ち続けた、シムはその様子を誇らしげに見ていた、そしてその後、自分の剣を見つめて笑みを浮かべた。


 数日後、カイヴとシムは作った剣を卸しに、ゲルレゴン王国へ続く山道を歩いていた。シムの背中にはカイヴの剣と共に、自分で作った剣を背負っていた。


「はあはあ、はあはあ」


 シムは息を切らしながらも晴れやかな顔をしてカイヴの後を着いて行った。


 三時間ほど歩くと、二人はゲルレゴン王国へと辿り着き、得意先の武器屋へと入った。


「いらっしゃい……あ、ナジカさん!」


「ん……親父さん、いるかい? 頼まれていたもん持ってきたんだが」


「はい! 今呼んできます! 親父いー! ナジカさん来たよー!」


 しばらくすると店の奥から店主のベルがやってきた。


「おお、カイヴ、いつも早いな」


「んん、頼まれてた剣三本と刀二本、それと槍先が十本だ」


 シムは背中に背負ったカイヴの作った武器を机の上に降ろした。


「シム君、いつもご苦労だね」


「いえ、こちらこそいつもお世話になっております!」


「はっはっはっ! 相変わらずいつも礼儀正しい子だ!」


 ベルは武器を一つ一つじっくりと検品し始めた。


「相変わらず良い仕事してるなあ、これだけの腕があるんだ、いつまでも山奥で暮らしてないで、こっちへ出てきて店を持てばいいのに、山での暮らしはなにかと不便だろう」


「そうでもないさ、山での暮らしの方が俺には性に合ってる、資源も豊富だしな」


「お前は本当に欲がないな、まあ、お前が剣を卸すのを俺の店だけにしてくれるおかげで、うちの評判が上がっているわけだから、俺としてはその方が有難いがな」


「俺も、お前の武器屋としての剣を見る目は信用している」


 シムは二人の掛け合いをまじまじと聞いていた。


「シム! おいシム!」


 その時、店の隅からベルの息子のコールがシムを小声で呼んだ、それに気付いたシムはコールの元へと駆けて行った。


「ところでどうなんだ? シムくんは?」


「どうって?」 


「お前の仕事を手伝い始めてもう結構経つだろう、そろそろ剣の一つや二つ、作らせてみたらどうだ? 勉強熱心だし、なにより鍛冶屋の仕事が好きそうだ、将来良い跡取りになるんじゃないか?」


「こないだ、一本仕上げて俺に見せてきたよ」


「おお、そうか! で? どうだった? 才能はありそうか?」


「んん……もしかしたら、俺よりもナジカの血は濃いかもな」


「そうかそうか! そりゃ凄い! それならお前も安心だな!」  


「いや、だが一人前と呼ぶにはまだまだ課題もある」


「なんだよ? 腕は確かなんだろう? あとなにが必要だって言うんだよ?」


「……美的感覚、だな……」


「え……? もしかして、ダサかったのか?」


「ああ……絶望的にな……」


 奥で猫が鳴いた。



 ―― 一方シムとコール


「コール! 久しぶりだなあ!」


「おう! 元気してたか?!」


「ああ! それにしても、随分と注文無かったけど、儲かってないのか?」


「そうなんだよ……聞けば今、王国で凄腕の女性剣士が大活躍してるらしくてさ、王国中の獣は勿論、山賊や盗賊やらを片っ端から討伐してるらしいんだ、お陰でそれを恐れて山賊やら盗賊やらもいなくなるし、そうなると兵士を増やす必要もなくなるし、住人も護身を考える必要がないってんで、武器がぜんぜん売れないんだよ」


「へー……そうなんだ……? どんな人なんだろう? 筋肉隆々でおっかない感じかな?」


「いやいや、それがえらいべっぴんらしいぜ、それに歳も若くてまだ十代だってよ」


「まだ十代だって? 凄いな……」


「まあ、国が平和なのは良い事なんだけど……武器屋としては複雑な心境だよ」


「そっかぁ……色々あんだな……」


「まあなぁ……んでお前は? どうしてた?」


「ん、ああ! これ見てくれよ!」


 シムはコールに自分の剣を渡した。


「剣?」


「俺が作ったんだ! 一から全部!」


「まじかよ? すげーじゃん! ついにか!」


 コールは鞘から剣を抜き、よく見始めた。


「……」


「ど、どうかな?」


「親父さんは……なんて?」


「認めてくれた、鍛冶屋を名乗っていいって!」


 コールは吸い付く様に剣を見ながら言った。


「お前……これ凄えよ、並みの鍛冶屋の仕事じゃねえよ! 本当にお前が一から作ったのかよ?!」


「本当か!? よかった!? 勿論、原料の選定からなにまで俺一人だよ!」


「凄えな、やっぱお前も伝説のナジカの血を引いてんだな……流石に親父さん程とは言わねえけど、こんなもん、大陸中探したってお前の歳でこんな剣作れる奴いねえぞ」


「いやー、本当に良かった……自信作なのは確かなんだけど、内心すごく心配だったんだよ、武器屋の目線で言うとどうなのかなって」


「あの親父さんが見て大丈夫だって言ってくれた時点で大丈夫だろ! なんたって大陸一の鍛冶屋なんだから、ただ……」


「ただ!?」


「武器屋目線と言われると、一つあるな……」


「なに?! 研ぎが甘いか?! 芯が出てないとか?!」


「いや……ダサい……見た目が」


「え?」


 奥で猫が鳴いた。


「いや、剣身は素晴らしいんだけどさ、もうちょっとこう……ガードとかグリップとか、なんとかならんかったかね……」


「ええ? そうか? 良いと思ったんだけどなぁ……」


「まあ、そこはまだまだ修行が足りないな、でも記念すべき最初の一振りだ、大事に持っておきな!」


「いや、よかったらコールの店に置いてくれないか? お金はいらないから」


「え? いいのか?」


「ああ、鍛冶屋は剣を人に渡してなんぼだから、自分で持っていても仕方ないよ! 好きな値段で売ってくれ!」


「へー、いっぱしの事言うようになったじゃないの、わかった、じゃあ親父に言って店に置いてもらうよ」


「ああ!」


「ところでお前、パン屋のデンタさんとこにはもう行ったのか?」


「え? いや? なんでだよ……」


「いやいや、こないだ娘のリラちゃんにあったんだけどさ、しきりに最近お前が来ない来ないって、気にしてたからさー」


「え? あ、そっか……」


 コールは横目で目を薄くし、シムを見た。


「な、なんだよ……」


「いやいや別にー……まあ、伝説の鍛冶屋の子孫さんは剣作りで忙しいですからねー、女の子にかまってる暇なんてないですよねー」


「な、なにが言いたいんだよ!」


「いやいや、私はなにも」


 その時、カイヴがシムを呼んだ。


「シム! 行くぞ」


「ああ! 今行くよ父さん! コール、あの娘になんか変な事言うなよ!」


「おう! ただ、ちゃんと寄ってってやれよ!」


「う、うぅん、まったく……じゃあ、またな!」


「おう! 頑張れよ!」


 カイヴとシムは店を出て行った、その後、武器を売ったお金で必要な物の買い出しを済ませると、王国を後にした。


 家路に向かう山道を歩くシムは上機嫌で、足取りも軽く口笛を吹いていた。


「随分と、ご機嫌じゃないか」


「え? ああ、今日ね、コールに剣を見てもらったんだ、店に置いてくれるって!」


「そうか……よかったな」


「うん! でもね、見た目がダサいって言われたよ……そんな事ないと思うんだけどなー、コールもまだ武器屋としては半人前だからなー」


 カイヴはうっすらと笑みを浮かべていた。


「まだ若いんだ……この先、色々な武器を見ると良い」


「そうだね! 今度アルティラ国やバレスティナ国の武器屋にも行こうよ!」


「ああ、そうだな」


「あとそうだ、さっき買ったパン食べる? 温かいうちに食べた方が美味しいって言ってたから!」


 カイヴは少し笑うとパンを受け取り、二人は食べながら山道を歩いた。


 そして二時間程も歩くと、すっかりと日も落ち、辺りは暗くなっていた。


 シムは松明に火を灯した。


「大分暗くなっちゃったね」


「ん……足元に気をつけるんだ」


「うん」


 その時、カイヴが足を止めた。


「どうしたの父さん?」


「しぃ……」


 カイヴはシムの前に手を出し、静止させた。


「え?」


 立ち止まった二人の前に、木の影から一人の男が現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る