第55話【作戦】

「父さん!!!!」


「うぐぐう……」


 カイヴは片膝を落とした。


「ひゃははっ! あれを防ぐなんてなかなか良い反応じゃねえか、しかし致命傷には変わりねえ! 覚悟しな!」


 親玉は再び剣を構えた。


「いやだ! 父さん!」


 シムは親玉に背を向ける形でカイヴに抱き着きカイヴを庇った。


「へっ! 二人まとめてぶった切ってやる」


「くっ」


 カイヴは己の血を親玉の目にかけた。


「ぐわっ! てめえ!」


 それと同時に親玉を両手で強く押し、シムへ叫んだ。


「シム!! 走れ!!」


「と、父さんは!?」


「俺もすぐに行く! いいから走れ!」


「くっ!!」


 シムは走り出した。


「やろう!!」


 子分達がシムを追おうとしたが、 カイヴは子分達を後ろから掴み倒し、顔を踏みつけた。


「ぐわあ!!」


 そしてカイヴもシムを追って走った。


「ぐぬぬうぅ……」


 親玉は目についた血を拭いきると子分達に叫んだ。


「何してやがるてめえら!! 早く追わねえか!!」


「へ! へい!!」


 子分たちは二人を追った。


「はあはあ……はあはあ……」


 カイヴは呼吸を荒げながらもシムを追った、 途中でシムはカイヴに気が付き、 カイヴの元へと寄った。


「父さんしっかり!」


「ば、馬鹿野郎……!!  は、早く逃げねえか……」


「父さんも一緒に!」


「いいから行け! いいか、この先に獣用の罠 (落とし穴) が張ってある、 そん中に入ってやり過ごすんだ」


「わかった! じゃあ父さんも一緒に!」


「俺が一緒に行ったんじゃ奴らに追い付かれる、いいからお前一人で行くんだ!」


 その時、山賊達が向かってくる足音がした。


「早くいけえ!」


「くぅうう!!」


 シムは走り出した。


「な!?」


 しかし、走り出したのは罠のある方向ではなく、 山賊達が来る方向より垂直方向へと、大声を上げて走り出した。


「うわああああ!!!!」


「!? おい! いたぞ! あっちだ!」


 山賊達はシムを追い、カイヴのいる場所からは離れて行った。


「あ、あのやろう……」


「はあはあ! はあはあ!」


 シムは全速力で走ったが、 普段は歩きやすい道ばかりを歩いていた為、 木や草の生い茂った山道はあまり慣れておらず、途中途中、木の枝などで傷を負いながらもガムシャラに走った。


「はあはあ! はあ! うわっ!」


 そしてついには木の根に足を掛け、転んだ。


「うぐぐうう……痛てて……と、父さんは……大丈夫だったかな? 奴らは?」


「ここだよ」


「!!??」


 シムは親玉に裏拳で殴り飛ばされた。


「ぐああ!!」


「馬鹿が! 俺らは山賊だぞ! 山で山賊から逃げられるとでも思ってたのか?!」


「ひゃはははは!!」


「ひっひっひっ!」


 手下達も続々と集まってきた。


「ん? おいてめえ! 親父はどうした?」


 シムは答えようとしなかった。


「まあいい、あの傷だ、そう遠くへは逃げられんだろう、まずはてめえをぶっ殺してその首を見せしめにしてやる」


「ううぅ……うああああ!!!」


「シムは親玉の足に飛びかかり、脛を噛みちぎった」


「痛ってええ!!!! てめえ!! このやろう!!」


 親玉はシムを蹴り飛ばした。


「うぐあ!」


「こんのやろう!! おい! てめえら! ぶった切れ!」


「へい!」


 すると子分の一人がシムへと近づき、剣を振り上げた。


「うう!!」


「!!!!」


「うがあ!!」


 その時、子分の後頭部へと石が投げつけられた。


「てってめえ!?」


 親玉が振り返ると、そこにはカイヴの姿があった。


「父さん!!??」


「はあ……はあ……」


「てめえ……よくその怪我で……」


「へっ、こちらとガキの頃から山ん中で暮らしてるんでな……てめえら三下山賊なんかより、よっぽど山での移動手段は心得てんだ」


「ぐぬぬぅ……ふんっ、逆に都合が良い、おとなしく身を隠していれば良いものを」


 実際カイヴは満身創痍であった。


「はあ……はあ……」

(くそったれ……目が霞んできやがる……)


 親玉は子分に合図を出した。


「おい!」


「へい!」


 合図を受け、子分はカイヴへと襲いかかった。


「ふん!」


 カイヴは足元のツルを引っ張った、ツルは子分の足元まで伸びており、子分の足に絡まると足をすくった。


「うを!」


 すかさずカイヴは転んだ手下の元へ駆け寄ると、右腕を踏みつけ剣を奪った、そしてそのまま胸に剣を突きさした。


「うぎゃああ!!」


 それを見た親玉は顔色を変えた。


「て、てめえ……」


「はあ……はあ……」


 カイヴはゆっくりと体勢を起こした。


「いいか……三下のてめえらに教えといてやることがある」


 カイヴは手下の胸から剣を抜き、親玉へと切っ先を向けた。


「剣てのはなぁ、何かを奪うために使うもんじゃねえんだ……大事なもんを守る為に使うもんだ」


「ぐぬぬぅぅ! ちいっ! ぺっ!」


 親玉は唾を吐き、自らカイヴの元へと向かった。


「守ってみろよ!」


 カイヴは構えた、 親玉は勢いを増し、カイヴの元へと襲い掛かってきた。


「ひゃははは! その傷とその剣じゃあ! てめえに勝機はねえぞ!」


 親玉は飛び上がり、剣をカイヴに振り下ろした、それをカイブは横に避けると木の裏側に回った。


「うらあ!!」


 親玉は横なぎに木を切り倒した、 するとそこにカイヴの姿は無く、 親玉は辺り構わず周囲の木を切り倒し、カイヴを探した。


「どこだあ! 出てきやがれ!」


 親玉が切り裂いた木は次々と倒れ、手下達は倒れてくる木から逃げ惑っていた。


「うらああ!!」


 その時、親玉が切った木がシムの頭上へと倒れてきた。


「うわあああ!!」


 シムは後ろに倒れながらも辛うじて木を躱した。


「はあはあはあ……え?」


 すると倒れたシムの背後からカイヴが現れた。


「と、とうさ」


「静かに!」


 カイヴはシムの口を手で押さえると、その後、シムの身体にツルを巻き付けた。


「親分! いました! ここっす!」


「ちっ」


 子分の一人がシムとカイヴの居場所を親玉に叫んだ、カイヴは木の陰から立ち上がり、親玉の元へと戻った。


「へっへっへっ! 偉そうなこと言っといて結局は逃げ惑うだけかよ、どうする? しこたま切ってやったから、もう隠れられる木は無えぞ」


「自然は大事にするもんだぜ……」


「うるせえ! ちょこまかしやがって! どうせてめえもガキも助からねえんだ! 観念しやがれ!」


 そう言うと親玉は再びカイヴへ襲い掛かった。


「うらあ! うらあ!」


「ふっ! くっ!」


 カイヴは辛うじて親王の斬撃をかわしているが、多量の出血で足がふらついていた。


「ここだあ!」


 カイヴが体勢を崩した瞬間、親玉は袈裟に剣を振り落とした。


「ぐっ!!」


 カイヴは剣でなんとか受けるも、踏ん張れず、弾き飛ばされてしまった。


「うくくぅ……」


 弾き飛ばされたカイヴは、なんとか立ち上がり構えるも、親玉は容赦なく向かって来た、親玉の剣を受けきれず、カイヴが 弾き飛ばされる流れが続き、気付くと二人は元のいた場所から随分と移動していた。


「ぐわあ!!」


 カイヴはまたも弾き飛ばされた、そして起き上がると親玉から距離を取った。


「おいおい、いいかげんに観念しろや、いつまで粘る気だ?」


 それを聞いたカイヴはうすらと笑った。


「へっ……へへっ……」


「てめえ……なにがおかしい!」


「へっ……いやな……こんな手負いの老いぼれ一人にその上等な剣を持ってしても、満足に仕留められないってんじゃな、山賊ってのも結局弱いものイジメしか出来ねえ三下集団か、もしくは山賊の中でもとりわけてめえが三下なんだなと思ってな」


「て、てんめぇぇ……上等だ!! そんなに殺して欲しいんならすぐにぶっ殺してやる!!」


 親玉はもの凄い剣幕と勢いでカイヴへと襲い掛かってきた。


「!!??」


 その時、親玉は何かに気付き、急停止した。


「てっ! てめ!! 狙っていやがたのか!?」


「へっ……思ったより冷静じゃねえか……」


 なんとカイヴの背後は急な崖になっており、その下には流れの早い川が流れていた。


(この野郎……! この森を知り尽くしていやがる……さっさと仕留めちまわねえと、次はなにをしでかすかわかりゃしねえぞ)

「へっへっへっ、だが残念だったなあ、とっておきの策もバレちまったらお終えよ、観念しな」


「はあはあはあ……」


 満身創痍の中、カイヴは地面に広がるツルを見ていた、そして少し離れた場所にいるシムを確認した。


「はあはあはあ……」


 次の瞬間、カイヴが動いた、 しかし向かったのは親玉の方ではなく、斜め前へと走った。


「なに!?」


 カイヴは地面に広がるツルを取ろうと手を伸ばした。


「うぐっ!」


 しかし、手を伸ばした瞬間、胸の傷が開き、 動きが鈍った。


「うらあ!」


「ぐはあっ!」


 親玉がカイヴの腹部を蹴り上げると、カイヴはその場にうずくまった。


「てめえは放っておくと、なにをしでかすかわかりゃしねえ」


 親玉はカイヴの右足に剣を突きさした。


「ぐわあああ!!」


「父さん!!」


 シムがカイヴの元へ行こうと足を踏み出すと、子分がシムを押さえつけた。


「ひひひっ! お前はここでおとなしく見てな!」


「くっそー!!  離せ!! 離せ!!」


 そのころ、親玉はカイヴの胸ぐらを掴み、起き上がらせ、 崖の前へと出た。


「へっへっへっ! こうなりゃもう打つ手もねえだろう、ここから落ちて死ぬか、この俺に切り殺されるか選びな」


 カイヴはゆっくりと顔を上げると、 再びうすら笑った。


「へっ……随分と俺の小細工にビビってんじゃねえか……三下山賊の親玉ってのはどんだけビビってても、虚勢だけは張らねえといけねえんだから大変だなあ……」


「こ、この野郎……口の減らねえ……ちっとは命乞いでもしてみたらどうだ!」


「けっ! てめえみてえなカスに命乞いするくれえならなあ、そんなもん糞といっしょに肥溜めにでも投げ捨ててやるよ! ぺっ!!」


 カイヴは親玉の顔に唾を吐いた。


「てんめええ!!!!」


 親玉はカイヴの腹部に剣を突きさした。


「うぐはああ!!」


「とおさあああんん!!!!」


 シムは叫び暴れたが、子分に押さえられ、振り切れない。


「へっへっへっ! ひゃーはっは! これでてめえも終わりだー! 安心しな! 大事な息子もすぐに (あの世に) 送ってやるよ! お前の作ったこの剣でなあー!」


 その時、カイヴは自分の腹部に刺さった剣を掴んだ。


「なに!? なにしてやがる! 離しやがれ!」


「俺の剣であいつは殺させねえよ……」


「なあにい? な!?」


 するとカイヴは自分の身体を崖のある後方へと倒した、親玉は引きずり込まれまいと咄嗟に剣から手を離した。


 そしてカイヴは崖の下へと落ちていった。

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