第4話【名前】

 ――半年後


 二人は島の西にある小さな湖の近くに住処を移していた。


「アンジー!! 見てよほら! こんなデッカい魚釣れたよー!」


 アンジは少年の方を振り向いた。


「おおー! すごいじゃないか! これはこないだ僕が釣り上げた魚よりデッカいな! テツに記録抜かれちゃったなー!」


 テツは照れ臭そうに笑った。


「へへへ……」



 ――三か月前


「僕の名前は?」


「アンジ……」


「これは?」


「花……」


「これは?」


「石……」


「よーし! 大分覚えたなー! すごい勢いだ! いいかい? このようにすべてのものには名前があるんだ! これがペンと呼ばれるように、これがロープと呼ばれるようにね、そして、僕がアンジと呼ばれるようにだ、そこでだ! 君にも名前を付けたいと思う、僭越ながら僕が君の名付け親だ!」


 アンジは紙を取りペンを走らせた。


「じゃーん!!」


 そこには「テツ」と書かれていた。


「君の名前は今日からテツだ!」


「……」


「へ、変かな……?」


 テツは名前の書かれた紙をじっと見つめた。


「て……つ……へ、へへ……ねえアンジ、それほしい!」 


 テツはそう言って手を出すと紙を受け取った。


「名前か……へへ……テツ……面白い名前……へへ……」


「面白いって言うなよー、徹夜で考えたんだぞー」


「あはは! ごめんごめん!」



 ――――


 アンジはテツの釣ってきた魚の腑を取り洗うと、口から串を刺し焚き火の前に刺した。


「ねえ、アンジ」


「ん?」


「アンジはどうしてこの島に来たの?」


「ああ……僕は考古学者と言ってね、大昔に生きていた人達が残してくれた、その時代からの手紙を受け取る仕事をしてるんだ。場所が変われば生活が変わり、言葉も変わり、いろんな文明が生まれるんだ、もちろん時代が変わってもね。僕はね、いろんな土地のいろんな文明文化にふれたくて、世界中を旅しているんだ。」


「へぇー……すごいね! 受け取れると良いね! 手紙!」


「ああ! その為にテツにもうんと働いてもらうぞー!」


「まかせといて! 僕も考古学者になってアンジと一緒に研究するよ!」


「ははは! そうだなー! テツはこの半年間、すごい早さでいろんな事を覚えた! それだけ頭がよければきっと僕よりずっと凄い学者になれるよ! さあ焼けたぞ! 熱いうちに食べよう!」


「うん!」


 テツは焼けた魚を口にほおばった。


「うまーい!」


 アンジは美味しそうに魚を食べるテツを見て微笑んでいる。


(そう……この土地に存在した人類の文化を解き明かせば、きっと辿り着ける筈なんだ…あの伝説に……) 



 ――翌日


「テツー! テツー!」


 草むらからテツが現れた。


「テツ! どこ言ってたんだ?」


「なんかむずむずしたから森に行ってた」


「むずむず? どこが?」


「んー……身体??」


「?? 身体ってどこの? なんか調子悪い所でもあるのか?」


「いや、調子は良いよ。今気分良いしね」


(なんだかおかしな事を言う子だなぁ……なんか変な病気とかになってなければ良いが……)


「それよりアンジどうしたの? なにか用があったんじゃないの?」


「そうそう、これから島の探査に行こうと思うんだがテツも一緒に来ないかい? 丁度助手がほしいと思っていたんだ!」


「行く行く! 探査する!」


「よーし! では今から君は私の助手だ! 研究者の助手である君は私の事を今から先生と呼びなさい!」


「わかったー! 先生―!」


「よーし! では出発―!」


「おー!!」


 二人は南の岸壁へと向かい歩き出した。



 ――――


「なあテツ……」


「なに先生?」


「まだ記憶は戻らないかい?」


「んー……気が付いたらこの島にいた事くらいしかわかんないよ、動物達で遊んでいて」


(?? 動物達と、ね……)


「それにも飽きてきたなーって思ってたらアンジが来て、自分と同じような生き物だって思って、ずっと見てたらなんかいっぱい面白い事してくれるからずっと見てた」


「そっか……」


「うん……思い出せるのはそれだけ……ごめん」


「い、いや、いいんだ、時間を掛けてゆっくりと思い出せば良いさ」


「うん」


 二人は岸壁にある洞窟の入り口へと辿り着いた。


「あー! ここ知ってる! 僕が初めてアンジを見た所だ!」


「ああ、この洞窟の中には大昔に生きていた人達からの手紙が沢山あるんだ!」


「へー! よーし! 行こうアンジ!」


「うおっほん……」


「あ……先生行きましょう!」


「うむ……」


 アンジは手のひらから炎を出すと、用意してきた松明に火を着け、一つをテツに渡し、松明で洞窟内を照らしながら奥へと進んで行った。


「ねえ先生……」


「うん?」


「その手から火とか出てくるのってどうやってんの?」


 アンジは自慢気に答えた。


「これは魔法って言ってね、限られた人間が特別な訓練をしなきゃ出来ないんだよ、火を出して明かりを灯したり、風を起こして船を進めたり、水を出してそれを凍らせたりする事だって出来るんだよ! 魔法が使えると生活する上で便利な事が沢山あるんだ!」


「へー! 先生は特別な人なの?」


「もちろん! なんたって先生は先生なんだぞ!」


「すげえ! 僕も魔法やる! 教えて先生!」


「ははは! さすがにテツにはまだ早いよー! 魔法を使えるようになるには長い時間をかけて、血の滲むような努力をしないといけないんだぞー!」


「努力するもん!」


「もう少しおっきくなったらな!」


「ぶー……」


「さあ、着いたぞー!」


「あ、うっわぁー……すっげえー!」


 二人は洞窟の広い空間へと辿り着き、テツは走り出した。


「ねえ! アンジこれ机!?」


「ああ……」


「これ椅子だよね!?」


「ああ……」


「これはなんだー?? でもすげー全部石で出来てるー!」


「……」


 テツは無邪気にはしゃいでいる。


「なあテツ……」


「ん~? なにーアンジ?」


「なにか感じる事や、思い出した事はないかい?」


「ん? 感じる? 思い出す? なにも?」


「そ、そうか……」


「変なアンジー!」


(この文明跡を見てもなにも感じない……? この文明とは関係ないのか? いや、まだもう少し様子を見てみるか、そんないきなり戻るようなものでもないのかもしれないし……)


「アンジー!! こっち来てー!」


「どうしたテツ?」


「見てこれすげー! かっけー!」


 そこにはなんとも奇妙な生き物の絵が描かれていた。


「ねえこれなんて生き物? こんなの森で見た事ないよ?」


「バグレット……」


「バグレット??」


「ああ、伝説と呼ばれている生き物だ、口からは炎を吐き、爪は全てを引き裂く」


「伝説? って事はいないの?」


「いや、きっといる、そしてそう遠くでは無い筈だ……」


「まじで?! やった! 会いたい!」


「そうだね、でもそう簡単には会えないんだよ」


「えー、先生でもどこにいるかわからないのー?」


「んー……まあ、伝説って言われてるくらいだからね」


「そっかー」


「ところでテツ、この文字に見覚えはないかい?」


「んー?? これ文字なの? こんな文字僕アンジに教わってないよ?」


「そ、そうか、そうだよな」


(文字に見覚えも無しか……もしかしたら本当にこの文明とは関係がないのか?)


「なんかアンジさっきから変だなー、まさか浮気か?」


「!?!?!? は、はあ?! 浮気?! いったいどこでそんな言葉を覚えたんだ?!」


「へへへー! アンジが持ってた本に書いてあった!」


「あ、あのなー……、浮気ってのは第一、男が男にするもんじゃなくて、いや、特殊な場合もあるんだが、いや、その前に君はまだそんな事は覚えなくてよろしい!」


「おーコワー……それよりアンジこの後どうするの?」


「あ、ああ、そうだ、参考になりそうなものを外に持ち出し詳しく調べたい、綺麗に形が残っているものを選んで外に運び出そう」


「知ってるー! それ窃盗って言うんだろ? それもアンジの本に書いてあったー!」


(……今度から読ませる本は厳選して読まそう…)


 二人は洞窟内にある石を台車に乗せ、その後アンジは洞窟に描かれていた絵や文字をスケッチした。


「よし! これだけあれば十分だな! さあ戻ろう!」


「はーい!」


 二人は台車を押し、洞窟の出口へと向かった。外へ出ると日も傾き、辺りは大分薄暗くなっていた。


(まずいな……思った以上に時間が経っていた、夜行性の獣が多いこの薄暗い森の中帰るのはあまりに危険だ)


「テツ、今日はこの洞窟で一晩過ごして明日、日が出るのを待ってからテントに戻ろう」


「え? なんで? 僕そんな疲れてないよ?」


「いや、そうじゃない、獣っていうのは夜の方が活発性を増すんだ、この暗闇でもし狂暴な獣に襲われでもしたら大変だ、この洞窟内であれば入り口にさえ気を付けていれば安心だからね」


「へー! そうなんだー、森の動物達なら大丈夫だけどなー」


(そうか、テツは長い間この森で暮らしていた、きっと森の動物達とは仲良しなんだな、しかし、それは今とは現状が違う、僕と会う前は人間でありながら限りなく動物達に近い存在だったのだろうが、僕と出会い、触れ合い心を通わせている今は、テツは紛れもない人間だ、動物達が今までと同じようにテツと接するとは考えにくい)


「そうだな、でも僕がもうヘトヘトで、帰る力が残ってないよー」


「えー? アンジだらしないなー……まあいいや! この洞窟かっくいいし! 一泊して行こー!」


 アンジは少し奥に火をおこすと、リュックから干し肉を取り出し、二人で分け合った。


「ねえアンジ、また外の国の話聞かせてよ」


「んー、いいよ、それじゃぁー、今日は日の国と呼ばれる国の話をしよう!」


「日の国?」


「ああ、サムライと呼ばれる種族がいる国だ……」


 アンジはテツに言葉だけでなく、いろいろな国の歴史や文化なども話して聞かせていた。


「そうして日の国の将軍と呼ばれる偉い……ん?」


「zzz」


(寝たか……)


「んー!」


 アンジは身体を起こし、少し伸ばすと立ち上がり、洞窟の入り口方向へと歩いた。


(寝ている間に獣が来たりしたら厄介だからな)


 アンジは小さな紙になにか文字を書くと目を瞑り、その紙に力を集中させた。すると紙は光だし、アンジはその紙を入り口に置き、また中へと戻っていった。そしてテツの元に戻ると隣に腰を落とした。


(テツは本当に何者なんだろう? このままずっとここで二人暮らすわけにもいかないし、かといって親を探そうにもあまりに手掛かりが無さ過ぎる……テツは本当に純粋で素直な子だし頭も良い子だ、きっと立派な大人になるだろう。もしこのまま親が見つからなければその時は……テツはもし僕が一緒に僕の国へ行かないかと言ったらどんな顔をするかな……)


 アンジはそう思うと横になり眠りについた。

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